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2015年10月30日 (金)

神経質礼賛 1200.犠牲心

 森田正馬先生の医院では、入院治療を受けたことがある人や、雑誌「神経質」の読者が月に1回集まって森田先生を囲んでの座談会「形外会」が行われており、その様子は森田正馬全集第5巻に収録されている。時には、森田先生とともにピクニックに出かけたり、泊まりの旅行に行ったり、ということもあった。これは退院後のフォローアップという意味もあり、森田先生やお弟子さんたちや先輩患者さんたちの薫陶を受けて、一層神経質を実生活に生かしていくのに役立っていた。森田先生の直弟子、高良武久先生の高良興生院の「けやき会」、宇佐玄雄先生の三聖病院の「三省会」なども同じように機能していたと思われる。私の勤務先では現在は行われていないが、かつては初代院長・森田秀俊先生(森田正馬先生の養子で甥にあたる)が同様に「形外会」を行っていた。平成3年に発行された病院の30周年記念誌には、病院内で座談会をしたり、皆で肩を組んで合唱したり、近くの山へハイキングに行ったりしたりしている写真が残っているし、生活の発見会の創始者・水谷啓二さんが病院を訪問された時の写真も残っている。

 そうした会を続けていくためには「縁の下の力持ち」である幹事役を務める人が欠かせない。幹事役はなかなか大変である。森田正馬先生の元で形外会の幹事を務めた山野井房一郎さん(660661662話)、水谷啓二さん、行方孝吉さん、井上常七さん、布留武郎さんといった方々は後輩たちが治るように努めるとともに、社会でも大活躍された。森田正馬先生は犠牲心ということについて次のように述べておられる。


  既に治った人は、その喜びとともに、同病相憐れむの情から自分の症状を告白・発表して、他の人の参考にもし、同病を治したいという情が切になってくる。これがすなわち懺悔の情にもなれば、犠牲心ともなるのである。これと反対に、まだ治らない人も、自分で努めて懺悔し、犠牲心を出せば、これが治る機会となるのであります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 
p.124


 森田療法の自助グループ「生活の発見会」の会員数が減っていると聞く。会の幹事や世話役をされている方々の御苦労は多いと思うが、上記のように犠牲心を発揮しての活動は、神経質性格を陶冶することになる。犠牲心が人のためになり、さらには自分のためにもなるのである。自分が治りさえすればいい、症状が軽快したら会をやめる、という自己中心性が改まらなければ神経症は再発する。「人の性(しょう)を尽くす」ができるようになれば本物である。

 

 いつの間にか1200話となりました。当ブログの開始は、平成18年(2006年)2月ですが、書き溜めた50話分を最初の2カ月間にまとめてアップしていますので、実質10年経過ということになります。「神経質は重い車」という森田先生の言葉の通り、スロースターターながら一旦動き出したら簡単には止まらないのが神経質であります。地味で面白味に欠けるきらいはありますが、「神経質の神経質による神経質のためのブログ」としてこれからも細々と続けさせていただきます。

2015年10月26日 (月)

神経質礼賛 1199.ハロウィン

 数年前からこの時期になるとスーパーの菓子売場にはハロウィンの絵が描かれた商品が並ぶようになってきた。スーパーの店員さんたちもハロウィンのかわいい魔女が付いた髪飾りを一斉に付けていたりする。新聞の折り込みチラシもハロウィン関連のものが目立つ。街を歩いていて鮮やかな赤に色づいた箒木(コキア・帚木)を見かけるとつい魔女の箒を連想してしまう。ハロウィンは元々ケルト人由来の秋の収穫を祝い悪霊を退散させる一種の宗教行事だったものが、アメリカに渡って派手な仮装パーティーのようなものに変貌していったらしい。日本では東京ディズニーランドがハロウィンのイベントを始めてそれが広がり、菓子業界もそれに便乗してハロウィン商戦を繰り広げているとのことである。また、ハロウィンのコスプレも流行っている。私のような古い人間にはちょっと違和感がある。バレンタインデー、ホワイトデー、恵方巻、など、商業ベースに簡単に乗せられてしまうお人よしの国民性なのかなと思う。「みんな」がそうなら自分も、と付和雷同しやすい日本人の特性はよく指摘される。それを考えると、世界平和のために(本当はアメリカのために)日本も貢献しましょう、などというプロパガンダに乗せられて若者たちが戦場に駆り出されることにならなければよいが、と心配性の神経質人間としては気がかりになる。そう煽っている政治家たち自身が一兵士として戦場に行くことは絶対にないのだ。


