フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 1182.ひっつき虫 | トップページ | 神経質礼賛 1184.赤外線体温計 »

2015年9月 7日 (月)

神経質礼賛 1183.吉田松陰と森田先生の関係

 母に頼まれて書店で「NHKラジオ歴史再発見」のテキストを買って届けた。『松陰と幕末・明治の志士たち』というテーマだった。すると、その日のうちに母から電話があって、「森田正馬先生のことが書いてあるよ」とのこと。吉田松陰と森田先生とは関係はないはずだが、おかしいなあ、と思って、後日、そのテキストを見せてもらったら、森田先生が形外会の場で吉田松陰について語った部分を引用しているものだとわかった。その部分の前に井上(常七)氏が「ある人の著書には、明治維新は、吉田松陰の功績ではない。世の中の事情から、自然にそうなったのである。という事があったが、実際はどうでしょうか」と質問したのに対する森田先生の答えであった。


 
 すべての現象は、それに対するすべての事情条件がそろわなければ、その結果は現われない。滝の水が落ちるのも、毛細管の水が上に昇るのも、みな種々の条件がそろっての事である。時代と英雄と両方の条件がそろわなければ、維新は起こらないのである。(中略)

 徳川の三代将軍ごろに、吉田松陰が出ても、維新は起こらないし、ペルリが来ても、吉田松陰の思想が宣伝されなかったら、維新は成立しなかったであろうと思われる。(白揚社:森田正馬全集第5p.118-119


 
 吉田松陰と森田先生とは直接関係はないが、松陰が重視した陽明学の「知行合一(ちこうごういつ)」という考え方は実際の行動を重視する森田療法と重なる部分もあるかもしれない。このテキストの著者は長谷川勤さんという吉田松陰の研究家である。中学を卒業して就職したが定時制高校さらには夜間の早大社会学部で勉強された。サラリーマンを定年退職してからは吉田松陰の研究に力を注ぎ、松蔭大学で教鞭をとっておられる。それにしても、森田正馬全集を読み、そこから引用されているところを見ると、神経質な方なのではないだろうか。神経質を活かして人生二毛作。すばらしいことだ。形外会の副会長を務め、のちに独学で公認会計士となって開業し『神経質でよかった』という著書を書かれた山野井房一郎さん(660661662)を思い起こす。

« 神経質礼賛 1182.ひっつき虫 | トップページ | 神経質礼賛 1184.赤外線体温計 »

コメント

吉田松陰と森田正馬の関連を「松陰と幕末・明治の志士たち」書いた長谷川勤でです。偶然、私の関連をネット検索していたら、出逢いました。吉田松陰は松下村塾に学びを請う若者に、今日でいう面接を行い、「勉強したい真意」を尋ねました。「詩も詠じたい、書物も読みたい」と答えるの入門希望者に、「学者になってはつまらない、人は実行(行動)が大事だ」と諭しました。松陰の人間観の基調をなすものは、「人賢愚ありといえども一、二の才能無きは無し。湊合して大成すれば必ず全備する所あらん」というものです。陽明学でいう「良知」を人は皆持っている。それを発現させるところに、教育の意義を認め、個性を伸ばすことを願いました。「知行合一」と松陰、森田先生の教えるものにある種の共通性を見出せることから引用したわけであります。それにしても、拙著を深く読まれていることに感謝申し上げます。

長谷川 勤 様

 当ブログをお読みいただき、また、貴重な御教示をいただきありがとうございます。

 森田療法については石田梅岩の心学との共通点を指摘する人もいます。森田療法は東洋思想に根ざしているため、偉大な先人たちの思想と重なる部分を少なからず持っているのだと思います。神経質者はともすると頭でっかちで「知」>「行」になりがちですので、森田先生の教えは理論よりも実際の行動を重視したものでありました。

