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2014年8月15日 (金)

神経質礼賛 1056.初盆

 昨日は弟の妻の初盆に行ってきた。いつもと同じ通勤列車に乗り、そのまま東京駅へ。総武線の津田沼で新京成に乗り換え、高根木戸駅で降りる。実はここが義妹の終焉の地である。

3か月前、帰宅途中に携帯電話が鳴った。「大変なことが起きたの」という妻からの連絡に私は言葉を失った。義妹がホームから転落して列車にはねられて亡くなったというのだ。その1週間前、連休で弟夫妻が遊びに来て一緒に食事をしたばかりだった。義妹は子供の頃から弱視のハンディをものともせず、明るく頑張り屋さんだった。結婚前は銀行で働いていた。英検も準1級を取った。フラメンコが大好きで、フラメンコ教室に通っていたが、皆と速い動きを合わせるのは困難なため、歌手に転向し、発表会でも活躍していた。そのフラメンコ教室からの帰りに事故が起こった。いつも、電車を降りた時に階段に近い決まった車両の決まったドア近くに乗っていたという。それなのにどうしてこんなことになったのか。たまたま他の乗客と接触して方向感覚がわからなくなったのだろうか。

この駅は住民の反対にもかかわらず2年前に無人化された。鉄道会社は安全対策としてビデオカメラを設置した。しかし、警察が万が一の事件性を考慮して、鉄道会社にビデオ提出を要請したところ、故障していて画像が記録されていない、との回答だったという。これでは何のためのカメラなのか。このことを知った視覚障害の方々が、「カメラには手はありません」(カメラは助けにならない)と声を上げ、地元の市会議員・県会議員がホームドアや音声案内を設置して安全対策を強化するよう鉄道会社に要求する運動を始めた。

眼が不自由な人だけの問題ではない。健康だと思っている誰もが、突然の体調不良で倒れる可能性はある。小さい子供が走り出してホームから落ちることもありうる。先日、気分が悪くなった妊婦さんがホームから転落して列車にはねられて亡くなる事故もあった。私が住んでいる街には静岡と清水を結ぶ静岡鉄道の電車が走っていて、小さい駅であっても、転落防止柵が設置されている。停車時のドア部分は付けられないけれども、それでも転落リスクは半減できる。ホームドアは設置費用や維持費がかかるから容易ではないにしても、静岡鉄道のような転落防止柵ならば設置できるはずである。「落ちる方が悪い」ではなく、コストの許す範囲で、神経質にあらゆる事態を想定して事故のリスクを少しでも減らすのが鉄道会社の務めなのではないだろうか。義妹の死を無駄にしてほしくないと思う。

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