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2016年12月19日 (月)

神経質礼賛 1337.源光庵

 今回、もう一つ行こうと思っていたのがやはりこの秋JR東海が宣伝していた源光庵だった。大徳寺から西へ佛教大学まで歩き、バス停の時刻表を見ると、バスが来るまで20分位待つことになる。待っていては寒いので歩いて行くことにした。途中には京野菜を売っている店や漬物屋さんがあって、のぞいて見るのも楽しい。まっすぐ坂を上って行き、道が二手に分かれる突き当りが源光庵である。

すでに紅葉のシーズンは終わっていて楓の木はすっかり裸になっていた。拝観者はほとんどいない。紅葉が綺麗な頃は大勢の参拝客で賑わったことだろう。手持無沙汰に受付に座る僧がぶっきらぼうに拝観料を告げ、「血天井があります」と言う。関ヶ原の戦の前哨戦、伏見城の攻防の際、切腹して果てた鳥居元忠ら徳川勢の武士たちを慰霊するため、血の付いた床を天井に残したものであり、養源院など京都のいくつかの寺院にあるものだ。ここの血天井も足跡がしっかりと残っていた。有名な四角い「迷いの窓」(生老病死の四苦八苦・人間の生涯を示す)と丸い「悟りの窓」(禅と円通の心・大宇宙を示す)を見る。花も紅葉もなかりけり。隣の小学校から昼休みに遊ぶ子供たちの元気な声が聞こえてくる。これもまたよし。徒然草の「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは」である。

 源光庵前からバスに乗り、終点の四条大宮でバスを乗り換えて東山七条へ。京都国立博物館で生誕400年伊藤若冲の展示を見る。小規模ながら、普段あまり展示されないものが出展されているとのことで面白かった。まだ時間があったので、昨年行った時に見なかった豊国神社の宝物館を見てから帰途についた。

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