早速の、ご丁重なる返信を拝読いたしました。ありがとうございます。この「ブログ」は「・・幸弘様」と拝察いたしました。もし、そうでありましたら、私は5年ほど前に団体で三島の森田先生ゆかりの施設を訪問致しました。森田先生の『遺品・遺著』を感動と共に拝見いたしました。私の森田先生を慕う思いは、毎年催される命日に宮崎県からの顕彰会の皆様とともに墓参を続け、本年は慈恵の学長様との御挨拶も出来ました。私は三十年前に森田先生の教えに出逢い、お蔭様で今日では、元気に過ごせております。森田先生の言われました、後に続く方々のために尽くせの教えを元気でいる限り実践しようと思っております。残りの人生を、森田伝道師が出来たらと密に夢みている者であります。出会いの「ご縁」に心より感謝致しております。ありがとうございます。

長谷川 勤 様

 コメントいただきありがとうございます。

 私が勤務しております三島森田病院は森田正馬先生の養子(一人息子・正一郎さんが亡くなり、妹の息子・秀俊さんを養子にした)が開設した病院でして、今でも入院森田療法を行っています。森田先生の遺品や色紙などが保存されており、時々、生活の発見会などの団体が見学にみえます。3年前には当ブログが機縁となって、正知会(鈴木知準先生の教えを受けた方々の研究会)の訪問があり、私が対応しております。
 私自身、対人恐怖や強迫に悩んだ神経質者です。仕方なしに行動しているうちに、結果として森田療法と同じことになった経験があります。医師となって入局した浜松医大の大原健士郎教授に森田療法を担当するよう命じられて大学助手をした後、20年近く現在の病院に勤務しています。一般の方々にも森田先生の教えを理解していただこうという目的から当ブログを始めて10年になります。微力ながら、森田先生の言葉の中の「己の性を尽くし 人の性を尽くし 物の性を尽くす」を実践して生き尽したいと思っております。よろしくお願いいたします。

 三島森田病院 南條 幸弘

南條先生 前回のコメント投稿で大きな誤りがありました。墓参の件は慈恵医大の創立者・高木兼寛先生でした。大変失礼いたしました。私の姉も心臓手術で慈恵医大にお世話になり、感謝の思いから青山の墓参を続けております。私は四十年前、適応不安から神経質を経験し、十年の彷徨の末に、森田先生の教えに出逢えて、勉強と実践に取り組んだ経験者です。それは、辻村明さんという東大教授の体験記を読んだことがきっかけでした。慈恵第三病院で、生活の発見会に入会して、勉強して治してくださいとの指示をいただき、現在もなお会員であります。大学の授業でも森田先生から学んだものが役立っております。森田先生の教えを学んでからは、いろいろな機会でも神経質経験前よりも積極的になれたように思われます。元気回復が出来ました時、慈恵の先生と辻村先生に御礼の報告を致しました。人前で話すことが苦手だったのですが、現在は事前の準備を丁寧に行って当日に臨むようにしています。『神経質礼賛』は白揚社から刊行されておりますので読んでみようと思います。吉田松陰と、森田先生は私の生涯学習の目標となっています。ありがとうございました。

長谷川 勤 様

 いろいろお教えいただきありがとうございました。
 慈恵医大創始者で、臨床第一、患者本位をモットーにされた高木兼寛先生も森田先生に大きな影響を与えていたと考えられます。森鴎外ら東大学派の脚気感染症説に対して、ビタミンBが発見される前ながら、食事が原因と考えて反論された先見性や実学重視の姿勢はもっともっと高く評価されてよいのではないでしょうか。森田先生は千葉医専(千葉大医学部)初代精神科教授に、という話を断り、後々後悔されていますが、慈恵医大の教授を続けられたからこそ、森田療法を完成させることができたのだと私は思います。

