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2014年7月11日 (金)

神経質礼賛 1044.小便小僧

 7月5日の読売オンラインニュースに北山形駅前の小便小僧の話が出ていた。昭和32年以来、その衣装を作ってきた山形女子専門学校が来年春に廃校になるため、着せ替えは今年度いっぱいになるという。雪の中の小便小僧を見た生徒が「寒くてかわいそうだ」とマントを作って着せたのが最初だったという。笠地蔵の話を思い出すような温かい心遣いであり、「純な心」という言葉が浮かぶ。以来、季節ごとに、着せ替えを行い続け、その年の話題になるような衣装で地元の人々や観光客を楽しませてきたそうだ。小便小僧は片手を腰に当て、片手は「ホース」を持っているから、実は衣装を作って着せることはかなり難しい。その場で袖を縫い付けたりするので着せ替えは4人がかりで15分位かかると書かれていた。小便小僧の元祖はベルギーの首都ブリュッセルにあって、敵に向かって小便をして戦勝をもたらした幼い君主、あるいは爆弾の導火線の火を小便で消火して町を救った少年の話が元になっているようだ。

神経質人間の徳川家康(11209393980話)には今川の人質時代に立ちションの話が残っている。天文二十年(1551)元日、今川館で義元に年頭あいさつのため武将たちが集まっていた際、大勢の見ている中、竹千代(家康の幼名)君は縁先で平然と小便し、周囲を驚かせたという話である。この話から、家康は少年時代、天真爛漫だったと評する書も見かけるが、私はそうではないと考える。今川の家臣たちになめられないように、意を決してやったのではないか、というのが私の解釈である。竹千代は、親族が織田側についたことから離縁となった母親と別れ、一旦は織田の人質として奪われ、その後人質交換で駿府の今川氏のもとに連れてこられた。祖父も父も家臣に殺されている。人質の身の上である自分もいつ命を落とすかわからない。しかし、人質としての価値があるからには簡単に殺されることはないはずだ、という計算は竹千代少年にもできたはずだ。負けず嫌いの神経質らしく、図太いところを見せつけてやろうというパフォーマンスだったのではないかと思う。内心、ものすごくハラハラしながらやったのではないか。同じく小心者の私はそう考える。古くから駿府公園には堂々とした家康像が立っていて、現在は静岡駅前にもあるが、どこかに竹千代君の小便小僧の噴水を作っても面白いのではなどと空想する。

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