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2016年9月23日 (金)

神経質礼賛 1308.歴史上の年月日の表記

 9月21日付読売新聞文化欄に「歴史の年月日 正確な表記を」という笠谷和比古さん(国際日本文化研究センター名誉教授)の記事が載っていた。例えば大河ドラマの「真田丸」で関心を持たれた方も多いであろう関ヶ原の戦いは慶長5年9月15日のできごとであるが、正確に西暦に換算すると16001021日になるのだそうである。江戸時代以前の和暦は太陰暦なので、閏月が存在し、西暦(太陽暦)と日付がかなりずれることがあって、時には季節感が合わないこともある。特に問題となるのは年をまたがった場合である。赤穂浪士の討ち入りの日は元禄151214日。江戸で雪が降るには少々早過ぎるとどなたも感じることと思う。これを正確に西暦に換算すると1703年1月30日となり、それなら雪が降るのも当然となる。ここで、元禄15年は西暦1702年にあたるからといって1702年1月30日としたら完全に間違いであるし、笠谷さんの言われる「疑似西暦」・・・和暦年を一対一に機械的に西暦に変換し和暦の月日をそのままにして17021214日としてしまうのもおかしい。

徳川家康が誕生したのも天文111226日、天文11年は概ね1542年だが、正確な西暦では1543年1月13日にあたり、年をまたがることになって、年齢計算にも影響が出る可能性がある。大した問題ではないじゃないか、と叱られそうだが、神経質ゆえ『家康その一言』の原稿を書く時に私も気になった。天文111226日(1543年1月13日)というように和暦に正確な西暦年月日を併記するのがベストだが、それがわからない場合には和暦に加えその年号は西暦では概ね○○年にあたるという程度の意味合いで、天文11(1542)1226日と表記するのが現実的であるし、せめてそのように記載してほしいと笠谷さんも述べておられる。調べてみたら、ネット上に和暦年月日を正確な西暦年月日に変換するサイトがあった。これからはこうしたツールを使って正確に和暦と西暦を併記するのが主流になってほしいものだ。

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