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2016年1月 1日 (金)

神経質礼賛 1221.一

 徳川家康が少年時代に、禅僧で今川家の軍師でもあった雪斎に学んでいたという地元の臨済寺は年二回一般公開される。昨年秋の公開日に行ってみた。仏像や今川義元らの座像や竹千代(家康)手習いの間などを見て、建物の一番奥に続く屋根の付いた階段を昇ったところに茶室がある。そこにはたった一文字「一」と書かれた書が掛けられ、その前には一輪花が飾られていた。「一」の意味は何なのだろう。茶室であるから一期一会を意味するのだろうか、などと考えてみるが正解はわからない。考えさせることに意味があるのかもしれない。

 「一」の人名の読みには「はじめ」がある。今日は一月一日、一年の初めなので、今年は何をしよう、と考えている方も多いことだろう。神経質な人はあれこれ細かいプランを考えるのは得意中の得意だけれども、いざ実行する段になると、その手間を考えて面倒だなあ、人からどう思われるだろうかなあ、ということで先送りしたりそのまま計画倒れに終わらせてしまったりしやすい。思い切って始めの一歩を踏み出すことが大切である。一旦動き出せばしめたもの。完全欲をエネルギー源にして、森田正馬先生が「神経質は重い車」と評したように、今度は簡単には止まらなくなる。単なる年の「初め」に終わらせず、実際に行動して「始める」のが大吉である。

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コメント

四分先生、本年も楽しく、ためになるブログをよろしくお願いしますpensweat01dashdash
神経質に幸あれ!でございますpresentdollarshine

あけましておめでとうございます。
 
昔のことになりますが、渡辺利夫著『神経症の時代 わが内なる森田正馬』のプロローグで触れられている高良先生の著書『人間の性格』、そのタイトルに興味を持ち、私も求めました。私が入手したときには『神経質と性格学』と改題されていましたが。おもしろかったです。お人柄を偲びつつ読みました。神経症に悩んでいるわけでない人にも、読み応え十分だと思いました。
私は、陶冶をめざすなど及びもつかない状況ですが、自分の持っているものを以って、生きていく上での事々を発展させていきたいと思います。

先生、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
「一」の字句がかかった茶室の写真、
感動いたしました。
シンプルにして無尽蔵な意味が込められた空間を感じました。

お正月にふさわしい内容の記事を書いていただき
ありがとうございました。

たらふく様

 ありがとうございます。神経質万歳となりますように。

nonboo様

 コメントいただきありがとうございます。

 高良先生は性格学の大家でもありましたから、性格に関する御著書も多いです。そうした深い解釈ができたのも神経質を活用されたからだと思います。
 いろいろと悩み苦しみながらも一歩一歩前へ進んで行く、ということを続けていけば、いつかは陶冶の域に達するであろうと思います。

keizo様

 あけましておめでとうございます。いつもkeizo様の掲示板「日々の賀状」からはいろいろなことを学ばせていただております。本年もよろしくお願いいたします。
 写真は低画質の「格安スマホ」で撮ったため広角でかなり歪んでしまっていますが、雰囲気をお汲みいただきありがとうございます。「一」のただ一文字が引き締まった空気を作り出しているように感じました。

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