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2015年3月30日 (月)

神経質礼賛 1130.さくら

 一昨日は午前の仕事を終えてから東京に向かった。大学の時の友人A氏、そしてA氏の会社での後輩で、会社を辞めて医学部に入り直し先日の医師国家試験に合格したB氏の二人に会うためである。待ち合わせの時刻まで3時間ある。

まず、一度行ってみようと思っていた谷中散歩を決め込む。ネットにあった「やなか街歩きマップ」をプリントアウトしたものを1枚手にし、日暮里駅で降りた。マップを見るまでもなく、人の流れを見て歩いて行くと、谷中霊園の見事な桜並木に出会う。桜は五分咲きといったところ。道を折れ曲がって三崎坂を降りていく。途中で右の小路に入る。岡倉天心記念公園というのがあって、子供向けの遊具がある小さな公園に過ぎないのだが、トイレの外側のデザインが洒落ていた。長明寺というお寺のしだれ桜が満開である。さらに歩いて行くと、よく新聞などに紹介される「夕やけだんだん」という緩やかな階段の所に出た。谷中銀座商店街は大変な人出である。昭和の懐かしい風情に誘われて人が集まってくるのだろう。総菜屋さんには長い行列ができている。行列が短ければ1本50円の焼き鳥を買って頬張りたいところだ。

また日暮里駅に戻って電車に乗り、銀座のヤマハで少し楽譜を見て、鳩居堂で線香を買う。そのまま銀座の通りを歩いてブリジストン美術館に入る。「ベスト・オブ・ザ・ベスト」という展示は今年の517日までで、リニューアルのため何年か休館になってしまうのだそうだ。モネやルノワールなど印象派以降の名画が中心になっていて、充実した内容だった。

美術館から八重洲口までは歩いて5分だ。待ち合わせ場所で、2年前に会ったことがあるB氏がまず私を見つけてくれて、改札口から出てきたA氏と出会う。35年ぶりに見るA氏は同じ年齢ながらずいぶん若い感じである。社会人向けの大学院で若い人たちと接しているためだろうか。三人で「コレド日本橋」に入っている料理屋さんまで「さくら通り」を歩いて向かう。道路の両側の桜は満開に近い。東京駅の近くにこんな素晴らしい桜並木があるとは知らなかった。中華料理を食べながら話が弾んだ。帰りの「さくら通り」は桜が照明を浴びて美しく輝いていた。駅の改札で再会を約して別れる。森山直太朗さんが歌う「さくら(独唱)」の歌詞が頭に浮かぶ。さらば友よ、またこの場所で会おう。

2015年3月27日 (金)

神経質礼賛 1129.医者が飲まないクスリ

 最近、週刊誌に「患者には出すけど、医者が飲まないクスリ」という記事があった。その週刊誌は買わなかったけれどもネットニュースに紹介されていたので読んでみた。

この記事に挙げられた中で誰もが服用する機会があるのは風邪薬だろう。医療機関の処方以外にCMで見るような総合感冒薬を薬局で買って飲む人も少なくないはずだ。以前、当ブログでも書いたように、風邪薬の成分は解熱鎮痛剤・(鼻水止めの)抗ヒスタミン剤・カフェインという構成になっているものが多い。風邪薬の抗ヒスタミン剤は古いタイプのものが使われていて、眠気が強いし口も乾く。カフェインは抗ヒスタミン剤の眠気を防ぐのと頭痛症状に対応するためのものだが、カフェインが多い製剤ではカフェイン中毒をきたす恐れがある。風邪薬を常用する人はカフェイン依存ではないかと考えられる。風邪薬は根本的に風邪を治すわけではなく、対症療法なので、一番良いのは十分に栄養を摂って休養することである。仕事や学校を休むわけにはいかないので、熱があったり鼻水がひどかったりする時にはこうした薬を飲む必要性も出てくるが、連用せず、1、2日で止める方がベターである。

