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2015年12月14日 (月)

神経質礼賛 1215.養生訓(1)

 江戸時代の儒学(朱子学)者・本草学者であり『養生訓』の著者である貝原益軒(1630-1714)については、歴史上の神経質人間として紹介している(605話、拙著p.235-237)。あらためて養生訓を最初から読んでみようという気になった。いくつかの出版社から現代語訳のものが出ている。書店で探してみたら中公文庫のものがあったので買ってみた。訳者は松田道雄(1908-1998)さん。小児科医で安楽死法制化反対を唱えた人である。私は医学生の時、松田さんの書かれた安楽死関連のブックレットを買って読んだ記憶がある。なお、養生訓をはじめとする貝原益軒の著書の原文はありがたいことに福岡市にある中村学園大学図書館のホームページ内「貝原益軒アーカイブ」からダウンロードすることができる。

 益軒は福岡藩の黒田家に仕える武士の家に生まれたが、体が弱く病気ばかりしていた。その中には神経症による症状もあったのかも知れない。益軒は大変な読書家で博学であった。今でいえば医学書を読み漁るとともに、自ら実践してみて、役に立つ情報かそうでないか調べた。武を好む二代目藩主の黒田忠之からは疎まれて浪人になってしまったが、三代目藩主の光之には高く評価されて藩医に任命され、藩費で京に行って朱子学と本草学をさらに学ぶことになる。藩の重要任務を任されたり、黒田家譜の編纂を命じられたりして、藩主の知恵袋として活躍した。引退後は多くの書を書き、妻との旅行を楽しんだという。養生訓は亡くなる前年、83歳の時に書いたものだというから驚く。益軒と号したのは晩年であり、その前は損軒と号していたのは神経質らしいへりくだりだと思う。妻の東軒さん(1651-1713)も病弱で子供はできなかったが、益軒に学んでだんだん健康になっていった。和歌や書や音楽に優れ、益軒の代筆をして助手としても活躍した。

 以前にも書いたように、健康になるためには食欲、色欲、睡眠欲、発言欲を抑えるよう益軒は説いた。欲はほどほどに、何事も腹八分目、ということである。実際に彼自身が実践したことに基づいての説だから説得力がある。彼が実践していたことの中には現代医学からみると不適切なものもある。例えば口をゆすいだ塩湯を濾過してそれで目を洗うというのは、アデノウイルスによる角結膜炎をきたす恐れがある。しかし、彼の時代には知られていないことだからやむを得ないだろう。そうしたいくつかの点には訳者の注が加えられている。

訳者の松田道雄さんが総論の部分で注目したのは、「心は体の主人である」という益軒の考え方である。益軒は老子の言葉「人の命は我にあり、天にあらず」を重視した。自分の健康は自分が決める自己決定権があるということだ。私は、「完璧を望むな」「いつも畏れ慎むように」に神経質向けの言葉として目が行った。神経質の完全欲はほどほどにして、心配性を生かして身を慎み病気を予防するということだ。そして「薬をむやみに飲まない」も神経症には大切なことである。忘年会シーズンのこの季節、「酒は微酔(ほろよい)に限る」にも気を付けたい。

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