 勤務先の病院の行事も今年は秋祭りではなくてハロウィンになった。例年は職員と患者さんたちが中庭でともに神輿を担いだり踊ったりカラオケを歌ったりしていたのがすっかり様変わりである。パンプキンカフェという会議室を改装した模擬喫茶店に患者さんたちを順次迎えて、コーヒーなどの飲物とケーキを提供する。看護師さんや看護助手さんたちは黒マントに黒い帽子を被った魔法使い装束である。そのままの姿で病棟の仕事もしているから、病棟はブラックホスピタルと化していた。

 夕方には中庭に大きくカボチャとオバケの形に並べたキャンドルに火を灯してキャンドルサービスが行われ、最後に花火が点火された。各病棟から患者さんたちが見て楽しんでいた。木枯らし一番の冷たい北風のためキャンドルが消えてしまい、担当職員が一生懸命になって次々と点灯し直して大変な様子だった。そろそろ冬の足音が近づいてきている。

2015年10月23日 (金)

神経質礼賛 1198.「食」と森田療法

 森田療法学会では、多職種の方の発表が増えている。今回、面白かったのは、「食」と森田療法について着目した、札幌の大通りメンタルクリニックでスタッフをしておられる雫石千園さんによる着物をお召しでの「森田療法全集第五巻から読む“食事”とは」という発表だった。


 全集第5巻は形外会での森田先生やお弟子さんや患者さんたちの発言の記録であり、身近な生活上の話題も多い。以前、「生活の発見」誌で「
2003年第2回森田療法カルトクイズ」として出題された中に、森田先生がどうしても好きになれない食物は何か(正解:サメとエビ)というものがあった。それについては森田先生御自身の解説を聞いてみよう。


 私は十余年前、支那そばを食って、その内のエビが、腐敗したような味がして、気持の悪かった事がある。それ以来、少しでもエビを食うと、唇や口腔粘膜がピリピリし、胃に不快感が起こり、はなはだしい時は口の粘膜が腫れるような事もある。この特異質という事は、あるいは血の中に、異種蛋白が入る事により、血清中に特殊の物質ができて、かの血性病のように、以後その蛋白に対して、病的反応を起こすというような性質のものかもしれない。私の場合にも、自分が支那料理などで、エビという事を知らないで食べても、同様の反応が起こるのを見れば、単に精神的の反応でない事がわかる。

 なお特別なものの嫌いという事は、実際には精神的に起こる事が多い。私のサメの嫌いなのも、母からの影響であるが、ある場合に、種種の精神的感動から起こる事のあるのは、想像しやすい事である。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.589


 エビに関しては嫌いというより食物アレルギーだったのだろう。同じページの少し前の所に食事に関する一般論が書かれていて、今回、雫石さんもこの部分に着目して発表しておられた。


 親が子供の愛に溺れて、やたらに子供の好きなものばかりを食べさせる事は、子供の気分本位を養い、神経質に育てあげる事は、明らかな事です。最も大切な条件は、家庭が質素であって、偏食にならずなんでも食べるという事で、一食一、二菜で、一食におかずの種類の多い事はいけないのです。


 実際、胃腸の不調を訴える神経症の患者さんには特別な食事を与えることなく、皆と同じように食事をして同じように作業をするよう指導したところ、それまで食べられなくてすっかり痩せてしまっていた患者さんが健康体になったような例が全集第5巻にはいくつか記載されている。もっとも、森田先生御自身は一人息子の正一郎さんには大甘で溺愛しており、欲しい物は何でも買い与えていたから、どうか、というところがある。

