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2014年10月24日 (金)

神経質礼賛 1078.社畜童謡

 1021日付毎日新聞夕刊の特集ワイドは「社畜童謡」がテーマであり、興味深く読んだ。「働く人の心捉える社畜童謡の悲哀」という副題がついている。例えば、「ぞうさん」の替歌「♪減産減産 不況がながいのね そうよ減収もながいのよ」とか「赤とんぼ」の替歌「♪夕焼け小焼けの社畜さん 定時で帰るはいつの日か」同じく「赤とんぼ」で「♪転職苦労して正社員 勤めてみた所は黒(ブラック企業のこと)だった 不況で転職もままならず 黒だとわかってもしがみつく」といった具合である。実際に外来通院している方々からよく聞く話だ。働く者にとっては身につまされる替歌である。強きを助け弱きをくじくアベノミクスとやらは非正規労働者を着実に増加させている。やっと正社員になれても成果主義の名のもと少人数で過重な労働が求められ、隠れ残業による実質長時間労働が横行している。外食チェーンでの「ワンオペ」(深夜時間帯などでの休みなし一人勤務)が問題になった。職場でのパワーハラスメントも酷い。それでも正社員でいるためには忍従の日々を送り、社畜にならざるを得ない。社畜でいてもリストラでいきなり切り捨て御免になってしまうこともある。社畜童謡は、持って行き場のない不満や怒りや哀しみをソフトな童謡に乗っけて自嘲しているようにも見える。のどかな童謡の旋律とシリアスな替歌の歌詞との差が顕著で印象に残りやすい。同じような苦しみを抱えた人たちの共感を呼んでネット上に広がっているようである。450年前だったら岡林信康の真面目に働く人が報われて幸せになれる社会にしていこうじゃないかというメッセージが込められた歌も世に出たし、30年前だったら尾崎豊の社会への疑問や反支配を訴える歌があったけれども、現代ではそうした歌は出てこない。仕事帰りに仲間と一杯飲んで職場や上司への不満を語り合って鬱憤を晴らすような時間も金もない。それだけ社会からの管理・締め付けが厳しくなって羽をむしり取られた鳥のように諦めざるを得なくなっているのだろうか。社畜童謡の広がりが、このままの社会ではいけない、と少しは世を動かす力になってくれるといいのだが。

現代社会は特にまじめにコツコツ働く神経質人間にとっては生きにくい世の中になってしまっている。がんばり過ぎず、適宜休符を入れるとともに、自分なりの世界を作ることも必要である。

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コメント

四分休符さん、こんにちは。
記事を読ませていただいて、まさにそのとおりだと思いました。
我々が職場に入った頃は、もう高度成長は終わっていましたが、まだ成長経済の時代で、それなりに「ゆとり」もあり、正規、非正規といった職場での政府お墨付きともいえる身分差別はありませんでした。
そして帰りには同僚とお酒を飲み、仕事の憂さ晴らし。そうれが翌日の活力になったものです。
そういうゆとりや遊びがなくなり、今はギスギスした時代。
政府もそれを助長するかのような政策を打ち出していますが、「何を勘違いしているんだろう?」と思います。
格差拡大は社会不安を増し、治安が悪くなる要因。日本が真似しているアメリカ社会を見れば明らかです。
そんな悪しき社会を、なんの抵抗もなく模倣しようとする政権や政府の無能ぶり。こういう政権や政府を未だに支持している人たちって、どんな精神構造をしているのだろう?と疑問に思う毎日。企業栄えて社員は困窮するという不思議な時代です。
そういう企業に忠誠を誓う必要はなく、「適当」「良い加減」でいいのですが、神経質人間は本来真面目なので、手を抜くことが下手。自分の気持ちの上で「やる以上はここまではやりきらなければ」と思い、残業手当も付かないのにコツコツと真面目に最後までやり遂げてしまう傾向があります。そして健康を害するという損なパターンに陥ってしまいがち。
こういう社会にあっては、あえて「適当と手抜き」の精神を持つようアドバイスを送り続けて欲しいと願っています。

スローライフ様

 コメントいただきありがとうございます。

 本当にスローライフ様のおっしゃる通りだと思います。機械の歯車でも適切な「遊び」がなければ円滑に回りませんし無理がかかって損傷してしまいます。人間も同様だと思います。まじめに働いている人たちが壊れてしまわないことを願ってやみません。企業が利益を追求するのは当然としても、短絡的に目先の利益を追求するあまり、社員を使い捨てにするようでは、結局は自分たちの首を絞めるような愚かな行為です。税金を使って株価を釣り上げる操作をして見かけの経済を良くしようという政策や派遣社員を奨励するような政策も全くおかしいと思います。ともあれ、神経質人間としては自衛策を取るほかありませんね。

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