精神科の薬剤では、抗うつ剤と睡眠薬がやり玉に上がっていた。それぞれの問題点は当ブログでもずっと書いてきたので、普段お読みの方は十分に御存知かと思う。「こころの風邪」と言われるうつ病も、普通の風邪と同様に休養を十分に取り、自然回復を待つ、というのが基本である。ただし回復までにかかる期間は数カ月なので、焦らないことである。抗うつ剤の最大のライバルはプラセボ(偽薬)とはよく言われることである。なぜならば薬を服用しなくても自然に治るからである。抗うつ剤は症状や状況に応じて投与することになるが、副作用を十分に勘案する必要がある。睡眠薬はベンゾジアゼピン系と呼ばれる多くの薬剤では筋弛緩作用による特に高齢者での転倒の問題がある。睡眠薬全般における健忘や「夢遊病」の問題、依存の問題、常用していて中止した時の「リバウンド」の問題、アルコールとの併用による意識障害など多くの問題があるので、なるべく服用しない・少量にとどめるのが望ましい。

2015年3月23日 (月)

神経質礼賛 1128.昼休みの勉強会

 週に1、2回、昼休みの終わり位の時刻に職員向けの勉強会がある。普段は疾患に関する知識や看護技術や介護実技などについての勉強会であり、職員が交代で発表している。時には外部講師を招くこともある。いつもは少々硬い内容が多いのだが、今回は院内栄養課の調理師の方の発表だった。試食付でおいしくいただいくことができた。参加者からの質問も数多く出て、普段の勉強会とは一味違って面白かった。こういう勉強会だったらアンコール希望がいくらでも出るだろう。調理師さんが外部の研修会で学んだメニュー「ぶりのオレンジ煮」に今回は春らしく菜花を付けあわせにしたということだった。魚は湯通しして臭みを抜き、氷で締めるとよいとのことである。ちょっとしたひと手間を加えることで同じ材料でも違った味になるものだ。配色を考えた付け合わせや盛り付け方も食欲を増進させて、食べる人のシアワセ度をアップする。まさに神経質の生かしどころである。

食材費が高騰している昨今、メニューを考える人は本当に大変だと思う。どこの病院や施設でも、栄養士さんや調理師さんたちは、限られた予算の中で、栄養が十分に摂れて、患者さんたちに喜んでもらうために頑張っておられる。そうした目に見えにくい、いわば裏方さんたちの努力が医療や介護を支えてくれていることに感謝したい。

2015年3月20日 (金)

神経質礼賛 1127.眠れなくても眠っている

 年配の入院患者さんに、「毎晩全然眠れない」と主張する人がいる。昼寝をしているかというとそうでもない。作業療法の時間には編物をしていて、自分で編んだピンクのベストを愛用している。「もう、何年も眠ったことがないよ。全然寝なくても大丈夫なのかねえ」が口癖である。「今までが大丈夫だったのだから、眠れなくても大丈夫」と私はいつも答えている。実際のところ当直の看護師さんの観察では確かに寝つきは悪いが深夜には眠っている。眠っていることに本人が気づかないだけのことである。

  眠れないと体に悪い、だから眠らなくてはいけない、と考えている人は少なくない。特に、神経質な人の場合、不眠に対するこだわりが強い。眠れないと次の日の仕事に差し障りがあるのではないか、病気になってしまうのではないか、と心配する。本当の不眠と言うより不眠恐怖がその本態なのである。そして、眠ろう眠ろうとするから、「まだ眠れない、まだ眠れない」と気になって、かえって入眠困難に陥る。また、完全欲が強いので、8時間眠らなければ、とか7時間眠らなければ、とこだわる人がいるけれども、眠りはその日の状況によっても違うので、いつも同じように眠ろうというのは無理がある。とりわけ、高齢者の方は、眠ろうとして夜7時とか8時とかに早寝しようとすると、仮に眠れても深夜に目覚めてしまうことになって、朝になるまでの長い時間をフトンの中で過ごさなくてはならない。高齢になってくると、平均的な睡眠時間は6時間を切るようになり、睡眠も浅くなるのが普通のことであるから、無理に早寝しようとしないで、夜10時くらいまでは起きていた方がベターである。眠ろうとすれば眠れない。そして神経症性不眠では、眠れないと思ってもどこかで眠っていて、ちゃんと帳尻は合っているのである。