2015年10月19日 (月)

神経質礼賛 1197.三聖病院の禅的森田療法

 先週の木曜日と金曜日、倉敷で日本森田療法学会が開催された。会場は倉敷市芸文館。駅から歩いて行くと大原美術館などのある美観地区を通って行くことになる。私は日帰りなので観光する時間は全くないが、ちょっとした旅行気分が味わえた。また、将棋十五世名人の故・大山康晴さんの出生地が現在の倉敷市内であるところから倉敷市芸文館内の小さな建物には大山康晴記念館があった。大山名人の書や愛用の眼鏡や駒などの展示を見ることができた。

 今回聞きたかったのは、京都森田療法研究所長・岡本重慶先生の「三聖病院が存在したことの歴史的意義について」の御発表である。京都森田療法研究所のホームページの中のブログや研究ノートを普段から拝読しているが、やはり学会での御発表は重みがあった。初代院長・宇佐玄雄先生と二代目院長・宇佐晋一先生の治療の特色を写真で説明され、それぞれの治療の特徴を森田正馬先生の治療と比較した表でわかりやすく説明されていた。玄雄先生は、もともと禅僧であったが、自身が神経衰弱に悩み、禅に精神療法を取り入れる必要性を痛感して慈恵医専に学び、森田先生に師事した。厳格ながら庶民的でもあり、森田先生と同様に患者さんと一緒に入浴したり、厨房で患者さんたちに田楽作りを教えたりするようなこともあった。晋一先生の代になると、禅の修行場的な色彩が一層強まり、「不問」が徹底化された。「話しかける人には答えないのが親切」という晋一先生の貼り紙があり、修養生と呼ばれる入院者は孤独な集団生活を体験するのである。森田正馬先生の治療の場は家族の生活の場でもあったから、奥さんの久亥さんが普段の生活の中で強迫行為のある人を厳しく指導したり、時には気弱な患者さんにお茶と菓子を振舞って励ましたりもしていたし、古参の女中「ばあや」が患者さんに注意を与えたり冗談を言い合ったり、といった、治療者⇔患者関係以外の家族的なスタッフ⇔患者関係も存在したのに比べると、晋一先生の治療においては、看護者ら病院職員スタッフと患者との関係は極めて希薄だったと思われる。一人でひたすら作業に向き合うしかない環境が提供されていたのである。

質疑応答の際には、座長の指名により、会場におられた宇佐晋一先生がお話された。もう88歳になられるが実に矍鑠(かくしゃく)としておいでである。昨年末で閉院したのは、数年前から、度重なる医療保険制度の変化により経済的に立ち行かなくなったこと、入院者の減少によるものだ、と淡々と話されていた。

三聖病院が閉院となり、原法の不問技法に重点を置いた治療施設は消えた。しかしながら、岡本重慶先生の次に発表された京都府立洛南病院の牧隆平先生の「三聖病院の面接場面における不問の実際」は宇佐晋一先生の面接場面についてであり、外来治療に「不問」が応用できることを示しておられたように思う。今年出版された 岡本重慶先生の御著書『忘れられた森田療法』の「忘れられた」本質を忘れられたままにしないのが現代の森田療法家に課せられた大切な責務だと私は思う。

2015年10月15日 (木)

神経質礼賛 1196.鉄の肺

 地元の市立病院でかつて使われていた「鉄の肺」と呼ばれる人工呼吸器を展示しているという話がローカルニュースで紹介されていたので、それを見てきた。この機械は長さ2mほどの円筒形で、患者さんは頭だけ出してすっぽり入る。モーターが回ると足側の部分が出たり引っ込んだりして、内部が陰圧になったり平圧(大気圧)になったりして、それによって肺を伸縮させて呼吸ができるようにするというものだ。大がかりな機械なので、全国の大きな病院に100台ほどしかなかったそうである。呼吸器の病気のため40年近くこの機械に入って生活していた女性もいたという。現在の人工呼吸器と違って、話ができ、食事もできるので、その女性は家族やボランティアの人たちと一緒に歌ったり、短歌を作ったりしていたそうだ。とはいえ、ずっと鉄の箱に閉じ込められているようなものだから体の自由は利かず、清拭してもらうのも大変だろうし、排尿・排便もままならなかったろう。

