神経質礼賛 1227.回り道もまたよし
昨年末に旧実家の片づけをしていて、ふと、彼はどうしているかな、と思い出した人物がいる。私が医大生の時に家庭教師をしていて、さらには一時期わが家に下宿していた人のことである。
彼は静岡市内にある中高一貫私立男子校の生徒であり、その父親は隣県で外科・整形外科の大病院を経営していた。私が浜松医大に入学した年の秋、彼の父親の病院でアルバイトをしているという内科医から電話がかかってきて、家庭教師を依頼された。父親から良い家庭教師を探してほしいと頼まれているのだけれども、静岡から浜松医大に通っているのは君だけだから何とかお願いしたい、と強く頼み込まれた。当時私は、片道2時間半かけて通学していたし、学生オケにも入っていたし、会社員時代の先輩と設立したばかりのソフトウエア会社にも関わっていて、時間的にはかなり厳しかったが、引き受けた。その時、彼は高2であり、寮を出て高校の近くに下宿していた。数学の問題を解くセンスはすばらしく、優秀な頭脳の持ち主だとわかったけれども、地道に英単語・熟語を覚えるとか構文を勉強するのは苦手な人だった。
彼が高3になって6月頃だったか、下宿を出なければならないから私のところに下宿させて欲しい、と言い出した。まあ、半年位ならば、ということで私の母も了解してくれて、引越してきた。引越しの荷物を運んできたのは何と彼の父親が経営する病院の救急車で事務員が運転していた。もちろんサイレンは鳴らさなかったが、他県ナンバーの救急車が近所に止まったのだから、見た人は驚いたろう。彼と生活を共にして、前の下宿を追い出されたワケがすぐにわかった。ギターを弾くのはいいとして、夜の帰りが遅く、さらに無断で夜中に外出するのである。こっそり浴室の高窓から抜け出したらしいこともあった。何度か朝帰りしたところを私の母に見つかったが、心配して「どこへ行っていたの?」と問う母にはあいまいな返事しかしなかった。週2回のペースで勉強は教えていたが、そんな具合であるから、医大受験は厳しいように思えた。翌年1月の受験シーズン前には引き払って実家に帰って行った。それから4年ほど経った頃、彼から突然電話をもらった。「いろいろあって体を壊したりしたんですけど、医大めざして頑張っています。国立はムリだけど私立は大丈夫そうです」とのことだった。
彼のことが気になって検索してみたら、父親が経営していた病院のホームページに院長として載っていた。副院長は奥様らしい。会社経営者たちのトークを紹介する動画の中に彼が出ているものも見つかった。40代後半の彼は紺色のスクラブ(半袖でVネックの医療用ユニフォーム)姿ながら長髪で、青年期の雰囲気もちょっぴり残していた。高校を卒業してミュージシャンになろうとして家出同然に東京へ出て4年ほどバンド活動をしたが挫折して体を壊して家に帰ったという。その後、死ぬ気になって勉強して地元の私立医大に入学。卒業して研鑽を積み、父親の病院を継承したのだそうだ。この御時勢、個人病院を継承するのは至難の業である。しかしながら、リハビリテーションに重点を置いた病院、という特色を前面に押し出して、それをやってのけた。動画の中の彼は「当たり前のことを当たり前にやれば、必然として結果は出る」と言っていた。大きな挫折を味わい、どん底から自力で這い上がる体験を通して、彼は大きく成長したのだと思う。そして、その体験をきっと患者さんたちのリハビリテーションに生かしているに違いない。回り道もまたよし、である。
これが神経質人間ともなると、まずスロースターターであり、環境に適応するのに時間がかかり、周囲の目を気にして遠慮し、要領も悪いから、どうしても回り道が多くなりがちである。しかし、それらの回り道はその人を成長させる糧となるとともに、長い目で見ればどこかで役に立つのである。「鋸の目立て」(557話)にも書いたように、回り道を嘆くことはない。
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「当時私は、片道2時間半かけて通学していたし、
学生オケにも入っていたし、会社員時代の先輩と
設立したばかりのソフトウエア会社にも関わっていて・・」
医学生は本当に勉強が忙しいと聞きました。
骨の名前を細かく覚えるのに泣かされるとも聞きました。
でも四分先生、当時から大車輪の活動だったんですね。
とても面白い読み物でした
投稿: たらふく | 2016年1月19日 (火) 23時36分
たらふく様
コメントいただきありがとうございます。
医大2年生の解剖学の最初がラテン語の勉強で、骨学では骨の名前をラテン語で覚えなくてはならなくて大変でした。そして解剖実習が始まると遅くまでかかってしまうこともありました。医大は試験や口頭試問がしょっちゅうあって、ハラハラものでした。今でも試験の恐ろしい夢を見ます(笑)。しかし、忙しいほど、いろいろやることができるものです。そして、その時には対人恐怖も強迫観念も消えています。
投稿: 四分休符 | 2016年1月20日 (水) 20時19分