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2015年7月31日 (金)

神経質礼賛 1170.無所住

緊張や不安に悩む人は少なくない。特に神経質性格の人は、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようと考えて身構えてしまう。しかし、いろいろなことが心配になっても、心配なままに行動していけば、緊張や不安は一過性のものであり、神経質ゆえ失敗しないように準備するため、懸念したほどの大失態を演じることも少ないのである。森田正馬先生は次のように言っておられる。


 
 「無所住」とは、心がどこにも固着・集中していない事で、その時に初めて心が、無罜礙(むけいげ:般若心経の中に出てくる言葉でわだかまりのない気持ちのこと)に自由自在に働くという意味である。それは例えば、直立不動で、足を固く踏みしめてしるとか、あるいは手を震えないように、心をハラハラしないようにと、そのほうにのみ心を固く頑張っているとかいう固着した心でない事である。(白揚社:森田正馬全集 第5巻p.645


 
 禅語に「まさに住する所無うしてその心を生ずべし」という言葉がある。心をひとつところに留めず(執着心を起さず)、ことに応じて自在に動かしなさい、という意味である。


 
 森田先生の教えも禅の教えも同じことを言っているのだが、その具体的なやり方は全く違っている。禅では修行によって心がこだわりから解き放されて自在の境地に達することができるのだが、それは容易ではない。森田先生の教えは雑念が浮かぶまま、いろいろなことが心配になってハラハラしたまま、そのままで心はいじらずに、やらなければならない仕事をみつけて行動していく。すると自然に注意が自分の外に向かうようになって結果的に心がとらわれから解放されて無所住の状態になるのである。禅の修行は私のような凡夫には難しいが、森田先生の教えは誰にでも実行可能であり、そこがすばらしいところである。

2015年7月27日 (月)

神経質礼賛 1169.チャレンジという名の不適切会計

 東芝の不適切会計が大問題になっている。歴代社長が退任し、海外では訴訟騒ぎにもなっている。何でも、社長が3日間で120億円の利益を出せ、チャレンジしろ、と命令した一言で関連会社を巻き込んだ経理操作を行って利益を出したというのには呆れて言葉も出ない。

 開発設計の仕事をしている社員たちは、お客さんに喜んでもらえる良い製品を世に送り出したいという気持ちで日夜頑張っている。そういう世界を知らずに経済学部や経営・商学部出身の数字いじりを得意とする経営者たちが会社を動かしているとこういうことになってしまうのだろうか。

 かつて私が最初の大学を卒業して勤務した会社は日経会社情報では商社に分類されていて、営業員たちには「目標」と称する厳しいノルマが課せられていた。同期で入社して営業に回った人たちは、親戚や知り合いに商品を売りつけるけれども、それが一巡して売る相手がいなくなると「目標」が達成できなくなる。苦しくなって架空利益を計上して翌月に「赤伝を切る」などという姑息な手段を使う人もいたが、そんなことをしても結局は破綻するだけである。大卒の新入社員たちは次々を辞めていった。営業員の半減期は1年と言われていた。会社側は、その分、また新卒者を大量に採用する、ということを繰り返していた。いわば新入社員を食い物にするようなことをやっていたのだ。

 国がやっていることだって東芝やかつて私が勤務した会社と大差はない。お金をジャブジャブ流して人為的に株価を釣り上げて「景気が良くなった」「日本経済が良くなった」と喧伝しているが、おいしい思いをしているのはごく一部の人たちだけ。未来を背負う子供たちにどんどん国債という名のツケを回し、子供たち・わが国の未来を食い物にしているだけのことである。

 斯くあるべしと言ふ

 猶ほ虚偽たり

 有るがまゝにある

 即ち眞實なり

 という森田正馬先生の言葉を政治家や経営者にも噛みしめて欲しいものだ。ごまかしはいけない。事実が全てなのである。

2015年7月24日 (金)

神経質礼賛 1168.緊張・不安のドリンク剤

 近頃、TVで緊張・イライラ・不安に効くというドリンク剤のCMを見かけるようになった。アロパノール内服液(全薬工業)という商品である。一体、どんな成分なのかと興味があり、同社のホームページを見る。漢方薬や生薬を得意とする製薬会社らしく、この薬の正体は抑肝散という漢方薬だった。