アメリカではさらに長い61年間をこれと同じ人工呼吸器の中で過ごしたマーサ・メイソン(1937-2009)という人がいて、展示場にはそのビデオが流れていた。マーサは11歳の時にポリオにかかって呼吸不全に陥り、鉄の肺のおかげで何とか生き続けることができた。地元新聞社の記事を書き、作家としても活動していたという。厳しい状況下、鉄の肺の中で一生を「生き尽くした」と言えるだろう。


 
 その話を知って、森田正馬先生が患者さんたちに正岡子規の話を引き合いに出して、運命を切り開き、生き尽くすことについて話されていたことを思い起こした。

我々はただ運命を切り開いていくべきである。正岡子規は、肺結核と脊椎カリエスで、永い年数、仰臥のままであった。そして運命に堪え忍ばずに、貧乏と苦痛に泣いた。苦痛の激しい時は、泣き叫びながら、それでも、歌や俳句や、随筆を書かずにはいられなかった。その病中に書かれたものは、随分の大部であり、それが生活の資にもなった。子規は不幸のどん底にありながら、運命を堪え忍ばずに、実に運命を切り開いていったという事は、できないであろうか。これが安心立命であるまいか。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.261

私たちにもいつかは病苦がやってくる。日本では二人に一人はガンになるとも言われている。しかしながら、そんな状況になっても、できることはある。そして、人の役に立ったり人を悦ばせたりすることもできるはずだ。

2015年10月12日 (月)

神経質礼賛 1195.格安スマホ

 今まで長いことプリペイド携帯を使ってきた。とても古い機種で今の「ガラケー」に比べるとかなり分厚い。3000円のカードで2カ月使えるので使用料は実質月1500円。たまに公衆電話代わりの通話・待ち合わせや急ぎの用事の時のショートメールがあれば用が足りる。妻も同じ機種を使っていた。しかし、妻からは「写真を撮る時に古くて恥ずかしいから買い替えて欲しい」と言われ、私のもバッテリー交換を2回しているがそろそろ寿命なので買い替えることにした。普通のスマホを使っている子供たちの料金は月6000円以上。私は家でも職場でもインターネットはパソコンが主なので、用途はやはり通話とメールが主であり、データ通信をそれほど使うわけではない。そこで格安スマホを買って、通話料金込みのYmobileにしてみた。月1GBの高速データ通信と10分以内の無料通話がセットになったプランに故障保障を付けて税込だと月4000円弱になる。友人と長電話する妻の方はさらに月1000円プラスで通話し放題プランにした。タッチパネルに慣れていないためか操作ミスが多い。まだスマホのメリットはあまり感じていない。「雨雲が近づいています」というローカルな気象情報が入ってレーダー画面が表示されるのは良いとしても、どうでもいい芸能ニュースまで通知がくるのはうるさく感じる。今までパソコンで使ってきたWebメールが外出時にスマホでもチェックできるのは助かる。さらに、見知らぬ土地へ行った時に自分がいる周囲の地図がチェックできたり、乗換案内が調べられたりするのはとても便利かなとは思う。

 歩きながらスマホを使っている人をよく見かける。片手にスマホ・片手にタバコというような輩もいる。こうなるとダブル依存症である。駅の階段を降りながらスマホを使っている人、自転車に乗りながらスマホを操作している高校生を見ると、危ないなあ、と思う。神経質にはそんな芸当はできない。駅のホームや電車の中で一生懸命スマホを操作している人の画面はあらかたゲームの画面である。そんなに急ぐ用事があるはずもない。

2015年10月10日 (土)

