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2014年12月29日 (月)

神経質礼賛 1100.三聖病院閉院

 一昨日、佛教大学教授・岡本重慶先生が主催されている京都森田療法研究所のブログを見て、長年続いてきた森田療法施設の三聖病院が今月いっぱいで閉院となることを知った。初代院長の宇佐玄雄先生(1886-1957)は森田正馬先生の弟子であり、禅僧から精神科医に転身した方だった。中学生頃から早大文学部(インド哲学)在学中まで神経衰弱に悩まれたという。東京慈恵医専で学び医師となり、森田先生の療法を継承することを志した。森田先生は独自の神経症の治療法を「余の療法」とか「特殊療法」と呼んでいたが、何か良い名称はないものかと模索していたところ、宇佐先生が「自覚療法はどうでしょうか」と提案し、「それは良い。君が言い出したこととして記録しておき給え」と森田先生が言われたというエピソードがある。宇佐先生は京都の名刹・東福寺の賛同を得て、大正11(1922)東福寺内の塔頭である三聖寺に森田療法専門施設の三聖医院を開業。昭和2年(1927年)に隣地に三聖病院を開設し、禅的森田療法を行った。息子の宇佐晋一先生(1927- )が二代目院長として病院を継承して今日に至っていた。森田先生の直弟子たちが開設した、高良興生院、鈴木知準診療所が後継者なく閉院となっていく中、森田療法原法を継承する唯一の病院だった。私は見学したことがないが、同院の非常勤医もされていた岡本先生の論文によれば、院内には「しゃべる人は治りません」「話しかける人には答えないのが親切」「たった一人の集団生活」という貼り紙があり、講話が行われる部屋には「わからずに居る」と書かれた札がかかっていて、「不問」の姿勢が徹底されていたそうである。「修養生」と呼ばれた入院患者さんにとっては、禅寺での修行のようにも感じられていたのではなかろうかと思う。岡本先生のブログには院内の写真が掲載されているので、関心のある方はぜひ御覧いただきたい。「京都森田療法研究所」を検索してホームページを開き、表紙の下の方にある「ブログ」をクリックすると閲覧できる。

 森田先生の診療所にせよ、高良興生院・鈴木知準診療所・三聖病院にせよ、神経症を克服し神経質性格を実生活に生かしている治療者が患者さんと生活を共にしてよい手本となることで高い教育的治療効果を上げることができたが、現代ではそうした治療の舞台を用意するのが極めて困難となっている。三島森田病院で行っているかなり甘口の森田療法でさえ、監査にやってくる保健所や県のお役人様方から、「患者さんに部屋の掃除をさせるのはけしからん。職員にやらせろ」とか「報酬なしに畑作業をやらせるのはいけない」などとクレームをつけられる始末である。「お客様」では神経症は治らない。

 森田療法は入院から外来にシフトしてきているが、言葉だけに流れてしまうきらいもある。森田療法で大切なのは日常生活の中での行動である。今後はデイケアや訪問看護の枠を利用した森田療法の実践も必要になってくるだろう。


 当ブログを始めてから丸9年になろうとしています。何とか続いているのは、スロースターターながら一旦動き出したら簡単には止まらない神経質ゆえであり、また、皆様からいただく温かいコメントのおかげでもあります。今年もお世話になりました。どうぞよい年をお迎えください。(四分休符)

2014年12月26日 (金)

神経質礼賛 1099.アサッテ君

 毎日新聞朝刊の連載漫画「アサッテ君」が今月いっぱいで終了となることが1219日付の同新聞に発表された。主人公のアサッテ君(朝手春男)は小心者の万年平社員であまり仕事をしている様子もなく妻の秋子には全く頭が上がらない。作者の東海林さだお(77)さんは1974年以来40年以上にわたりこの漫画を描き続けたことになる。今年の8月に加藤芳郎さんの「まっぴら君」(毎日新聞夕刊連載)を超えて一般紙での連載回数記録トップとなった。同じく万年平社員のサラリーマンを主人公とした連載漫画では朝日新聞に掲載されたサトウサンペイさんの「フジ三太郎」があり、これが約28年。あの「サザエさん」の新聞連載が地方紙時代を含めても同じく28年ほどであり、いずれも時々休載があったから、休載なく40年も描き続けた東海林さんのすごさがよくわかる。毎日描かなければならないというのは大変なプレッシャーだろうと思う。毎日描いていればネタがなくて苦しい時もあったはずである。長くなってくると作者も読者も飽きてきやすい。東海林さんは長く続いたコツを「その日描いた漫画はすぐ忘れること」と述べておられる。

