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2014年10月10日 (金)

神経質礼賛 1074.三河物語

徳川家康について調べるために大久保彦左衛門忠教(ただたか)の『三河物語』を図書館から借りてきて読んだ。徳間書店の百瀬明治編訳版である。全文ではなく抜粋ではあるが、原文に対訳と解説がついている。三河物語は「それ迷(まよい)の前の是非ハ、是非とも非なり。夢之内の有無は、有無共に無なり」で始まる。260話に書いたように森田正馬先生は「夢ノ本態」の中で大久保彦左衛門の言としてこの言葉を紹介している(白揚社 森田正馬全集第6巻p.48)。百瀬明治氏によれば、この言葉は新義真言宗開祖の覚(かくばん)による偈(げ:仏教の真理を詩の形で述べたもの)が元になっているそうである。神経質な人は夢の良し悪しを気にかける。精神分析では夢の内容を重視して夢の解釈を行うが、いい夢を見ようが悪い夢を見ようがそれを問題にしないというのが森田療法の立場である。そして、前半の「迷いの中の是非は是非とも非なり」は症状にとらわれている時に正しいとか正しくないとか考えていることは治ってみれば正しくないという意味で用い、考えはさておき目的本位に行動していくことを説くものである。

大久保彦左衛門は講談やドラマの世界では「天下の御意見番」として大活躍するのだが、実際は千石、晩年になっても二千石の一旗本に過ぎない。大久保一族は代々松平家に仕えて家康の天下統一にも貢献した。彦左衛門の長兄・忠世(ただよ)が小田原四万五千石に封ぜられ、次兄・忠佐(ただすけ)は沼津二万石の大名となる。忠佐は跡継ぎがなく、病没する前に彦左衛門を後継者にしようとしたが、武骨で頑固者の彦左衛門は自分の武功によるものではないからと固辞したため、忠佐の死とともに領地は没収となった。忠世の息子の忠隣は幕閣として活躍するも本多正信らのグループに敗れて失脚してしまう。三河物語には大久保一門の零落や武芸を捨てた要領の良い文官が取り立てられていく世への不満が反映されているという。

 最後の方に、子孫のために書いたところがあって、必ず知行(領地)を取れる方法五つが書いてある。

第一に主君に弓を引き、謀反や裏切りをすること。

第二、卑怯なことをして人に笑われること。

第三、礼儀作法をよくし、座敷などで見栄えよく立ち働くこと。

第四、そろばん勘定をこなして、代官役が板につくこと。

第五、節操のない他国人(長年三河で松平家に仕えた譜代に対して)であること。

しかし、知行を欲しがってこのような考えを夢々してはならない、と書いている。

 これらの一部は、現代のサラリーマンやオフィスレディにも通じることかも知れない。まじめにコツコツ働いている人はなかなか報われず、自己アピールが巧みで蔭では他人の足を引っ張り責任は負わず逃げるような人が出世しがちではある。それでも要領よく立ち回れない神経質人間としては「ウサギとカメ」のカメさんのように少しずつ一歩一歩前に向かって進んでいくほかはない。

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