 抑肝散は、元々、子供の「疳の虫・夜泣き」に使われていた。小児科の先生には、母親にも一緒に飲ませる、という方もいると聞いたことがある。私も時々処方する薬であり、適応症は神経症や不眠症である。最近は認知症患者さんの情緒安定に威力を発揮している。というのも抗精神病薬や睡眠剤のように転倒して骨折をきたす恐れがはるかに少ないからである。ツムラの添付文書によれば、抗不安作用・攻撃性抑制作用・睡眠障害改善作用があるといい、脳内グルタミン酸の過剰を抑えたり、抗うつ剤と同様にセロトニン1Aを増強したりする薬理作用があるのだそうだ。

 安全性が高い薬ではあるけれども、やはり副作用がある。発生率は低いものの重大な副作用として、他の漢方薬にもあるものだが、間質性肺炎、偽アルドステロン症、心不全、ミオパチー、肝障害の記載がある。連用する場合は医師や薬剤師に相談した方がよいだろう。ちなみに値段は内用液3本で1500円とのこと。11500円はちょっと高い。医療機関にかかって診察を受けた上で抑肝散を処方してもらった方が安全だしお得なようにも思う。

2015年7月20日 (月)

神経質礼賛 1167.汗は生きるしるし

 7月の上旬は雨の日が多くてうっとうしい反面、気温は低めで過ごしやすかった。薄い上着を羽織ってちょうどよいという日も多かった。それが、中旬に入って急に真夏のような天気になり、台風による湿気もあって、まだ体がついていけない感じがする。今年は海水温が高く、台風の当たり年。暑さも厳しそうだ。

 通勤で前を通りかかる華陽院の掲示板が新しくなっていた。「この汗も 生くるしるしや ありがたし  鶴見照硯」とある。成田山新勝寺の管主だった方の句のようだ。鏡のような高層ビルのガラス面からの照り返しを正面から浴びながら駅に向かって歩く。年々、歩く速度が遅くなったなあ、と感じる。駅の階段を上りきると汗が噴き出す。先ほど見た掲示板の句を思い起こし、何はともあれ、こうして生きていて仕事に行けるのはつくづくありがたいことだと思う。

 森田正馬先生の言われたように、暑さ・寒さは何とも仕方ない。誰にとっても同じこと。グチをこぼしてもどうにもならない。もちろん熱中症や脱水には注意して暑さを凌ぐ生活上の工夫をしていく必要はあるけれども、基本的には「あるがまま」。「暑い、暑い」とダラダラ過ごすのは感心しない。暑い日が続いていると自然に汗が出るようになって体が順応してくるのである。

2015年7月17日 (金)

神経質礼賛 1166.ガマの穂

 農家の人に沢山もらったから、と叔母が母にガマの穂を持ってきてくれた。私は近くで見るのは初めてである。触ってみると茶色の穂の部分は硬い。穂の部分は重量があるから、花瓶に入れても不安定で花瓶ごと倒れてしまう。もらった翌日には柔らかくなってきていた。ボロボロになってしまう、という話もあるので、結局、処分することになってしまった。やはり、こういうものは水辺の自然の中で見て楽しむものなのだろう。

 ガマの穂で思いつくのは、因幡の白兎伝説である。大国主命が毛をむしり取られて泣いていた白兎にガマの穂の綿(花粉)を体につけるように勧めたところ早く治ったという話だ。ガマの穂の黄色い花粉には止血・収斂作用があるという。綿で傷口を保護することもできるわけだから、実に理にかなった治療法である。神話の作られた昔から、経験的に人々は身近にある植物の持つ薬理作用を利用してきたのである。多分、初めて使った人は恐る恐るやってみて、効果があるということで広まったのだろう。他にも、ガマの花粉を内服して利尿剤として用いたり、穂を乾燥させたものを蚊取り線香として用いたり、綿として利用したり、といった使い方もあったそうである。

 現代ではガマの穂を何かに利用するということはなくなっている。しかしながら、周囲をよく観察して利用できるものは上手に工夫して生かしていくことは、私たち神経質人間にとっては「物の性(しょう)を尽くす」であり、とても重要なことである。

