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2014年7月28日 (月)

神経質礼賛 1050.着眼点を変える

 昨年から外来初診は予約制で11名限定になったので、このところ新患の診察数は減っている。その分、他の病院からの依頼で、入院を必要とする統合失調症やうつ病・躁うつ病の新患を受け入れる数が増えている。とはいえ、神経症や慢性化(神経症化)したうつ病の新患にもお目にかかる。私はそうした方々にいきなり大上段に構えて森田療法を振り回すようなことはしない。希望する人には薬を処方するが、なるべく少量に留め、薬は補助的なものである旨話す。注意が自分の心身に向き過ぎているために症状が悪化するメカニズムを説明した上で、症状は気になりながらも仕事や勉強や生活上のことに気を配って行動していくようにと話している。外来森田療法などという立派なものではないけれども、自然と森田療法的な症状への対処法や神経質を生かす生活態度を身に付けてもらえればと考えている。


 
森田正馬先生は、強迫観念に悩む人に対する手紙指導の中で次のように書いておられる。


 
 快を求め・不快を避くる事は、生きとし・生けるものゝ本性であり・本能であります。快が欲望で、不快が恐怖で、相対立したものであります。神経質の性質は、この欲望が強過ぎるために、之に対する恐怖を、非常に苦にするものであります。頭痛持ちは、頭痛其のものゝ苦痛よりは、人並優れて、活動が出来ないといふ事が残念で・苦痛であります。拙著『根治法』中の鼻尖恐怖の例は、勉強の思ふやうに出来ないのが苦しいので、皆神経質の向上発展の欲望の過大から起るものであります。

 之と同じく、赤面恐怖は、優越感・支配欲・権勢欲・負けおしみ・勝ちたがり・の反面でありまして、其のための劣等感や・恨み事・過去の繰言等に悩むものであります。従て、其着眼点を恐怖の方ばかりに向けず、其欲望のみに向けさへすれば、心機一転、強迫観念は全快するのであります。それは死にたくないといふ恐怖を、生きたいといふ欲望に向けかへると同様であります。(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.510


 
 神経質は人一倍生の欲望が強いので、それと表裏一体の死の恐怖にもとらわれやすい。森田先生の言われるように、劣等感や恨み事や過去の繰言はそのままにしておき、着眼点を変えて、生の欲望に沿って現実的な行動にエネルギーを向けていけば、症状は自然に消退するばかりか、神経質の良さが実生活に生かせるのである。

2014年7月25日 (金)

神経質礼賛 1049.爪

 精神科に入院中の患者さんには、身の回りの清潔が保てない人がいる。週2回の入浴すら拒否する人がいて、スタッフから「風呂に入るように言って下さいよ」と頼まれることがある。髭をだらしなく伸ばしている人もいる。手足の爪を切らない人は多くて、見かけると「そろそろ爪を切ろうね」と声をかけている。特に足を不潔にしていて爪白癬に罹患することがある。また、陥入爪のため、細菌が入り込んで爪囲炎を繰り返す人もいる。患者さんの表情や動作だけでなく、爪をチェックするのも仕事の一つである。

 私自身は手の爪は1週間に1回位切る。足の爪は伸びが遅いから3週に1回位だろうか。切るのは必ず風呂上りの爪が柔らかくて切りやすい時にしている。「夜爪を切ると親の死に目に会えない」という諺があるけれども全く意に介していない。歴代の看護部長(総婦長)さんたちは病院に出勤してからパチンパチン切るが、この諺を守っておられるからか、それとも始業前に身だしなみを整えることの一つとして爪を切るのか、不明である。そもそもどうしてこのような諺ができたのだろうか。手持ちの国語辞典の「夜爪」の項には「夜、爪を切ること。世を詰める、として、これを忌み嫌う俗信がある」と書かれている。世を詰める、つまり早死する、とは今では考えられないけれども、灯火が暗かった時代、小刀や鋏を使って夜爪を切ると、誤って指を傷つけやすく、感染症を起こす危険があったのだろう。抗生物質がなかった時代、実際にそれが原因で亡くなった人がいたとしてもおかしくない。だから、そういう迂闊なことをするようでは、つまり神経質が足りないようでは、親よりも早死にしてしまうよ、という注意だと思われる。しかし、現代では、夜でも明るい所で切ることができるから、風呂上りに爪が柔らかくなった時に切る方が、爪が割れる心配も少なく合理的な気がするけれども、いかがでしょうか。