2015年3月16日 (月)

神経質礼賛 1126.面白文具

 年度末には新聞の折込み広告も多くなる。文具専門店の特売チラシが目についた。普段、そうした店に行くことはない。ホームセンターで雑貨類を買い込む際に、一緒に買ってしまうからである。チラシにはいろいろと面白そうな商品が紹介されていたので、仕事帰りにちょっと寄ってみた。あれ、何で文具店にパック豆腐?と思いきや付箋紙だった。御丁寧に「絹ごし」と「もめん」と2種類あって、紙の質感が違うのだそうだ。昔風の旅館で朝食についてくる味付け海苔を模した付箋紙もあった。喫茶店チェーンのコーヒーパックそっくりの鉛筆削りもある。逆に、見た目は昔風のチューブ糊だが、実はハンドクリームが入っている、というものもある。真面目で、実用最優先・コストパフォーマンス重視の神経質人間もたまにはこういう遊び心がある物を使っても良さそうである。もちろん、面白文具ばかりでなく、使いやすく改良された文具も並ぶ。シャープペンはよく落として中の芯が折れて詰まって困る。そこで折れにくいような構造にしたシャープペンが何種類かあった。従来よく使われていた0.5mmよりもはるかに細い0.2mm芯でも折れにくいシャープペンもある。ホッチキスのように針を使わずに小さな穴をあけてそれを折り曲げて紙を張り付けるステープラーは以前からあったが、針なし・穴も開けずに5枚程度までならば圧着できるステープラーも出ている。小さな子供向けの安全重視の商品としては、米と野菜から作った「おやさいクレヨン」というものもあった。これなら誤って食べてしまっても安全である。よく神経症の患者さんの日記に「創意工夫をこらすこと」とコメントを書くことがあるが、文具にもまだまだ工夫点や改良点があるものだなあ、と感心する。

 妻もチラシを見て同じ店に行ったという。私は見るだけで買わなかったが、妻は伸縮式のハサミを買ってきたと私に見せて自慢する。刃の部分を柄の部分にしまい込んで半分の長さに折り畳めて、コンパクトな直方体状になるスグレ物である。もっとも、私ならば白衣のポケットに入れておき、郵便物や紹介状の封を切るのに使うことが考えられるけれども、妻の場合、役に立ちそうなシチュエーションが思い描けない(笑)。どう考えても部屋に置いてある普通のハサミを使う方が早いのだが。とりあえず、「いい物を買ったねえ」と褒めておく。

2015年3月13日 (金)

神経質礼賛 1125.不愉快な愉快犯

 母が早朝、トイレを使ったら、水が流れない。水道の蛇口をひねっても水が出てこない。母はどこへ頼んでよいものかわからず、冷蔵庫に貼ってあるマグネットのシールを見て、9時になるまで待ってガス屋に電話した。ガス屋も住宅リフォームをやっているので水回りのトラブルも引き受けます、というようなシールを配っている。来てもらったところ、家の外の水道の元栓が何者かによって止められていることがわかり、元に戻して事なきを得た。手間賃は無料だったが、消火器を買わされてしまったとしょげていた。水道のメーターと止水栓は道路に近い所にある。昔は重い鉄製の蓋だったが、今は青い樹脂製の軽いものになっていて、簡単に開けられる。私がそれを確認していたら、隣家の奥さんが出てきて、そのお宅では同じ晩に自転車のタイヤの虫ゴムを外されて空気を抜かれてしまう被害にあっということだった。「ウチは交番に行って話をしてきたからお宅も行った方がいい」と言われて、足の悪い母に代わって私が交番に行って話をしてきた。

 物を壊されたとか盗まれたとかいうわけではないが、とても迷惑な悪戯である。母のような高齢者ではパニックに陥ってしまう。このように人を困らせてそれを見る、あるいは困っている様子を想像して楽しむ犯罪を「愉快犯」というのだが、やられた方は不愉快極まりない。不愉快犯とでも言いたくなる。