2015年7月13日 (月)

神経質礼賛 1165.葵の紋

 先週の講演会では来場者の方々から様々な質問をいただいた。中には変わった質問もあって、「徳川家の葵の紋は他では見かけないが、使われている例を知っていますか?」と聞かれた。私は知りませんと答え、同席していた八木洋行編集長も、図書館で調べられては、と答えていた。とはいえ、実際どうなのか気になる。知りたがりの神経質ゆえ、とりあえずネットで当たってみる。

家紋が作られるようになったのは平安時代からで、武士の間では戦闘の際、敵・味方がわかるようにという実用的な意味もあって鎌倉時代から普及したようである。あの有名な葵の紋は、元は京都の賀茂神社のものだという。それに関わる賀茂(鴨、加茂)氏が用いていた。徳川四天王の一人、本多忠勝の家では代々三つ葉葵を用いていたのを家康が召上げて使い始めたらしい。そして、忠勝に「三つ葉葵の紋は使わないように」と言ったところ、忠勝から「当家は神代より京の賀茂社に仕えており、この紋を使っている。殿こそ新田源氏の子孫を名乗られるのだから新田の紋を使われてはいかがか」と言い返されて家康はそれ以上言えず、本多家は葵の紋を使い続けた、などという話もあるようだ。明治時代になって家紋が自由に使えるようになっても、天皇家の菊の紋や徳川家の葵の紋を使うのは憚られた。だから、寺で葵の紋が入った庶民の墓は見かけないのだろう。

 今では紋付の和服を着ることは少なくなった。私は和服を一着も持っていない。旧来の「家」という概念が薄れ、墓や仏壇も家紋のないものに変わりつつあるから、いずれ家紋は庶民レベルでは消滅していくのではないだろうかと思う。

2015年7月10日 (金)

神経質礼賛 番外 講演会の様子

 7月5日(日)、静岡グランシップで行われた講演会精神科医徳川家康心」の様子を記録したページを御紹介しておきます。

神経質礼賛 1164.VHFアンテナの活用

 TVの放送は現在ではデジタル化されている。従来のアナログ放送を受信するには1-12ch用の大きなVHFアンテナと13ch以上用の小さなUHFアンテナが必要だった。いわゆる地デジになって地上放送は全てUHF帯になり、大きなVHFアンテナは不要になった。しかし、あえてそれを取りはずして処分した御家庭は少ないのではないだろうか。

 そんなVHFアンテナにも活用の場はある。かつての1chから3chまではFM放送の周波数帯のすぐ上の領域であり、TVの音声だけ受信できるFMラジオもあった。だから、FM放送受信用のアンテナとして利用することも可能である。ただし、FMの送信所とTVの送信所と方向が異なる場合には向きを変える必要があるが。

わが家でリビングに置いてあるCDラジオには買った時に附属していた室内アンテナ(といっても2m位の長さの単なるコード)を使っていたが、ステレオ放送ではノイズを拾いやすく、室内を人が歩くだけで受診状態に影響していた。丁度アンテナ端子がTVの端子と同じものだったので手持ちのTV用アンテナコードで接続してみたら、ステレオ放送でもノイズが入らず安定した受信ができ、音楽番組がきれいな音で楽しめるようになった。「物の性(しょう)を尽くす」、役に立たないでいたVHFアンテナが能力を発揮できるようになったのである。

2015年7月 8日 (水)

神経質礼賛 1163.ミニマルライフ

 昨日の朝、職員食堂で朝食を食べながらNHKのニュースを見ていたら、ミニマルライフについて紹介していた。編集者をしている男性の例で、それまでの自宅は本の山や種々のモノに囲まれた生活だったが、思い立ってすべてを整理。衣類も6着のみで年中それを着回す。部屋の中は何もない。超シンプルライフである。家の中がスッキリしたおかげで仕事の効率も上がったと言う。

 以前、「断捨離」が話題になった。ミニマルライフはその究極の姿と言えるだろう。若い人を中心にそれに共感する人が増えているとのことだ。モノを持たないことで心の豊かさを得る、という面も確かにありそうだ。