 これは神経質人間にとって参考になる言葉かと思う。私たち神経質人間は過去を繰り返し反省して未来の失敗を予防するのはとてもよいのだが、それが過度になってしまうきらいがある。ああすればよかった、こうすればよかった、とクヨクヨ後悔し、さらには未来の取越苦労をしがちである。しかし、過去を振り返るな、先の心配をするな、といってもそれは無理であるし、また、そうする必要もない。森田正馬先生が言われたように、現在になりきって行動していくうちに結果として「前に謀(はか)らず、後に慮(おもんぱか)らず」(達磨の言葉)ということになってくるのである。

2014年12月22日 (月)

神経質礼賛 1098.リモコンだらけ

 母が新居に引っ越して十日。長年、風呂の湯船は湯と水のツマミをひねって湯量と湯温を調節することに慣れてしまっていて、自動式でスイッチを押して湯温を調節するのに戸惑っているようだ。シャワーの湯量と湯温もツマミの代わりに台と一体化デザインの洒落たレバーで調整するようになっていて見た目はスッキリしている反面わかりづらい。私でも操作を誤る位であるから、高齢の母には厳しい。そして、何と言っても厄介なのが電化製品のリモコン類である。寝室の机の上には、LED照明のリモコン、TVのリモコン、エアコンのリモコン、電話の子機、ドアホンの子機が並ぶ。子機は仕方ないが、リモコンだらけである。これも便利なのか不便なのかわからない品だろうと思う。トイレの水を流すのも壁にリモコンが付いていて、これなどはない方がいいくらいである。しかし、最近では単純にレバーを回すと水が流れる、というような古い機種はあまり作っていないらしい。昨年、TOTOのショールームで機種の確認をした際には神経質らしく「停電の場合どうなるのか」と心配な点をまず質問した。やはり停電時には水は流れないのだそうで、その時にはタンク下のリングを手で引っ張ると手動で水が流れるとのことだった。何でもリモコンにすれば便利だというのは間違いだと思う。誰もが高齢になれば操作がややこしいものは大変になってくる。だから特にトイレ・風呂は高齢者にもわかりやすく使いやすいオールド・プルーフとでもいうことを考えてほしいものだ。それに、リモコンの電池は1-2年で交換しなくてはならない。そして、その時には日付や時刻の再設定が必要になるので、高齢者の一人暮らしでは交換が大変である。子機の充電用バッテリーにしても大体2-3年で寿命がきて交換するのだが、ホームセンターや大型電気店で同じ種類のバッテリーを探すのに苦労する。最近の電化製品を見ていると、長い目でみた使い勝手よりも見た目の良さや高機能ばかりが重視されているような気がしてならない。製品を開発する人たちは、使う人の身になって(森田先生の言われた)「ものそのものになる」姿勢が必要だろうと思う。

2014年12月19日 (金)

神経質礼賛 1097.アルコールの意外な害

 とても厳しい寒さが続いている。駅のホームで冷たい風にさらされて震えながら電車を待っている時間が長く感じられる。帰りに電車から降りる時、ホームで待っている人たちの中に、夏でも冬でもハイボール缶や酎ハイ缶を片手に2、3人で談笑しているサラリーマン氏のグループをいつも見るが、この人たちは寒さ知らずなのだろうか。このところ駅のコンコースは金曜の夜でなくても人があふれている。これから忘年会に行こうという人たちなのだろう。

年末・年始にかけて飲酒の機会が増える時期だ。それを見越してか、一昨日、NHKの番組「ためしてガッテン」は「酒と肝臓と男と女」と題してアルコールの話題だった。この番組ではアルコールの一般にあまり知られていない害について紹介していた。冒頭は男性飲酒者の女性化乳房についてだった。アルコール性肝炎からやがて肝硬変となると現われてくる症状の一つである。私が研修医なりたての頃、アルコール依存から肝硬変をきたして腹水がたまり女性化乳房となっている高齢男性を診てびっくりしたことがある。この男性は血中アンモニア濃度が高く、肝性脳症を起こし、内科の先生が輸液治療を行っていたが1年後位には亡くなったように思う。肝機能が落ちると、食道静脈瘤も起きやすくなる。最近は女性の飲酒率が増加して男性とほとんど変わらなくなったが、女性の方が少ない飲酒量で関連疾患が起きやすいことを紹介していた。また、長期にわたり飲酒を続けていると、酵素誘導により、非飲酒時に降圧剤などの薬の代謝が早まって薬の血中濃度が下がって、薬が「効かない」状態になって危険である、というあまり知られていない害についても触れていた。