2014年7月21日 (月)

神経質礼賛 1048.大いなる喜びへの賛歌

 昨夜、TVのチャンネルをNHK Eテレに変えたら、ちょうどマーラー作曲交響曲第4番ト長調が始まるところだった。胸ポケットに真っ赤なチーフを付けた指揮者の広上淳一さんは終始ニコニコしながら派手な動きをする。それにつられてか、まるで「のだめカンタービレ」のようにクラリネット奏者たちは楽器を高々と上げて楽しげに演奏する。対照的に、オーボエの茂木大輔さんはクールである。コンサートマスターの篠崎さんの前には第2楽章のソロを弾くために長2度高く調弦された別のヴァイオリンが立てかけられている。第4楽章に登場した新進のソプラノ歌手も見事な歌いっぷりだ。見ていて実に面白い演奏で、最初から知っていればビデオに撮ったのにと思った。

 この曲には「大いなる喜びへの賛歌」という標題がある。これは作曲者自身が付けたのではなく、第4楽章の「天上の生活」の歌詞の内容から後に付けられたものだという。マーラーの曲には死の不安を感じさせるものが少なくない中、この曲は明るさを感じさせるものの、結局は天上の楽しさとは死後の世界なのである。マーラーが交響曲第9番を作ると死ぬというジンクスを極度に恐れてそれを回避しようとしたことや、妻アルマの男性関係に悩み、強迫神経症が悪化して、精神分析の創始者フロイトに助けを求めたことは以前書いた通りである(402話・607話)。村井翔著「マーラー」(音楽之友社)によれば、こころの中を覗かれる不安から2回予約をキャンセルし、3回目でようやく会ったのだそうである。診察室で会ったのではなく、街を散策しながら「精神分析的な会話」だったとのことだ。フロイトは「母親への固着」を指摘した。マーラーは病気がちの母のイメージをアルマに重ね、無意識のうちに同じ苦しみを妻にも要求し、妻アルマも「父親への固着」があると指摘した。アルマの父親は風景画家だったがアルマ13歳の時に腸閉塞で急死して、母親が父親の弟子と再婚している。「父親のようなタイプの男性」を求めて20歳近く年上のマーラー(発音は画家という意味のMahlerと同じ)と結婚した、と解釈したという。フロイトはマーラーの症状の原因を幼児期の体験に求め、エディプス・コンプレックス論を適用し、それをマーラー自身が洞察することで症状は改善したようである。

 好きな曲には個人的な思い出があるものだ。私がこの曲を初めて知ったのは、最初に入った大学のオーケストラの練習を見学した時のことである。ちょうどこの曲の第2楽章を練習していた。上級生から、いい(高い)楽器を買って先生につかないと舞台に乗れない、毎年ヨーロッパに演奏旅行に行く費用も用意するように、と言われて、自分は経済的にとても無理だと思った。入団費は払ったけれども、その後、二度と行くことはなかった。希望の大学には落ち、オーケストラにも参加できなかった、青春の日のみじめな挫折の思いと重なる曲だけれども、それでもマーラーの曲の中では一番好きな曲でよく聴いている。私にとってこの曲は、徳川家康の「しかみ像」(209話)のような存在なのかもしれない。

2014年7月20日 (日)