 
 私は休日をゴミ屋敷化した実家の片づけや草取りに費やしている。ゴミではなくても、使われずに箱に入ってそのままになっている御見舞いや香典の返礼品のタオル類やら景品の食器類やらが乱雑に積まれてそのままになっている。これらも少しずつ処分している。まだ使える、いつか使う、ということで取っておいたために空間を占拠して、生活を不自由にしていたわけである。

 自分の部屋を見ても本や雑誌やら電気モノなどであふれている。ミニマルライフは到底無理としても、今使っていないモノは思い切って捨てなくては。まずはできるところからやっていこう。

 ついでに頭の中の雑念もスッキリ捨てられたらどんなに気持ちがいいことだろうか。禅のお坊さんは雑念を捨てよ、と言う。禅の修行を積んだ人ならばそれができるかもしれないが、私のような煩悩だらけの凡人には容易ではない。しかし、森田正馬先生のやり方は、雑念が浮かんでも浮かぶままそのままにしておいて、やるべきことをやっていけばよいのであるから、それならば誰にもできるのである。禅では欲望を捨てよ、森田では生の欲望をエネルギー源として建設的な行動をせよ、つまり欲望を活かせ、なのである。

2015年7月 6日 (月)

神経質礼賛 1162.文化講演会

 昨日は東静岡駅前グランシップで文化講演会があった。『精神科医が診る徳川家康の心』という題である。学会での発表や少人数での講演会や保健所主催のうつ病や統合失調症に関する講演会の経験はあるが、今回は有料の講演会、それも歴史分野の内容であり、後半はトークセッションなどという企画が予定されていて、プレッシャー大だった。人名・地名の読みに間違いがないか、心配になって確認する。Power Pointのスライドを見ながら話せばいい、というつもりで練習してみるとフリーズしそうで心配なところがある。結局、2日前から急遽、読み上げる原稿を作成し、当日の朝にやっと出来上がる。例によって緊張のため、腹の具合が怪しいが、どうにもならないものと諦める。

午後2時開始のところ、1時前には会場へ行って打ち合わせと簡単なリハーサルを行う。雨の中、多くの方々が来て下さった。勤務先の職員の方々も遠路はるばる応援に駆けつけて下さり、有難い。車椅子で来て下さった方もいて、本当に頭が下がる。発表原稿に沿って私が訥々と話す前半が終わり、後半は参加者の方々からの質問に答えるコーナー。司会の八木洋行編集長の突っ込みにどうにか対応する。

すべてが終わってから、グランシップの担当者から色紙を頼まれて、下手な字で書く。

 あるがまま 家康公に あやからむ

 家康公の人生を見ると、森田正馬先生が言われた、「境遇に柔順なれ」「己の性を尽くし 人の性を尽くし 物の性を尽くす」「あるがまま」そのものである。家康公と同じく神経質人間としては、それにあやかりたいものである。

2015年7月 3日 (金)

神経質礼賛 1161.傘の花

 雨の日の出勤は少々気分が重い。駅への地下道に入って濡れた傘をたたみ、広がらないようにベルトを回して止めるのにもひと手間かかる。時々、傘をスキーのストックのように大きく後ろに振りながら歩いている人を見かけるが、これは通行人に当たる可能性があって危険である。私は神経質らしく、なるべく地面と垂直を保ち、後ろに振らないように心がけている。電車の中では濡れた傘が他の人と接触しないように気を付ける。駅から職員送迎車に乗る。ハイエースの助手席は乗り降りがしにくい。身長の低い女性職員さんが多いので、助手席にはたいてい私が座ることになる。雨の日に傘を畳んで荷物と一緒に持って乗り込むにはドア際のハンドルを片手で握り「よっこらしょ」である。道路は渋滞している。雨の日は子供を学校へ送るのに車を出す親が多いことも一因だろう。

 広い歩道いっぱいに小学生たちが元気に登校していく。「傘の花」という言葉の通り、色とりどりの傘がとてもきれいである。私が子供の頃は、男の子は黒い傘、女の子は赤や黄色の傘が多かったように思う。今では鮮やかな原色やらパステルカラーやら模様のついた傘など実に多彩である。傘の花たちがピョコピョコ上下しながら流れていく様子を眺めていると雨の日の鬱陶しさを忘れている。

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