その点、何か悪いことをしてしまっていないか・人からどう思われるかを心配する神経質人間にはそのような真似はできないものである。神経質は小心翌々そのままでよい。

2015年3月 9日 (月)

神経質礼賛 1124.残業代ゼロ法案

 ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)制度つまり残業代ゼロ制度などの労働関連法案が国会で成立されようとしている。これは経営者にとって大変好都合な法律改正であり、財界の意向を受けた法案である。多額の政治献金をもらっている独裁同然の与党の力で簡単に決まってしまうのではないかと危惧している。年収1075万円以上の高度プロフェッショナルに適用されるというから、自分には関係ないと思って無関心な方が多いようだが、一旦、これが成立してしまったら、対象となる年収をだんだん下げていくことは目に見えている。今までも、実質賃金を抑えるために、残業代のつかない「名ばかり管理職」に任命して長時間労働を強いるような会社があって問題になった。WE制度を拡大していけば、堂々と安い賃金でめいっぱい働かせることが可能になってしまう。職場のパワハラに追い詰められて、ますます精神科に駆け込んでくるサラリーマンやOLが増えるのでは、心配である。

 そう考えているのは神経質で心配性の私だけかと思っていたら、3月3日付毎日新聞夕刊2面の特集ワイドに「定額働かせ放題」の恐れも、と題した記事があった。これには私が見落としていた懸念も指摘されていた。「マタハラ(マタニティーハラスメント)をいっそう誘発も」という恐れである。現在でもマタハラの根底には長時間労働があるという。WE制度により長時間労働が常態化すると、仕事ができなければ深夜まで働くのは当たり前、ということになってしまう。妊娠・出産・育児をしながら働く女性たちから、妊娠中で体調が良くないから休みたいとか、子供の保育園へのお迎えのために帰宅したいというような希望に対して、「あなただけ特別扱いできない」「アルバイトになるか退職してもらうしかない」と迫って退職に追い込むというものである。

 勤務医の世界は残業代なし、労働基準法もへったくれもない。産婦人科医や小児科医や救急に携わる医師たちが過労死したり自殺したりする例があるが、それがすべての労働者の間で当たり前になるようでは困る。

2015年3月 6日 (金)

神経質礼賛 1123.運転免許更新の診断書

 時々、外来通院中の患者さんから、「運転免許更新の時に精神科に通院していることを申告したら診断書を書いてもらうように言われた」ということで用紙を持って来られる方がいる。正直で生真面目な人が多い。本来は申告の必要のない神経症の嫌疑恐怖の人が心配になって警察署で相談したら診断書を書いてもらいなさいと言われてしまうこともある。

突然に意識消失する恐れがあるとか、幻覚妄想のために正常な運転ができないなどの病状の場合、以前から運転免許取得の欠格事項とされてきた。しかしながら、そうした病状をきたす可能性のある疾患であっても、私の勤務先の病院がある所のように路線バスが1時間に1本あるかどうかというような公共交通の便が極めて悪い地方では、本人が運転して受診されているケースが少なくないのが実態である。運転に危険をきたしそうな病状の人にはまだ運転は止めた方がよいとアドバイスし、認知症が進んで運転が危険だと思われる人には御家族と相談して免許返納を勧めることもあるけれども、無事故であり、きちんと通院し服薬して状態が安定しているような場合は、①薬の副作用で眠気がある時や体調の悪い時には運転を避ける、②運転は通勤・買物・通院などどうしても必要な場合に限り、慣れた道を運転するように、といった注意をした上で、診断書の「現時点では安全運転能力を欠くおそれのある症状を呈していない」の項に○をつけて書いている。

