神経質礼賛 1310.亀
一昨日は保健所の精神保健相談日。午後、保健所へ行く途中、三嶋大社に立ち寄る。樹齢1200年を超えるキンモクセイの巨木にはまだ黄色い花が残っていて、匂いが立ち込めていた。池を見れば、岩の上に2匹の亀がじっと佇んでいる。このところ雨続きなので、たまには甲羅干しをしているのだろうか。
この日の相談は2件とも男性のひきこもりで、家族からの相談だった。といっても一件はもう40代後半。パチンコなどの遊興に浪費し、借金をしては遁走し、家族が心配して立て替える、ということを繰り返し、仕事も続かずやめてひきこもり親の金を使い込み、追及すると「歩けなくなった」などと仮病を使う。人格未熟ないわゆるヒステリーである。家族が本人の不始末をすべて尻拭いしてしまう、イネーブラー(1112話)となって、同じシナリオを繰り返してしまっていることを説明し、対応を変えていく方が良いとアドバイスした。
もう一件は若い男性で、やることが見つからない、人生の目的がない、などと言って、高校中退、専門学校も中退。部屋にひきこもり、食事は母親に部屋まで持ってこさせる。精神科クリニックを受診したこともあるが、病気ではなく気の持ちよう、と医師から言われたとのことである。よくあるパターンだ。家族の話からは精神病的な兆候はなさそうであり、県が行っているひきこもり教室にまず家族が参加してみるようにお勧めした。
イソップ寓話集にある「亀と兎」はあまりにも有名だが、実は亀に関する話は他に二つある。「ゼウスと亀」。神様のゼウスが結婚式にすべての動物を呼んだ。ところが亀だけ欠席したので翌日に尋ねると「家は嬉し、家こそ都」と答えたのでゼウスは怒って亀が家を担いで動かなければならないようにした、ということである。ひきこもりの人にとっても家は都である。外に出て自分が傷つく心配はないし、家族が召使のように献身的に尽くしてくれて王様のように振舞って自己愛が満たされる。このシステムが続く限り、ひきこもりからの脱却は難しい。
もう一つの話は「亀と鷲(わし)」。鷲が飛んでいるのを見て、亀は自分も空を飛びたいと思い、鷲を訪ねてしつこく頼み込む。仕方ないので鷲は亀をつかんで空高く舞い上がり放したところ亀は岩の上に落ちて割れて死んでしまったという話である。74話に書いたようにスロースターターの亀は神経質人間にも似ている。しかし、亀の歩みも積み重ねていけば兎にも勝るのが「亀と兎」の話だった。神経質人間が大胆な人間になりたいと願うのは、亀が鷲になりたいと願うのと同じこと。花は紅、柳は緑(3話)。神経質には神経質の良さがあるのであって、大胆な人間の真似をしたら失敗するし、その必要はない。あるがままでよいのである。
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香菜子です。精神疾患や精神病でもないのに引きこもりになってしまうケースは親や家族が過保護で過干渉でアダルトチルドレンであることも多いのかもしれませんね。いくつになっても人間未熟でヒステリー、自己愛過剰、そういう人は親の責任でもあるように思うんです。森田先生の森田療法、森田精神はそのような人間未熟や自己愛過剰にも応用できるように感じるんです
投稿: 香菜子 | 2016年9月30日 (金) 20時51分
香菜子 様
コメントいただきありがとうございます。
森田療法家として大成された鈴木知準先生は、旧制中学時代、神経症のため登校できなくなり、親も過保護だったため、森田先生からは「意志薄弱で森田療法は無理だ」と厳しく言われ、簡単には入院させてもらえなかった、という有名なエピソードがあります。森田療法の原法には、強く行動の変革を迫る面があり、強力な治療効果があったと思います。もっとも、現代の治療者は大甘ですから、人格未熟な人でも脱落しにくい反面、シャープな切れ味がなくなってしまったことは否めないでしょう。
投稿: 四分休符 | 2016年9月30日 (金) 22時16分
ときどき拝読しております。
四分休符先生のエッセイは、とても興味深いです。
私も「森田チルドレン」の一人ですが、森田先生のような「完成された神経質」の境地に達するには、まだまだ道のりは遠いです。亀のように粘りづよく日々の仕事に骨を折るしかないのでしょうね。
投稿: クヌギタマサミチ | 2016年9月30日 (金) 22時53分
クヌギタマサミチ様
コメントいただきありがとうございます。
世の中の現実で、誰もが人並みにそうやっているところの「苦しいままに働く」、それが小学程度、次に「苦しい事はいやである」そのままの事実を認識するのが中学程度、さらに「いやとか好きとかの名目を超越した」のが大学程度である。(全集第5巻p.653)からすると、私などはまだとても大学程度までは達していません。仰るように、日々努力を積み重ねていくだけのように思います。
投稿: 四分休符 | 2016年10月 1日 (土) 16時17分