今週、初診でみえた50代の男性は、忘年会の帰りに自分では全く覚えていないが同じ会社の若い社員を殴っていて、「おかしいから病院へ行け」と上司から言われて来たとのことだった。若い頃から飲めば日本酒1升以上、ビール10本以上の酒豪で、自分では酔っていると感じない。しかし、ある時点で寝てしまうか意識がなくなっていて何度も警察のお世話になっているそうだ。本人は、飲まないと決めれば飲まないでいることもできる、だからアルコール依存ではないと言い張る。もはや、酒量に気を付けるという段階ではなく、断酒しかない旨説明し、補助的に嫌酒薬を処方するとともに断酒会の連絡先のコピーを渡しておいた。

少量のアルコールは「百薬の長」ながら、少量では済まなくなって「酒害」に苦しむことのないように、アルコールとは健康的に付き合いたいものである。

 

2014年12月16日 (火)

神経質礼賛 1096.心理検査と就職試験

 精神科では性格検査、知能検査、作業検査など種々の心理検査が行われている。しかし、その検査結果だけで診断することはしない。問診した上で、診断を補強するために心理検査を行うことが多いし、一種類の検査ではなく、何種類か異なる検査を行ってそれらを組み合わせて総合的に判断するのが普通である。私は神経症や軽度うつ病・うつ状態の方の場合、初診時にY-G(矢田部ギルフォード)性格検査を行うことが多く、結果は御本人と御家族に見せて説明している。この検査は120問の質問に対して直感的にはい・いいえ・どちらでもない、の3択で答えてもらうものである。多くの人は15分位で答える。私は単純な検査結果だけでなく、いろいろなところを見ている。例えば氏名の筆跡、検査日と生年月日に書き落としがないかどうか、○や△の付け方が几帳面か乱雑であるか、回答するのに何分くらいかかったか、などであり、それらも補助的な判断材料になる。

 先日の新聞に、教員採用試験でMMPI(ミネソタ多面人格目録)という心理検査が行われている、ということが書かれていた。この心理検査は第2次世界大戦中にアメリカのミネソタ大学病院で開発されたものであり、550問の質問に対して、はい・いいえ・どちらでもない、の3択で回答する。結果は心気症尺度・抑うつ尺度・ヒステリー尺度・精神病質的偏奇尺度・パラノイア尺度・神経衰弱尺度・統合失調症尺度・軽躁病尺度に加えて同性愛者かどうかを判別する男性性・女性性尺度と社会的内向性尺度といったもので示される。「どちらでもない」が多いと判定不能となる。また、自分を良く見せようとするとL(Lie)尺度が高くなって判別される。検査に対して防衛的態度を示す尺度もある。問題数が多いので1時間はかかり、被験者の負担は少なくない。だから、私はこの検査を使うことはない。質問項目には性的指向や宗教に関するものもあって、一昨年、MMPIが公務員採用試験で行われているということが人権侵害にあたるのではないか、と問題になったことがあった。しかし、その後も行われているようである。公務員や教員ともなれば偏った性格の人物を採用したくない、ということは理解できるが、それは面接や小論文でわかるはずである。採用試験にMMPIを用いるのはどうかと思う。

2014年12月15日 (月)

神経質礼賛 1095.暮れの引越

木曜・金曜と仕事を休んで母親の引越をした。母は昨年の春、人工股関節を入れる手術を受けたが、総腓骨神経麻痺が残ってしまい、歩行障害が出ている。一年間に三度、路上で転倒していて、一度は顔面を激しく打って救急搬送されたこともあった。一人暮らししていた実家は老朽化が激しい上に、ゴミ屋敷状態となっていて、何とかしなくては、と考えた。敷地は広いが車が入れない小路に面している。そこで、私の家から500mほど離れたところに2DKの小さな家を確保した。しかし、「庭がない」「日当たりが悪い」と不満たらたら。今年の春引越の予定が、お盆の後、お彼岸の後とズルズル先延ばしになっていた。移りたくない母の気持ちはよくわかるが、こちらとしては時々行って日常生活をフォローアップするためにはどうしても近くに移転してもらわなくてはならない。

