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2016年4月22日 (金)

神経質礼賛 1258.劣等感もまたよし

 4月は入学・進級・入社・職場替えなどであわただしい時期である。自分自身の異動がなくても、周囲の人が入れ替わって職場の雰囲気がガラッと変わってしまうこともある。ふと周りを見渡せば、優秀な人、うまくやっている人ばかりで、自分ばかりがダメ人間で情けない、そんなふうに悩んでおられる方はいないだろうか。森田正馬先生のお話を紹介しておこう。


 
 私共は学生時代に、互いに試験問題の話をするとき、相手はいろいろの事をよく知っている。自分はちっともわからないで悲観する。試験場を出て来ると、皆が答案を、俺は三枚とか、俺は四枚書いたとかいっている。私はたった一枚あまりしか書かない。心配していると、自分の方がかえって成績がよい。彼等が七十点であれば、私の方が八十点であった。不思議である。後に思い当たった事であるが、実はなんでもない。彼等は自分の知っている事ばかりをしゃべって、少しも自分の知らない事はいわない。(笑声)また、答案でも、無用の事を余計に書いて、要領を得ていないのである。この様に、神経質は、自分の劣等感から、常に用心し勉強して、人に劣らないようになるのが特徴であります。(白揚社:森田正馬全集第5巻p.346


 
 神経質の方は必ずや森田先生と同じような経験をされたことがあるはずである。劣等感については以前にも書いている(511話・880話)。小心で心配性の神経質人間は、自分の悪いところばかりに目が行きやすく、悲観しやすい。しかし、本来は「生の欲望」が強く、完全欲が強く、人より優れたいと内心思っているのが神経質の特質でもある。もっと気が大きく楽観的になれたらなあ、と思われるかもしれないが、楽観的な人は大きな失敗をしやすい(もっとも、それをクヨクヨ考えないのではあるが)。神経質人間は先の心配をしてあれこれ準備し努力をするので、人並み以上の結果が出せるのである。劣等感はよりよく生きるためのエネルギー源でもあるのだ。劣等感もまたよし、である。

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