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2016年3月26日 (土)

神経質礼賛 1249.コンピュータ小説

 先日、囲碁のトッププロがコンピュータに1勝4敗で敗れたというニュースがあった。十年ほど前から、チェスの世界チャンピオンがコンピュータにかなわなくなり、将棋はまだまだと思っていたら、このところプロのトップクラス棋士たちがそのままでは惨敗、ソフトの欠陥を調べ上げてようやく勝てるといった有様になってしまった。それでも手が広い(次の一手の選択肢が多い)囲碁ではコンピュータがプロ棋士に勝つのはまだまだ先のことだろうと言われていたのが、一気に人間を追い抜いてしまったのである。

さらに今度はコンピュータを使って作られた小説が星新一賞の一次審査を通過したというニュースに驚かされた。まだプロットは共著者(?)の人間が考えているようだが、近いうちに人が関与せずにコンピュータが作り出した小説が登場するかもしれない。小説でもこうなのだから、もっとコンピュータに向いた定型の短歌や俳句・川柳ではコンピュータ作品が出回ってもおかしくない。

コンピュータのソフトやハードの技術が進化して、例えば非常に安全な完全自動運転自動車が実現すれば、高齢者にとって大変ありがたいだろうし、交通事故減少にも役立つだろうけれども、どうも文化芸術分野へのコンピュータの進出に一抹の寂しさを感じてしまうのは私だけだろうか。

 医療の分野でもいずれは自動診察・自動治療が実現する可能性は高い。コンピュータから一番遠そうな精神科の世界でも近赤外線トポグラフィーによる補助診断が行われるようになっている。さらには顔の表情や声の調子や会話内容を分析・判断してベテラン医師の優れた「勘」を持ったロボットが診察・治療にあたるという時代が来るかもしれない。ただし、神経症圏の精神療法は最後まで人間の仕事として残るように思う。特に森田正馬先生が「病気でなくてこんな仕合わせなことはありません」と言われた「神経質」には、生きたお手本となる治療者が必要なのである。

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