フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 1196.鉄の肺 | トップページ | 神経質礼賛 1198.「食」と森田療法 »

2015年10月19日 (月)

神経質礼賛 1197.三聖病院の禅的森田療法

 先週の木曜日と金曜日、倉敷で日本森田療法学会が開催された。会場は倉敷市芸文館。駅から歩いて行くと大原美術館などのある美観地区を通って行くことになる。私は日帰りなので観光する時間は全くないが、ちょっとした旅行気分が味わえた。また、将棋十五世名人の故・大山康晴さんの出生地が現在の倉敷市内であるところから倉敷市芸文館内の小さな建物には大山康晴記念館があった。大山名人の書や愛用の眼鏡や駒などの展示を見ることができた。

 今回聞きたかったのは、京都森田療法研究所長・岡本重慶先生の「三聖病院が存在したことの歴史的意義について」の御発表である。京都森田療法研究所のホームページの中のブログや研究ノートを普段から拝読しているが、やはり学会での御発表は重みがあった。初代院長・宇佐玄雄先生と二代目院長・宇佐晋一先生の治療の特色を写真で説明され、それぞれの治療の特徴を森田正馬先生の治療と比較した表でわかりやすく説明されていた。玄雄先生は、もともと禅僧であったが、自身が神経衰弱に悩み、禅に精神療法を取り入れる必要性を痛感して慈恵医専に学び、森田先生に師事した。厳格ながら庶民的でもあり、森田先生と同様に患者さんと一緒に入浴したり、厨房で患者さんたちに田楽作りを教えたりするようなこともあった。晋一先生の代になると、禅の修行場的な色彩が一層強まり、「不問」が徹底化された。「話しかける人には答えないのが親切」という晋一先生の貼り紙があり、修養生と呼ばれる入院者は孤独な集団生活を体験するのである。森田正馬先生の治療の場は家族の生活の場でもあったから、奥さんの久亥さんが普段の生活の中で強迫行為のある人を厳しく指導したり、時には気弱な患者さんにお茶と菓子を振舞って励ましたりもしていたし、古参の女中「ばあや」が患者さんに注意を与えたり冗談を言い合ったり、といった、治療者⇔患者関係以外の家族的なスタッフ⇔患者関係も存在したのに比べると、晋一先生の治療においては、看護者ら病院職員スタッフと患者との関係は極めて希薄だったと思われる。一人でひたすら作業に向き合うしかない環境が提供されていたのである。

質疑応答の際には、座長の指名により、会場におられた宇佐晋一先生がお話された。もう88歳になられるが実に矍鑠(かくしゃく)としておいでである。昨年末で閉院したのは、数年前から、度重なる医療保険制度の変化により経済的に立ち行かなくなったこと、入院者の減少によるものだ、と淡々と話されていた。

三聖病院が閉院となり、原法の不問技法に重点を置いた治療施設は消えた。しかしながら、岡本重慶先生の次に発表された京都府立洛南病院の牧隆平先生の「三聖病院の面接場面における不問の実際」は宇佐晋一先生の面接場面についてであり、外来治療に「不問」が応用できることを示しておられたように思う。今年出版された 岡本重慶先生の御著書『忘れられた森田療法』の「忘れられた」本質を忘れられたままにしないのが現代の森田療法家に課せられた大切な責務だと私は思う。

« 神経質礼賛 1196.鉄の肺 | トップページ | 神経質礼賛 1198.「食」と森田療法 »

コメント

今と昔では僧侶の働きや地位は大きく異なっていて、本当に優秀な人物が厳しい修行を経て地域コミュニティのリーダーになっていたようです。
しかし現代においては、医学の基礎を持たない禅には、もはや気慰み以外の何もないように思います。
森田療法の『不問』は患者の状態を医師として診断出来る方が『これは病気ではない』と見極めた上で、不快状態にこだわり(精神交互作用)、そこで実生活との呼応を辞めてしまった患者さんに、改めて段階を踏んで、実生活への適応、復帰を体得させるものだと思われます。
 医学の知識がないものが仏教まがいのエセ治療行為を振り回したら、本当にインチキ祈祷師と同じで命に関わる危険行為ですね。

たらふく様

 コメントいただきありがとうございます。

 135話「禅と森田療法」、448話「座禅せば四条五条の橋の上」あたりに禅と森田療法の違いを書いています。作為的な無念無想では隠し芸のようなもので、実際に役に立つものでなければならない、というのが森田先生の考えでした。天龍寺の某老師が「禅を花とするなら森田療法は造花だ」と森田療法を批判したため宇佐晋一先生は森田療法を花に近づけようと精進されたとのことですが、不遜にも私は逆ではないかと思います。生活に根ざした森田療法(原法)が「花」で、日常生活から遊離した特殊な環境での禅は「造花」ではないのか。自分の心の平安を求めるのではなく、心はそのままにして人の役に立つように行動してこそ本当の「花」なのではないでしょうか。

135話と448話を読ませて頂きました。
四分先生の破邪顕正を森田先生は大いに喜んでいらっしゃるでしょうgoodshine
わたくしも有難くて泣けてきますweep

花と造花。まことにご指摘の通りだと思えて、感服いたします。鎌倉の円覚寺に、「悟りは迷いの道に咲く花」と書いてあったと聞きました。深山幽谷でなく日常生活が大事と思い知らされます。勉強させて頂いて有難うございます。

造花 様

 コメントいただきありがとうございます。
 
 森田療法も気をつけませんと、神経質者は「頭でっかち」になりやすいので、理屈倒れになってしまいます。日常生活の一コマ一コマが本当の治療の場であって、実践が大切なのだ、ということをよく話しております。
 そして、森田療法を行う者も謙虚な態度が必要なのだと思っております。その意味では、批判を黙って受け止められ治療に一層磨きをかけられた宇佐晋一先生には敬服いたします。
 

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 1196.鉄の肺 | トップページ | 神経質礼賛 1198.「食」と森田療法 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31