フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 1129.医者が飲まないクスリ | トップページ | 神経質礼賛 1131.治った人の真似をすれば治る »

2015年3月30日 (月)

神経質礼賛 1130.さくら

 一昨日は午前の仕事を終えてから東京に向かった。大学の時の友人A氏、そしてA氏の会社での後輩で、会社を辞めて医学部に入り直し先日の医師国家試験に合格したB氏の二人に会うためである。待ち合わせの時刻まで3時間ある。

まず、一度行ってみようと思っていた谷中散歩を決め込む。ネットにあった「やなか街歩きマップ」をプリントアウトしたものを1枚手にし、日暮里駅で降りた。マップを見るまでもなく、人の流れを見て歩いて行くと、谷中霊園の見事な桜並木に出会う。桜は五分咲きといったところ。道を折れ曲がって三崎坂を降りていく。途中で右の小路に入る。岡倉天心記念公園というのがあって、子供向けの遊具がある小さな公園に過ぎないのだが、トイレの外側のデザインが洒落ていた。長明寺というお寺のしだれ桜が満開である。さらに歩いて行くと、よく新聞などに紹介される「夕やけだんだん」という緩やかな階段の所に出た。谷中銀座商店街は大変な人出である。昭和の懐かしい風情に誘われて人が集まってくるのだろう。総菜屋さんには長い行列ができている。行列が短ければ1本50円の焼き鳥を買って頬張りたいところだ。

また日暮里駅に戻って電車に乗り、銀座のヤマハで少し楽譜を見て、鳩居堂で線香を買う。そのまま銀座の通りを歩いてブリジストン美術館に入る。「ベスト・オブ・ザ・ベスト」という展示は今年の517日までで、リニューアルのため何年か休館になってしまうのだそうだ。モネやルノワールなど印象派以降の名画が中心になっていて、充実した内容だった。

美術館から八重洲口までは歩いて5分だ。待ち合わせ場所で、2年前に会ったことがあるB氏がまず私を見つけてくれて、改札口から出てきたA氏と出会う。35年ぶりに見るA氏は同じ年齢ながらずいぶん若い感じである。社会人向けの大学院で若い人たちと接しているためだろうか。三人で「コレド日本橋」に入っている料理屋さんまで「さくら通り」を歩いて向かう。道路の両側の桜は満開に近い。東京駅の近くにこんな素晴らしい桜並木があるとは知らなかった。中華料理を食べながら話が弾んだ。帰りの「さくら通り」は桜が照明を浴びて美しく輝いていた。駅の改札で再会を約して別れる。森山直太朗さんが歌う「さくら(独唱)」の歌詞が頭に浮かぶ。さらば友よ、またこの場所で会おう。

« 神経質礼賛 1129.医者が飲まないクスリ | トップページ | 神経質礼賛 1131.治った人の真似をすれば治る »

コメント

東京ドームの近くに住んでおりましたので、谷中・日暮里・銀座・東京駅など散歩コースでした。
これらを日帰りの上京で、しかも空き時間にこなすというのは、大変な運動・移動量です。
四分先生は動き出した "神経質者" が大回転している一つの到達点でいらっしゃいますhappy01

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 神経質の欲張り根性で、ついつい動いてしまいます(笑)。
 谷中もたらふく様の「庭」でしたか。森田正馬先生の自宅・医院があった本郷区蓬莱町つまり現在の文京区向丘二丁目も歩いておられたかもしれませんね。

白山通りの西方交差点の角あたりに居りました。
文京区向丘二丁目あたりはしょっちゅうウロついておりました。
森田先生には九州とか三島のイメージが有って、
都内にお住みだったということを全く意識できておりませんでした。
森田先生のゆかりの場所も本郷あたりにいろいろありますね。
四分先生のご指摘で初めて気づきまして驚愕でございますshock

過去記事にまたすみません。
文京区から健康診断の指定機関一覧表が届いたのですが、中に「森田医院」というのがあり、
所在が向丘2丁目の35番であります。
検索しましたら、診療科目に精神科はなかったのですが、ご縁のある方かもしれませんhappy01

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 まさに森田正馬先生が住んでおられた付近ではありますが、多分、血縁の方ではないと思います。

 森田先生の一人息子の正一郎さんは結核のため慈恵医専在学中の20歳くらいで死去。そこで、森田先生は妹の三男の秀俊さんを養子にしました。その秀俊さんが慈恵医大を卒業されて開業したのが三島森田病院です。秀俊先生はお亡くなりになりましたが、奥様の貞子様は理事長として、御高齢ながら毎日出勤しておられます。秀俊先生・貞子理事長のお孫さんは精神科医となられており、何年か後には院長になられることと思います。
 

  1086話に行こうと辿っていて、このお話を目にしました。3月はあまり動けないときだったので、今、読みました。
 そうですか、谷中に行かれたのですね。おもしろかったでしょう。私も谷中は好きで、夏と初冬、二回行きました。谷中霊園に駐在所がありましたよね。警察官が落葉掻きをしている光景が印象的でした。桜どきも訪ねてみたいです。
 芋坂は歩かれませんでしたか。その坂を下ると、子規や漱石も愛した羽二重団子本店があって、その団子はとっても美味しいです。また、子規庵はすぐ近くです。

nonboo様。

 コメントいただきありがとうございます。

 残念ながら芋坂は通りませんでした。羽二重団子は漱石の小説などにも出てくる大変有名なお店だそうですね。坂の名前がいろいろと由来があって面白いです。また、芋坂付近の線路をまたがる橋は鉄道ファンたちに大人気の場所らしいですね。
 谷中・根津・千駄木は、文学・芸術散歩に好適。これからも行ってみたいです。

「芋坂付近の線路をまたがる橋」は、たぶん下記の橋のことですね。

短日や根岸・日暮里跨線橋 nonboo

谷中に行ったのは二回ではなく、三回でした。一回、夕方の「夕やけだんだん」が見たくて、暑い盛りに行ったことがありました。やはり、猫がたくさんいましたけど、先生もお気づきになられたと思います。
 明日は立冬。これからの時季、防寒をしっかりとして、冴ゆる青空の下、散策をするのが無上の楽しみです。

一日の仕事をメモに今朝の冬 nonboo

nonboo様

 私も「夕やけだんだん」の写真を新聞などで見て、一度行きたいと思っていました。土曜日でしたし、流れてきた花見客(私もその一人でしたが)も多く、大変な人出でしたが、夕焼けだんだんから見下ろす光景には郷愁をかきたてられました。仰るように猫もよく見かけました。
 その日の仕事の段取りを考え、「寒いけれど、さあ、これから行くぞ」という場面が浮かんでくる句ですね。仕事のメモをきっちり書かれるところが神経質らしくてよいです。

nonboo様

 跨線橋も御覧になっていたのですね。初冬では長い橋の上は風が吹きさらして寒かっただろうと思います。それでも鉄道ファンともなれば、お気に入りの列車の通過時刻を調べてカメラを向けます。日暮里という地名自体、晩秋とか初冬の日暮れ時を連想しやすいですね。次回行くときは芋坂めざしてみます。

俳句の挨拶性、ということが言われます。私も、訪れた土地、自然、人間に心を通わせた句を詠みたい、と思っています。

 ご鑑賞、誠にありがとうございます。合掌。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 1129.医者が飲まないクスリ | トップページ | 神経質礼賛 1131.治った人の真似をすれば治る »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31