神経質礼賛 1194.衣替え

 日中はまだまだ少々暑いが、朝は冷え込むようになってきた。早朝の通勤列車のエアコンも冷房からいきなり暖房に変わった。出かける時には薄い上着を羽織っている。道行く学生さんたちの多くはまだ白いシャツ姿ながら、ちらほら冬服の上着を着た子を見かける。かつては衣替えと言えば、6月1日から夏服、10月1日から冬服、というようになっていた。近年は気温が上がっていて、5月から30℃を超える真夏日があり、10月でもかなり暑い日もあったりするので、一斉に衣替えということはなく、気温に合わせて替えていくのが今のやり方らしい。白い夏服に替わると、気も軽くなるのに対し、黒っぽい冬服は重厚感があって、見ている方も気が引き締まる感じがする。以前、森田療法で入院している患者さんたちに「森田の言葉」のいろはカルタを作ってもらったら、「外相整いて内相自ら熟す」の絵札は冬の制服を着た女学生さんの絵だった。転じて健康らしく行動すれば健康になれるということなのである。

 私は若い頃は仕事に行く時には夏でも必ずネクタイを締めていた。夏用ネクタイではあってもワイシャツの上に白衣を着ると汗だくだった。近年はクールビズが流行っているのをいいことに概ね5月から9月の間はネクタイ省略である。病院に出入りする製薬会社のMR(医療情報担当者)さんたちが真夏でもネクタイ着用なのを見ると、イケナイなあ、とも思う。今年も10月になってからネクタイ再開である。朝、出勤直前にネクタイを締めると、「さあ行こう」という引き締まった気分になるし、帰宅してネクタイをはずすと「やれやれ」とほっとする。こういう生活のメリハリも必要である。

2015年10月 9日 (金)

神経質礼賛 1193.グリシン

 読売新聞のネットニュースの最初の方には広告がいろいろと出ている。「50代からの睡眠改善」という某大手食品メーカーの広告が気になってクリックして見た。そのサプリメントの正体はグリシンH2NCH2COOHという単純な構造のアミノ酸だった。コラーゲンに多く含まれているアミノ酸である。そして中枢神経系では重要な神経伝達物質でもある。これを夜飲むと、睡眠が深くなり、睡眠の質が改善されるのだと言う。そして副作用がなく安全だと謳っている。と聞くと、不眠に悩む神経質な方々が飛びつくかも知れない。

 しかし、グリシンは決して珍しいものではない。実は近年、食品添加物としても多用されている。甘味があるので、調味料・保存料としてコンビニ弁当やおにぎりに添加されているのだ。それに、肉や魚介類には多く含まれている。さらには、生体内で合成もされる。だから、現代人の食生活では十二分に摂取できていて、グリシンが不足することは考えにくい。いくら副作用がないと言っても、先天的な病気でグリシンを分解する酵素が欠損した人では高グリシン血症となって神経障害をきたすこともある位であるから、多量に摂取して絶対に害がないとも言いきれないはずだ。あえてグリシンを飲む必要性はなさそうである。

○○に良い、というサプリメントが花盛りだが、どれも、それだけ摂ればよいというものではない。それに、例えば盛んに宣伝されているグルコサミンやコンドロイチンを経口的に摂取してもその成分が目標とする関節に行ってくれるとは限らない。そんなに都合よくはいかないはずだ。CMが頭に刷り込まれることでプラセボ効果を増強している可能性も否定できない。バランスの良い食事を摂って、適度に運動して、生活リズムを整えるのに勝るサプリメントは存在しないと考えた方がよいだろう。

そうそう、「以上はあくまでも個人の感想であり、医師としてサプリメントを一切否定しているわけではございません」という一文を念のため付け加えておこう(笑)。

2015年10月 5日 (月)

神経質礼賛 1192.秋海棠(シュウカイドウ)

 相変わらず休日は旧実家の片付けや草取りに充てている。涼しくなってきて作業しやすくなったが、まだヤブ蚊には注意が必要だ。帰りには仏壇に供えるように庭に咲いた花を切って持って行く。その姿を時々、病院に出入りしている製薬会社の人に見られて、翌日病院で「昨日、外堀通りを歩いていらっしゃいましたね。花をお持ちでしたね」などと言われてしまう。