引越当日は激しい雨が降っていた。朝から段ボール箱に必要最小限の荷物を詰める。ゴミで埋まった床や畳の上を整理して搬出できるようにするのに一苦労である。こうなると「火事場の馬鹿力」、ひたすら作業する。午後1時から搬出開始。幸いなことに雨は止んできた。大きなものは仏壇と母が嫁入りの時に持ってきた桐箪笥である。仏壇は鉄刀木(たがやさん)製でかなりの重量がある。二人の担当者で搬出できるかな、と心配になったが、そこはプロ。しかも汚れた仏壇や桐箪笥は軽く拭いてくれた。さすがはクロネコヤマトさんだ。新居に搬入が終わり、とにかく段ボールから物を出す。翌日に段ボールはスーパーの廃品回収ボックスに捨てに行く。さらに、旧居に運び残したもので必要な物を取りに行ってくる。あらかじめ電化製品は買ってあって、神経質に準備したつもりだったがいくつも落ちがあって、細かい物があれこれ必要で何度か買い出しに行く。母の代わりに両隣と裏の家にあいさつ品を持っていく。やれやれ、これで一段落。さらに親類宛に挨拶状を作って郵送する。母はこれからも週1,2回は旧宅に行くと言う。1年くらいかけてゴミ屋敷の始末をしなくてはならない。今まで10回ほど引越をしたことがあるが、これほど大変な引越はなかった。引越は本当にエネルギーが必要である。

2014年12月12日 (金)

神経質礼賛 1094.IP電話の問題点

 先日、徳島県や愛媛県の山間部で大雪が降った。倒木のため道路は不通となり、雪の重みで損壊する住宅も出た。ところが、高齢者が多いこの地区の家庭の8割以上がIP電話になっていたため、停電で電話連絡が取れなくなり、救出要請の連絡もできず、行政側でも安否確認ができない、という事態が発生した。IP電話は料金が安いという長所がある。特に長距離通話ではメリットが大きい。しかし、停電してしまうと通話不能になってしまうほか、110番や119番通報ができないとか、できても位置情報が伝わらないという問題点もある。例えば、非常時に、息も絶え絶えに119番通報したような場合、どこから電話がかかっているか消防署では把握できず、救急車の派遣が困難になることも考え得る。その点、昔からのアナログ回線を使っている場合、停電でも電話回線が生きていれば、子機はダメでも親機(本電話)での通話が可能であるし、緊急通報時に警察署や消防署側で位置がわかる。だから、我が家では、いくらNTTコミュニケーションズを名乗る販売店が光回線へ切替を勧めるセールス電話をかけてきても、災害・非常時対策を理由に断っている(358)

 もっとも、イマドキは一部の高齢者を除けば携帯電話を持っているから問題ないという人もいる。そして、あと10年位先には交換機の維持費がかかるアナログ回線は廃止されるというような話もあるようだ。神経質人間としてはリスク管理がとても気になる。いざという時に使えないようではどうしようもない。IP電話への移行は時代の流れでやむを得ないにしても、バックアップ電源などの非常時対策をオプションではなく標準で付けてほしいと思う。

2014年12月 8日 (月)

神経質礼賛 1093.ロマネスコ

 しばらくぶりに外食した。そろそろ「おせち」の申込み時期になり、このところなかなか行けなかった洋食店「夢蔵」におせちの器を持ってランチを食べに行った。ここは以前にも書いたように(741話)、おせちの器を再利用してくれる環境に優しいお店である。寒いので煮込みハンバーグを注文した。溶けたチーズがハンバーグに乗っていて食べると体も暖まる。デミグラソースも塩分控えめで体に優しい。普通はハンバーグの横に人参・ポテトとともにブロッコリーが添えられているのだが、今回はちょっと変わった野菜が乗っていた。短い円錐形をしていて、よく見ると面白い模様をしている。色はブロッコリーとカリフラワーの中間くらいである。普通のブロッコリーやカリフラワーより少しシャキシャキした歯ざわりだった。この店は定番ランチメニューでも時々その季節の珍しい野菜を出してくれる。夏場に京野菜の万願寺とうがらしが出てきたこともあった。ローカル民放の料理番組にもたまに登場する青森出身のマスターは恰幅の良い体型ながら実は神経質なところがあり、ちょっぴりシャイでもある。帰り際に何という野菜なのかマスターに聞いてみたら「ロマネスコですよ」とのことだった。家に帰って調べてみると、ロマネスコはカリフラワーの仲間で16世紀にイタリアのローマ近郊で作られたとのことだ(他説もあり)。写真を見ると、渦巻状の美しいフラクタル(自己相似)図形である。今では自分でコンピュータのプログラムを組むことは皆無となったが、以前はパソコンでフラクタル図形を何時間もかけて計算させて画面表示して楽しんだことがあったのを思い出した。今のパソコンならば計算速度が格段に速くなっているから、短時間で計算して表示できるはずである。また本を引っ張り出してプログラムを組んで走らせてみることにしよう。食べて美味しいだけでなく、楽しい思いをさせてもらった。

