神経質礼賛 1218.みーんな悩んで大きくなった
年末になってくると著名人の訃報がよく入ってくる。先日は作家の野坂昭如さんの訃報を聞いた。学生時代には文庫本で野坂さんの小説はよく読んだものだ。作家というだけでなく、「おもちゃのチャチャチャ」「ハウスバーモントカレーの歌」「ハトヤの歌」の作詞でも知られている。歌手として「黒の舟唄」「マリリンモンロー・ノーリターン」などを歌ってもいた。何と言っても強烈なインパクトがあったのはサントリーウイスキーGOLDのCMに出て歌っていた「ソクラテスの歌」である。「♪ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか ニ、ニ、ニーチェかサルトルか みーんな悩んで大きくなった (大きいわ 大物よ) 俺もお前も大物だー!」2番もあって「♪シェ、シェ、シェークスピアか西鶴か ギョ、ギョ、ギョエテかシルレルか」だった。ギョエテとかシルレルって誰?と思われるかもしれない。ドイツの詩人のゲーテとシラーのことを昔の学生たちはそう発音していたのだ。
日本では年末になるとベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」がよく演奏される。この合唱の歌詩の元になったのがシラーの『歓喜の歌』である。シラー(1759-1805)は若くして『群盗』という劇作によって有名になったが、反権力的な内容だったため、領主によって幽閉されてしまう。その後、亡命するも、生活に困窮していた。それを温かく支えてくれたのが親友ケルナーとその仲間たちだった。友情に感激したシラーが書いたのが『歓喜の歌』だという。まさに苦悩を通り越しての歓喜である。
森田正馬先生は、歴史上の偉人たちも神経質で悩み苦しんだという話をされ、「大疑ありて大悟あり」(558話)という言葉を使われている。
この神経質の徹底的という事が、最も有難いところである。昔から釈迦でも、白隠でもその他の宗教家でも、哲学者でも、皆徹底的に苦しみ抜いた人ばかりである。少しも煩悶し苦労した事のない人にろくな人はない。
ここでも、倉田氏(劇作家の倉田百三)でも佐藤氏でも、徹底的に強迫観念に苦しんだ人である。「大疑ありて大悟あり」で、その人は必ず、生来立派な人間であって、それが悟って成功したのである。この点から諸君は、ただ私のいう事を丸のみに聞いて、徹底的に苦しむべきを苦しみさえすれば、それで万事が解決するのである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.82)
みーんな悩んで大きくなったのだ。神経質で悩んだ人にも歓喜の日は必ず来る。
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昨夜、小さなコンサートに行ってきました。クリスマスの曲の他にいろいろ親しみやすい曲を演奏してくれて、私は、特に<くるみ割り人形・「花のワルツ」>、<歌劇 椿姫・「乾杯の歌」>がよかったです。フルート、クラリネット、ピアノ、それぞれの音色を味うことができ、とても良い気持ちでした。にわかに音楽に興味を持ったので、聞いたことはあるけど、意味はきちんとわからない用語がぽつぽつと出てきました。俳句のしごとが一段落したら、少し学んでみようと思っています。
もうすぐ「第九」を聴きに行くのだと思うと、ときめきます!先生が書いて下さったので、予備知識も持てたし。おしゃれして出掛けたいと思います。
私は、野坂さんの本は、「アメリカひじき・火垂るの墓」しか読んでいませんが、「火垂るの墓」にはずんずん引き込まれていった覚えがあります。「。」から「。」の間が長くて。また、題名の字の「火垂る」も興味深いです。私の弟はうらやましい体験をしているのですよ。学生時代、新宿のあまりきれいでない酒場で野坂さんといあわせて、びっくりしたけれど、いろいろ話してくれて、おまけに奢ってくれた、というのです。話の内容を聞かせてもらいましたが、やはりおもしろい人だな、と思いました。
投稿: nonboo | 2015年12月26日 (土) 03時52分
nonboo様
コメントいただきありがとうございます。
小規模なコンサートで名曲の編曲物を聴くのもよし、時には大オーケストラの演奏を聴くのもまたよし、ですね。
確かに野坂さんの文章はセンテンスが長い傾向があるような気がします。弟さん、得難い体験をされましたね。
投稿: 四分休符 | 2015年12月26日 (土) 22時06分