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2015年5月25日 (月)

神経質礼賛 1149.苦言と甘言

 「苦言は薬なり、甘言は病なり」という言葉がある。誰しも褒められるのはうれしいし、叱られるのは嫌である。できれば苦言は受けたくないのが本音であり、お世辞とわかっていても甘言にはつい惹かれやすい。受容、暗示、励まし、保証、共感的評価、などによる支持的精神療法は、落ち込んだ人を支え、立ち直ってもらう上で必要ではあるけれども、そればかりやっていたのでは患者さんのためにならない。時には耳の痛いことであっても問題点を指摘して行動を修正していくことを促すことも必要になる。特に、病気探しをしがちな神経症の人に対しては苦言が必要であることがよくある。思想矛盾 事実唯真(280)。つらくても現実に直面することを求めていかなくてはならない。神経症の症状をなくそう、不安をなくそう、とないものねだりして「はからいごと」を繰り返していたのでは、ますます自分の方に注意が向いて症状を強めるという悪循環をきたすからである。森田正馬先生は次のように言っておられる。


 しかるに僕の神経質療法は、「病ではない」とか、「治らぬと覚悟せよ」とか、「不眠など、どうでもよい。眠るに及ばない」とかいう事になると、普通の患者はたいてい逃げてしまう。しかし神経質の患者を、いたずらに患者の心持に迎合し、気休めのような事をすれば、一時はその症状がよくなるにしても、その根治は決して望まれない。

 真理は平凡である。「道は近きにあり」で、決して奇抜でもなければ、僥倖にあこがれるというわけには行かない。これを理解する人の少ないのも無理のない事である。(白揚社:森田正馬全集第5巻p.721


 治したがりの人に対して安易な「癒し」を与えるのではなく、そのままでよい、というメッセージを送って、こころはいじらずに行動に目を向けさせるのが、森田療法の真骨頂である。

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コメント

最近「発達障害」という言葉をよく目にいたします。
世俗では、はたから見て波長が合わない人や面倒くさい人をくくるように使われています。
⇒URLはモデルの栗原類さんが子供の時に発達障害と診断されたという記事です。
 それを受けとめて人生を工夫し切り開いて生きるのは森田先生にも通じます。
 人に対して教えたり、相談に乗る職業の人は
森田先生をぜひ知っておいて頂きたいですね。
四分先生の「神経質礼賛」はこれからますます重要になってきますねhappy01

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。リンク先、読ませていただきました。

 最近、発達障害、特に注意欠陥障害の情報が増えているのは、その「治療薬」を販売している製薬会社の活動(病気を喧伝する販売戦略)にも一因があるようです。しかし、発達障害は病気と捉えるよりは、一種の特性と考えて、その個性を生かし、欠点を補う訓練をして、社会への適応性を高める教育的対応が第一ではなかろうかと私は考えています。

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