神経質礼賛 1047.ベネッセの個人情報流出

 通信教育大手ベネッセ・コーポレーションから会員の個人情報が流出し、同社に派遣されていたシステムエンジニア(SE)が逮捕された。個人情報は名簿業者を通してやはり通信教育の(元はソフトウエア開発会社でかつてはワープロソフト「一太郎」で一世を風靡した)ジャストシステムなどに流れていた。読売新聞の記事によれば、ベネッセの業務のためにそのSEが使用したパソコンにはUSBメモリが接続できないようになっていたが、私用の新型スマホを接続したところ認識されることに気付き、私用スマホを充電しているふりをしながら大量の情報を抜き出したのだという。毎日新聞の記事には、このSEの生活ぶりについて詳しく書かれていた。借金があって生活は極めて質素だったという。責任が重く激務の割には日本では極めて薄給のSEという仕事の実態にも触れていた。

 私の世代では、ベネッセというより進研模試の福武書店と言った方がわかりやすい。長年、多くの公立高校が学校単位で参加している。子供向けの「こどもチャレンジ」は自分の子供たちもやっていた。キャラクターの「しまじろう」もおなじみである。顧客情報管理はどこの会社でもコンピュータシステムで行っている。その運営やソフトのメンテナンスは自社の社員ではやりきれないので、大抵は外注になってしまう。こうした情報流出事件では外部からのハッキングよりも内部の人間が絡んでいるケースの方が多いという話もある。データベースにアクセスできる人間を限定し、ダミーデータを混ぜ、USBメモリが繋がらないから大丈夫だというだけでは、管理が甘かったということなのである。しかも、データのコピーが行われ始めてから1年もたって、顧客からの苦情が来てからの対応では遅すぎる。全く神経質が足りない。顧客としては自分の子供の情報がどこまで流れているか気になるだろうし、今後、何かに悪用されるのではないかと心配になるのは当然だ。ベネッセは被害者に対する補償に200億円をかけるというが、顧客としては詫び状と料金値引きだけでは納得がいかないだろう。ベネッセに不信感を抱いた顧客の解約が相次いでいるという。二重三重の十分な安全対策を取るのを怠ったツケは大きい。

2014年7月18日 (金)

神経質礼賛 1046.家の傾きと不眠

 外来通院中の患者さんから、「不眠が続いているのは家が傾いているからですか」と突然言われ戸惑う。まず、家が傾いているとは、本当に傾いているということなのか、不幸が続いて家運が傾いているという比喩なのか。「どんなふうに傾いているのですか」と尋ねると、「冷蔵庫の裏側と壁の隙間が上と下では違うから家が傾いているのだと思う」とのことだった。冷蔵庫など家具の重みで部屋の中央が凹んでそのようになっているのだろうと推測できる。

 欠陥住宅や地盤の液状化による家の傾きを伝えるニュース、あるいはリフォーム番組では、ビー玉やパチンコ玉を床に置くと自然に転がっていく説得力の強い画面を見かける。床がひどく傾いている科学館の「びっくりハウス」の中では平衡感覚がおかしくなり、長くいると眩暈や吐気が起こることがある。建築関係の文献を見ると、床が0.5度傾くと、一部の人には眩暈や吐気が生じ出すという。さらに傾斜角が大きくなっていくと頭痛さらには不眠症状も起こりうるのだそうである。

 私が学生時代最初に住んだ終戦直後に建てられた早稲田鶴巻町の3畳一間のボロアパート(83)は、部屋の中央が一見して大きく窪んでいた。ビニールござが打ち付けてあったから、その下の床はどういう状態なのか知りようもなく、布団を敷いて寝ても背中が凹んでいる感じが強かった。木窓を閉めても上側が1cmほど空いていて風が強い時には雨が吹き込んだから全体的な傾きもあったろう。しかし、神経質な私でも、慣れてしまえば、こんなもんかな、高いアパートには住めないから仕方がないか、と諦めて生活していたし、眠ってもいた。