2014年12月 5日 (金)

神経質礼賛 1092.「+」キーと「-」キー

近頃の電化製品では調整ツマミをあまり見かけなくなった。テレビやラジオの音量調整にツマミを回すことはなくなった。もっぱらリモコンの「+」キーや「-」キーでの調整である。パソコンも音量や画面の明るさの調整ツマミはなくなった。わが家のトイレの便座ヒーターの温度調整はツマミを回すタイプだが、病院のヒーターは「+」キーと「-」キーを押して調整する。どの機器もデザインはとてもスマートになったけれども、調整に時間がかかってまだるっこいと感じるのは私だけだろうか。キーを押しっぱなしにすると連続的にアップあるいはダウンするものもあるけれども、行き過ぎてしまって戻したりして、どうも使い勝手が良いものは少ない。スピーカーの音量を急いで大きくしたい、あるいは小さくしたい、という時にはツマミ式の方がかえって良かったなあ、と懐かしく思う。ステレオアンプでは曲を聴きながら高音や低音の調整ツマミを回して曲に合うように変化させて楽しむことができたけれども、デジタルのイコライザーではやりにくい。給湯器の温度を変更するにもキーを何度も押すと設定温度が段階的に変化していくが、その都度「給湯温度○○℃に設定されました」とアナウンスされるとうるさくていけない。全く、便利になったのか不便になったのかわからない面がある。

 森田正馬先生が「神経質は重い車」と言われたように、われわれ神経質人間にも周囲の状況に対する反応が遅れて、この「+」キーや「-」キーでの調整のようにもたつくところがあるのではないだろうか。頭の中で「めんどうだなあ」とか「ばかばかしいなあ」とか「これをやるとどれくらい時間がかかるかな」などと考えるばかりで手や足が出にくい、そんな傾向がある。いくら良い考えをしても実際の行動に移さなければ何もならないし、絶好のチャンスを逃してしまうこともある。「人が便利なように、尻軽く手を出していきなさい」という森田先生の指導に沿って行動していけば、神経質の良さが発揮できるようになるのである。

2014年12月 1日 (月)

神経質礼賛 1091.字体の問題

 今年度になってから、県に提出した医療保護入院届の書類が突き返されることが多くなった。内容に不備があるのはこちらの責任なので仕方がないが、そうでないケースが多くて困っている。患者さんに渡す入院計画書のコピーの県への提出が今年度から求められるようになった。精神科病院の入院期間を短縮して入院患者を減らせ、という厚生労働省の方針に基づいて、県が病院に対して「指導」するためらしいが、その入院計画書に御家族が受取のサインした字体が書類の字体と違う、あるいは住所の例えば「123番地の4」を御家族が入院同意書に「123-4」と書いたために、その違いを指摘して突き返して来るケースが多いのである。例えば患者さんの名前の中に「壽」という字が使われていたのを、息子さんが「寿」と略字で書いたため、字が違うとして突き返されてきた。同じように御家族が「齋藤」を「斎藤」や「斉藤」だとか「渡邊」や「渡邉」を「渡辺」と書こうものなら鬼の首でも取ったように、「家族のサインに合わせろ」と再提出を要求される。病院としては、健康保険証に記載された名前と住所に従ってカルテを作るし、我々もその字体の通りに書類を作る。本来、入院同意書は病院長宛ての書類だし、ましてや入院計画書の受取サインが県にコピーが送られてチェックされているとは御家族は知らない。御家族が略字を使ってサインしたからそれに書類を合わせろ、という御指導は何とも理解に苦しむ。これが形式ばかりを重視する精神保健行政の実態である。お役人様方はよほど時間が有り余っていらっしゃるのだろう。それだけ時間があれば、もっと患者さんのためにやるべきことはあるだろうに。とはいえ、お役人様のお気に召すように何度でも訂正して出し直す他はない。「気に入らぬ風もあろふに柳哉」・・・仙厓さんの禅画「堪忍柳画賛」を頭に思い浮かべる。柳のように枝をなびかせて風を受け流すとしよう。

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