この診断書に関しては、日本精神神経学会が「患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン」(平成266月)をネット上にPDFファイルを公開している。自分は申告するべきかどうか心配の方は、更新手続きに行く前にそれを読んでいただくなり、受診した際に医師に尋ねていただくとよいと思う。また、精神科の薬に限らず、添付文書に「本剤投与中の患者には自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないように注意すること」とか「自動車の運転の際には十分注意させること」などの注意事項が書いてある薬は少なくない。この時期、花粉症のため抗ヒスタミン剤を服用している方も多いはずである。眠気や体調不良には十分に気をつけて安全運転を心がけたいものである。

2015年3月 4日 (水)

神経質礼賛 1122.膵臓を労わろう

 先月の下旬に、TV出演でお馴染みの歌舞伎俳優の十代目坂東三津五郎さんが膵臓癌で、「天地人」で直江兼続を世に知らしめた作家の火坂雅志さんが急性膵炎で亡くなられた。お二人とも昭和31年生まれである。膵臓癌は自覚症状が出にくいため、発見が遅れて手遅れとなりやすいので予後は極めて悪い。私の妻の母親は健康診断で尿糖が出ていたことから近くの内科にかかったところ市立病院を紹介され検査を受けて膵臓癌とわかったがすでに手遅れのため手術はせず余命半年と宣告された。入院はせずに1年後に自宅で亡くなった。坂東さんの場合は1年半前に病気が発見されて手術を受けたものの結局は助からなかった。役者人生の花道の半ばで倒れられてしまったのはお気の毒だ。一方、急性膵炎はアルコール性か胆石を原因とする場合が多いとされる。火坂さんはどちらが原因かわからないが、まだまだこれからという時に残念なことである。

 よく肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれている。膵臓も同様である。直接食物が通るわけではないが、インスリンをはじめ消化に関するホルモンを分泌する重要な働きをしている。膵臓癌の原因はハッキリしていないけれども、疫学的には喫煙者の膵臓癌になるリスクは非喫煙者の2倍以上、肥満・運動不足も約2倍という。生活上の注意によりリスクを軽減することが可能と思われる。急性膵炎の場合は酒の飲み過ぎに気をつけたり胆石の治療をしたりすればかなり予防できそうである。生活習慣に気をつけて、静かに働いている大切な脇役の膵臓を労わりたいものである。

2015年3月 2日 (月)

神経質礼賛 1121.スキムミルク

 昨日は冷たい雨の一日だった。静岡マラソンが行われていたが、走る人も見物する人も大変だっただろう。母が使っているスキムミルクが終わりそうなので、買いに出かける。私はスキムミルクというと、どうしても給食の脱脂粉乳というイメージが強くてちょっと引いてしまう。小学校3年までは牛乳ではなく脱脂粉乳だった。当時は粗悪品で味も良くなかったし臭いも強かった。アルミのお椀に入れられると縁が紫色に見えるのが気持ち悪くて、私は一気飲みしていた。なかなか飲めなくて飲み終わるまで教室内に残されていた子もいた。瓶の牛乳になっておいしくなった代わりに給食当番が大変になった記憶がある。瓶の牛乳を入れた木の箱は重かったのだ。

今では味も香りもずいぶん良くなった。スキムムルクは保存が利くし、カルシウムなどの栄養補給になるし、料理の材料としても使えるから、高齢者にとっては便利な商品である。災害時用の保存食として常備しておいても良さそうである。あまり売れないためか、意外とスーパーでは見かけない。以前から母が買いに行っていた生協へ行く。生協は元の実家からさらに奥へ行った所にある。私の自宅からは約3.5km、歩いて片道40分位だ。雨がだんだん強くなる中、とにかく歩く。遠いなあと思っても、一歩一歩歩いて行けばいつかは着く。神経質人間はやる前に手間や時間を考えて尻込みしがちだけれども、いざ動き出せば何とかなるのである。途中、隠れた桜の名所の公園に一本だけ早咲きの桜があって七分咲き位になっている。浅間神社の横を通ると紅梅・白梅を見かけて近くに寄って眺める。そして、いずれもカメラに収める。健康のための散歩は結構なことだが、目的本位の行動をしながら楽しんで一石二鳥にも三鳥にもするのが森田流である。

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