 最初に書いた患者さんの場合、実は不眠の原因は他にある。仕事をせずに家にいる息子さんはカウンセラーから発達障害と言われ、御主人もその可能性が高いと言われたという。毎日、息子や夫のことで悩んでいるが、何を言ってもどうにもならないし怒りの持って行き場もないので、不眠やいらいらの原因が家の傾きのせいだということになれば腑に落ちるということなのだろう。息子や夫のことはどうにもならない、と諦めて、自分の楽しみや生きがいを見つけて外に目を向けるようになれば、もう少し症状も軽くなると思われるが、現実にはなかなか難しそうである。

2014年7月14日 (月)

神経質礼賛 1045.黒カビ赤カビ

 先週の台風8号は、当初の予測よりも弱まり、コースも南側を足早に通り過ぎて行ったので、東海・関東地方への影響は少なかった。電車が止まって通勤が困るのではないかと心配していたけれども大丈夫だった。しかし、台風から離れた地域で時間雨量100mmを超える大雨が降って被害をもたらした。全く油断がならない。

台風が通り過ぎた後、暑さが厳しくなってきた。まだ梅雨明けの発表もなく湿度が高い。この時期は浴室の壁や床や天井にカビが発生しやすい。健康人にとって直接的な病原性はあまりないとはいえ、アレルギーの原因となりうるし、第一、気持ちが悪い。カビは皮脂などを栄養にして高温多湿の環境で増殖するので、基本的な対策としては入浴後に浴槽とともに壁や床にシャワーの水をかけて洗い流し、入浴後も換気扇を1-2時間回して十分に換気する、といったあたりである。たいてい最後に入浴する神経質人間の私がそれを実行している。しかしそれでもカビは生えてくる。我が家の場合、壁の上の方や天井には黒カビ、壁の下や浴槽の外側には赤カビが生えやすい。妻はカビキラーなどのケミカルは極度に嫌っているので、使うわけにはいかない。そこで、週に1回、壁と天井と浴槽の外側を市販のウエットシートで拭くようにしている。カビが完全に落とせるわけではないけれども、定期的にそれをやるだけで結構違うものである。ただ、この時期は洗濯物の外干しができずに浴室乾燥機を利用することも多くて、つい拭きそびれて1、2週さぼってしまうとカビが大発生となる。そこで、休日の朝、家族がまだ寝ているうちにこの作業をするようにしているのである。

2014年7月11日 (金)

神経質礼賛 1044.小便小僧

 7月5日の読売オンラインニュースに北山形駅前の小便小僧の話が出ていた。昭和32年以来、その衣装を作ってきた山形女子専門学校が来年春に廃校になるため、着せ替えは今年度いっぱいになるという。雪の中の小便小僧を見た生徒が「寒くてかわいそうだ」とマントを作って着せたのが最初だったという。笠地蔵の話を思い出すような温かい心遣いであり、「純な心」という言葉が浮かぶ。以来、季節ごとに、着せ替えを行い続け、その年の話題になるような衣装で地元の人々や観光客を楽しませてきたそうだ。小便小僧は片手を腰に当て、片手は「ホース」を持っているから、実は衣装を作って着せることはかなり難しい。その場で袖を縫い付けたりするので着せ替えは4人がかりで15分位かかると書かれていた。小便小僧の元祖はベルギーの首都ブリュッセルにあって、敵に向かって小便をして戦勝をもたらした幼い君主、あるいは爆弾の導火線の火を小便で消火して町を救った少年の話が元になっているようだ。