弟が生まれた年に父が植えた柿の木も実をつけているので、これも取って持って行く。こんなことができるのも年内一杯である。来年には家を取り壊し更地となる予定である。

 木陰に、淡いピンク色の小さな花を付けている草がある。葉はハート型をしている。母に聞いてみたら秋海棠という草なのだそうだ。昔、どこかでもらってきて庭に植えたものらしい。秋海棠はベゴニアの仲間であり、江戸時代に中国から持ち込まれた帰化植物である。球根でも種子でも繁殖でき、寒さに強く、直射日光の当たらない湿気の多い場所を好むとのことで、ジャングル状態の旧実家はうってつけの環境なのだろう。8-10月に花が咲き、俳句では秋の季語として詠まれるそうである。そして、秋には茶花として使われるという。でも、茎が弱くて相当注意していても簡単に折れてしまう。茶花として飾るにはよほど神経質を生かさないと難しいだろう。ハート型の葉は片方が大きいところから「恋の悩み」「片思い」の花言葉があるという。昔の人はよく考えたものである。

2015年10月 2日 (金)

神経質礼賛 1191.キレる中高年

 9月28日の毎日新聞夕刊第2面に特集ワイド「オヤジなぜキレる?」という記事があって興味深く読んだ。かつては「キレる若者」と言われていたのが、近年はそれが中高年にも広がりを見せ、「暴走老人!」などという本も出た。街角や電車の中などでキレるおじさんたちが増加し、犯罪白書でも暴行容疑で検挙された老人男性は激増しているという。記事ではキレる原因を分析して、まず、言語力の老化を挙げている。孤立した中高年男性が積年のストレスを爆発させてしまうのではないかと。また、社会に余裕がなくなるとともに、マニュアル社会やIT化で中高年男性の立場が弱まっているのも一因ではないかという。

 もっとも、キレるのは男性だけではなく女性にも言えることではないだろうか。商品やサービスに過度のクレームを付ける女性もよく話題になる。先日、私が仕事帰りに歩いていたら、一方通行を逆走してきた車があって危ないので、ジェスチャー交じりに「一方通行を逆走していますよ」と言ったら、運転していた五十代とおぼしき女性が窓を開け、逆ギレ口調で「あっそう! いちいちありがとッ!」と言って、そのまま逆走を続けて先にあるコインパーキングに入って行ったので唖然とした。キレるオバサンもありだ。

 老若男女を問わずキレる社会になってしまったのか。社会全体、潤滑油不足になっているという気がしてならない。かくいう私自身、何度か書いたように怒りの沸点が低いことを自認している。キレるオヤジにならないよう、注意しなくては。森田正馬先生は「感情の法則」を三項目挙げておられる。


 今感情の事実に就て、極めて大体の通則を挙げて見れば次のやうなものである。

第一、感情は之を其儘(そのまま)に放任すれば、時を経るに従ひて自然に消失する。

第二、感情は之を行動に現はせば、速かに消失し、若しくは変換する。

第三、感情は、之を続いて刺戟し、従つて之を発動すれば、其感情は益々強盛となるものである。 (白揚社:森田正馬全集 第7巻「恋愛の心理」p.62


 さらに第四として、「感情は之に慣るゝに従ひて鈍くなる」を加えて書かれたものもあるけれども、これは第一に含まれるであろうから、実質的には三項目と言ってよいだろう。キレる人は、怒鳴ったり物に当たったりすることで、第三に書かれているように、怒りにさらにエネルギーを注入してしまうのである。第一にあるように、感情は放っておけば自然に消退するのであり、やるべき行動をやっていれば、第二にあるようにさらに速やかに消失する。本当にキレそうになったら、とにかくその場を離れて頭を冷やし、今自分がやるべきことは何だろうかと考えてそちらにシフトするのがよい。

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