南條先生 先生のブログの刊行書『神経質礼賛』を購入して拝読しております。第5章の「神経質傑物伝」はとりわけ、興味深く拝読いたしました。森田療法が目指す「神経質の陶冶鍛錬」の意味が納得できます。最後の「神経質は大器晩成の性格」といえそうという説明に、大変勇気づけられます。徳川家康や楠正成が神経質的な側面が大いに有るとのお話には、吃驚致しました。神経質の持つ「粘り強さ」でコツコツと創意工夫をこらして、持続する努力をする生き方の「神経質の特長を生かせ」は、とてもよく胸に響きます。各地の集談会での講話に招かれた時には、持参して仲間の皆様に紹介をしております。残念なのは、出版社である白揚社では既に在庫切れでアマゾンの中古書でしか購入できません。(私の購入もそうでした)。しかも人気があるらしく、価格が新刊時の倍以上であります。本日の確認では4千円でありました。私達、神経質人にとりまして、誠に裨益する所大でありますので、増刷を願っております。そうして、さらに、その後に書き続けられていますブログの単行本化もお願いできたらと欲張った願いを持っております。続編の刊行化、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

長谷川勤 様

 過分な御評価をいただき大変恐縮です。森田正馬先生は偉大な神経質の先達として釈迦や白隠らを挙げておられます。残念なことに森田先生以降、あまりそういうことを言う人がいません。歴史に名を残すような偉大な人物が実は神経質だったということを当ブログで紹介することで、神経質性格に悩む方々の励みになるのではと思い、いろいろ取り上げてきた次第です。
 以前出版しました『神経質礼賛』は白揚社の販売が終了してしまい、入手困難の様子のため、当ブログの「プロフィール」に書きましたように、ハガキで三島森田病院 南條宛に送付先を書いていただければ私の方から発送するということで対応しております。なお、徳川家康に焦点を当てた『家康 その一言』は書店から注文可能なはずです。
 今後ともよろしくお願い申し上げます。

南條先生 『家康 その一言』を早速に拝読しました。感動と納得の内に読了いたしました。歴史上の人物描写は、事蹟に焦点があるためか徳川家康の身長159cmにビックリしました。駿府公園の家康像は大きく、「しかみ像」とは大きく印象が異なります。このことを「フェイスブック」に投稿しましたら、日経新聞のトップを務めた先輩から、有意義なコメントをいただきました。篠田達明さんの将軍家のカルテや「徳川実紀」も自宅にあり、再度繙いてみました。森田療法の目指す「神経質の陶冶鍛錬」は神経質者にとっての人生目標や、自己実現への願いとなることに納得感があります。先生の著書を拝読しながら静岡県と私のご縁や思い出が重なりました。森田療法との縁結びが浜松北高校の辻村明先生、静岡高校は旧制ですが私の郷里の中曽根総理大臣、沼津東高校は恩師を囲む会での先輩がおります。この恩師を囲む会で静岡旅行をしたことがありました。バスガイドの経費節減のために、私が事前の勉強をして、バスガイドさながらの車中案内で登呂遺跡や美保の松原、清水にまつわる話などを紹介致しました。森田療法を学んだお蔭で、人前で赤面して話せなかったことが乗り越えられました。今月号の生活の発見誌に、山野井さまの講話記録が再現されていました。生涯学習の意味があらためて大切と思い返しました。神経質の特長を活かして社会貢献の一助になることを密に願いながらの毎日です。篠田さんの著書の186頁の「医者は自分や家族がわずらった病気の診療科目を選ぶ」との記述にとても納得感がありました。

長谷川 勤 様

 『家康その一言』をお読み頂き、また過分な御評価をいただき恐縮です。静岡のことをよく御存知でいらっしゃいますね。駿府城公園内の家康像や現在静岡駅前に立つ家康像は晩年の社長さん体型の姿ですが、浜松城公園内にある「若き日の家康像」はむしろヤセ形の精悍な姿です。これが本来の神経質体型なのかもしれません。
 今月の生活の発見誌は私も読みました。山野井さんには大いにあやかりたいと常々思っています。山野井さんの写真は初めて拝見しました。
 篠田さんの言葉は森田療法に関わる医師にも言えることです。また、医師は自分の専門科の病気で最期を迎える、ということもしばしば言われます。呼吸器外科の教授が肺癌で亡くなったり、脳神経外科の教授が脳出血で亡くなったり、ということはありがちです。となると、私などは認知症で徘徊しまくるのでは、などと思うこの頃です(笑)。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 1182.ひっつき虫 | トップページ | 神経質礼賛 1184.赤外線体温計 »

最近のトラックバック

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31