神経質人間の徳川家康(11209393980話)には今川の人質時代に立ちションの話が残っている。天文二十年(1551)元日、今川館で義元に年頭あいさつのため武将たちが集まっていた際、大勢の見ている中、竹千代(家康の幼名)君は縁先で平然と小便し、周囲を驚かせたという話である。この話から、家康は少年時代、天真爛漫だったと評する書も見かけるが、私はそうではないと考える。今川の家臣たちになめられないように、意を決してやったのではないか、というのが私の解釈である。竹千代は、親族が織田側についたことから離縁となった母親と別れ、一旦は織田の人質として奪われ、その後人質交換で駿府の今川氏のもとに連れてこられた。祖父も父も家臣に殺されている。人質の身の上である自分もいつ命を落とすかわからない。しかし、人質としての価値があるからには簡単に殺されることはないはずだ、という計算は竹千代少年にもできたはずだ。負けず嫌いの神経質らしく、図太いところを見せつけてやろうというパフォーマンスだったのではないかと思う。内心、ものすごくハラハラしながらやったのではないか。同じく小心者の私はそう考える。古くから駿府公園には堂々とした家康像が立っていて、現在は静岡駅前にもあるが、どこかに竹千代君の小便小僧の噴水を作っても面白いのではなどと空想する。

2014年7月 8日 (火)

神経質礼賛 1043.七夕ゼリー

 昨日は七夕だった。例年この時期、青空の星を見るのは難しい。静岡地区を襲った七夕豪雨からちょうど40年ということで、昨夜はその話題のローカル番組があり、当時を思い出した。昭和4977日、折からの梅雨が台風の刺激もあって、24時間雨量が500㎜を超える記録的な豪雨となり、市内のあちこちで山崩れや川の決壊による洪水が起きて多数の死者を出した。その日の朝、大雨の中を私は高校へ向かって歩いていくと、だんだん水深が深くなり、高校の正門では膝まで水に浸かる状態だった。臨時休校だと知って、また大変な思いをして家まで帰った記憶がある。通学してきたのは頭が固い神経質人間の私だけでなく、何人か見かけた。

今週になって、九州・四国地方で大雨が続き、大型の台風8号の直撃も懸念されている。すでに台風は沖縄地方に被害をもたらしている。これから日本列島を縦断しながら東日本には9日(金)あたりに襲来することが予測されている。皆様も神経質を生かして、安全確保の準備を怠らないでいただきたい。

 さて、昨日の病院の献立は七夕に合わせて、爽やかでおいしいメニューだった。「なすと豚肉のおろしそうめん」にはキュウリと赤ピーマンを刻んだものが載っていて彩り鮮やかで七夕飾りを思わせた。それに、ニラ饅頭、七夕ゼリーがついた。七夕ゼリーは近頃の学校給食に登場するものらしい。夜空に見立てた青いゼリーあるいは寒天の中に白い星型のゼリーを混ぜたものが多いようだが、昨日のものは、刻んだ黄色いフルーツ(マンゴーか黄桃)を青いゼリーの上に散らしたもので、これまた配色がきれいだった。消費税アップだけでなく小麦や乳製品などの値上げで食材が高騰して給食メニューを考える担当者はとても苦労していると思うが、創意工夫をこらして皆が喜ぶようなメニューを繰り出してくれるのは見事である。

2014年7月 7日 (月)

神経質礼賛 1042.巣立ちの時

 毎年、病院にはツバメが巣を作る(314話)。もっとも、全くの新築というよりは、前年の中古物件をリフォームして使っている場合が多いような気がする。特に、職員通用出入口近くの換気扇排気口のカバー上の場所は、人がよく出入りするのでカラスに襲われる危険が少ないし、隣接地には木々が多くてエサになる虫が得やすいので、超優良物件である。そこの巣では1週間前には小さなヒナたちが大きく口を開けて親鳥がエサを運んでくるのを待っていた。時期的にちょっと遅いので、今年二度目の繁殖なのだろう。それが今ではすっかり体が大きくなり、巣には3羽のヒナがいるが、狭くて居心地が悪そうにモゾモゾしている。親鳥も以前ほどはエサを運ばなくなった。もう巣立ちが近そうだ。今日明日にも親鳥が羽を広げて飛び立つことを促し始めることだろう。ヒナにとっては試練の時だ。初めて飛び立つ時の怖さ、そして無事に飛べた時の喜びは、大変なものだろうと想像する。以前、砕啄同時(啐啄同時)(440)について書いたが、卵の殻を割って出てくる時と同様、巣立ちのタイミングは極めて重要である。羽や筋力が十分についていなければ巣から落下して命を落とす危険性が高い。まさに命がけなのである。

その点、神経症に悩んでいる人の「恐怖突入」(212)は命を落とす心配はない。子供の頃の私のように、水泳が苦手な子がプールに飛び込む練習をさせられる時のレベルである。パニック障害の人が避けている電車に乗って、死ぬほどの不安を味わっても実際には心臓が悪いわけでも何でもないのだから死ぬことはない。対人恐怖の人が人前でのスピーチをしなくてはならないとか偉い人と会食しなくてはならなくて心臓がドキドキして冷汗をかき口がカラカラに乾いたとて死ぬことはない。強迫性障害のため鍵の閉め忘れを気にしている人が確認をガマンして後ろ髪を引かれる思いで目的地に向かったとしても死ぬことはない。つらくてもやってみれば何とかなる。症状を何とかなくそう、ではなく、必要に迫られて仕方なしに苦手な場面に飛び込んでいく。それを繰り返していくうちに、いつしか症状を忘れるようになるのである。

2014年7月 4日 (金)

神経質礼賛 1041.ウォーターサーバー

 暑くなってくるとお茶よりも冷たい水が飲みたくなる。かつては市役所や図書館などの公共施設の入り口近くには冷水器があって、子供の時にはよく利用したものだ。足でペダルを踏むか黒いボタンを押すと冷水が斜め上向きに出てくる、アレである。新幹線0系にも冷水器があって、ペラペラの紙コップを引き出してそれをふくらませて水を注いで飲むのが面白かった記憶がある。あまり衛生的ではないとの報道があったし、ペットボトル飲料が普及したためか、冷水器はだんだん見かけなくなってきた。それでも、アマゾンの通販サイトを見ると昔ながらの冷水器が今でも1台10万円前後で販売されていて、一般家庭でこれを買う人がいるのだろうか、と不思議な気がする。

 最近はTVCMでウォーターサーバーを利用したミネラルウォーターの宅配をよく見かける。私が若い頃に勤めていた会社も早くからこの事業に手を染めていて、妻の実家ではそれを利用している。いつでも冷たい水が飲めるし、お茶やコーヒーのお湯もそれを利用すれば手軽である。義父によれば、便利なので、ついつい使い過ぎてしまうのだそうだ。一人暮らしの高齢者でもこんな有様であるから、子供がいる家庭では消費金額はかなりのものになるだろう。まさに販売会社の思うツボである。会社や商店の場合、従業員用であれば福利厚生費あるいは雑費として、お客さん用であれば接待交際費あるいは販売費として経費で落とせるのだそうだ。しかし、家庭利用ではウォーターサーバーのレンタル料と水の宅配料は大きな負担になる。そしてバカにならないのが電気代である。いつでも温水と冷水が出せるようにするために、電気冷蔵庫以上に電力を消費する。ある試算では普通の家庭でも月に電気代が1000円程度かかるという。ミネラルウォーターを運搬するガソリンやら、水を冷やしたり温めたりするのに使う電気を考えると、貴重な資源を無駄に消費しているのではないか、と神経質人間としては考えてしまう。やはり、スーパーやホームセンターで買物ついでに2リットル入りミネラルウォーターを箱買して、災害時用の備蓄とし、古いものから順に冷蔵庫に入れて製氷用にするかそのまま飲んでいくのに限る。たまに妻の実家に行った時に、子供から「うちにもウォーターサーバーがあるといいな」と言われるが、断固却下である。

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