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2017年2月27日 (月)

神経質礼賛 1360.カラー

 中学・高校と学生服を着ていて襟のプラスチック製の白いカラーは首に当たって慣れるまでは痛かったし窮屈感があった。それに、たまに割れてしまうことがあった。高校生の時、冬場は学生服を着た窮屈なままでヴァイオリンを顎と肩で挟んでいられたのだから慣れというものは大きい。カラーは襟の形を整え、飾りになるばかりでなく、汚れを防ぐ役割もある。今では割れにくい素材に変わったと聞く。そもそも公立の中学や高校でも学生服ではなくブレザーの学校が多くなっているから、詰襟服体験をしたことのない男性も増えているだろう。

 明治時代は高い襟がオシャレとされ、そこからハイカラという言葉が生まれた。森田正馬先生は学生服と同様の詰襟服を愛用され、講義や診察の際に着ていることが多かった。外来の患者さんに詰襟のカラーをネタに指導された記録が残っている。患者さんは二十八歳の元数学教員。二十歳頃から性的煩悶があり、三年前から対人恐怖となり、退職したままである。苦痛は苦痛として受入れたらいいんですか、と問う患者さんに対して森田先生は次のように言っておられる。

 

又さう・いっては、いけません。受入れやうが・受入れなからうが、ふりかゝつた苦痛は、どうしても苦痛です。貴方の・その高いカラーは、窮屈を窮屈として、受入れようとせずに、受入れて居る。貴方は、カラーをはめる時、苦痛をいひましたか。(いゝえ)さういふのを受入れたといひます。僕は昔、カラーに苦情をいひました。今でもいひます。西洋人といふものは、余計な窮屈な事をするものだ。なぜ日本人は、こんないやな事をまねしなければ・ならないのかと、不平をこぼしました。しかし普通の人は、そんな事をいはずに、素直に忍受して・受入れてゐる。そして少しも苦痛を苦痛と感じない。貴方は其様なカラーを、窮屈として居るのですか。(解りました。窮屈だらうといへば、さう思ひますが、常には何とも思はないですね。)

カラーの事でも・暑さでも、対人恐怖でも、皆受入れるとか・任せるとか・あるがまゝとか・いつたら、其一言で苦しくなる。理屈をいへば・いふほど、其事に氣がつき・心が執着するやうになる。

 今あちらの大工の音が、相当にやかましい。しかし、それを貴方は、僕にいはれるまで、氣がつかなかつたでせう。それは当然の事として、うるさいのを受入れるとか・何とか批判をしないで、其まゝになるとか・何とかいはずに、其まゝになつて居たからであります。

 それで、其苦痛の方は、其まゝにして、自分の欲望に従ひ、四角四面に働くやうになつたら、一方の性的の方も、自然に調節されて、治るやうになるから、不思議です。只之を治さう治さうと工夫して居る間は、決して治らないのであります。

 今貴方の採るべき道は、外にはない。何でも職業に就いて、少しでも出世するやうに努力するか、それが出来なければ、入院して精神修養するか、其二道であります。 (白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.50-51)


 苦痛を受入れようとしても簡単に受入れられるものではない。仕方なしにそのまま行動しているうちに自然と苦痛は忘れているのだ。あるがままになろうとしてもなれるものではない。仕事を一生懸命にしている時に、あるがままになっているのである。理屈をこねているだけではダメである。いつまでもグチをこぼしていないで行動するかどうかが大事なのである。

2017年2月24日 (金)

神経質礼賛 1359.「餌をあげる」

 毎日新聞の日曜版の最後のページに「松尾貴史のちょっと違和感」というコラムがあって、いつも読んでいて、そうだその通りと思うことが多い。2月19日の記事では「(鹿に)餌をあげる」という言葉をしきりに使う女性アナウンサーを「優しい人を演じている」と批判し、最近料理番組でよく耳にする食材に対してまで「○○してあげる」という表現にも言及している。TV番組であまりによく聞く言葉なので、ちょっと違和感が薄れてきているが、確かに本来はおかしい。(動物に)餌を「あげる」、(草木に)水を「あげる」ではなく「やる」が正しいはずだし、食材に対して「○○してあげる」はもってのほかである。

 実は森田正馬先生もこういった表現を批判しておられた。「神経質者のための人生教訓」の中で「社会の風潮」と題して次のように述べておられる。


 世が進むと共に、華美・虚栄・軽佻・浮薄となつて、徒らに不釣合の敬語や・優雅の言葉を用ひたがるやうになる。「魚屋がいらつしゃつた」「坊やは、どう遊ばしたの?」といふ言葉を濫用する結果は、目上の人に対して、却て言葉に窮するから、仕方なしに。「先生が来た」「叔父さん、どうしたんです」とかいふ事になる。追々と世の中が傾倒の気運になつて来るのである。又「兎が咬じる」「小鳥がつゝく(ついばむ)」「金魚が食ふ」とかいふのは、素朴であり・野卑である・とか考へるでもあらふか。「獅子が子をたべ殺した」「金魚にフをあげる」とかいふ風になる。

抑も「たべる」とは、「給はる」事で、「こらへてたべ半七さん」といふやうなものである。即ち「たべる」とは「頂く」「頂戴する」と同義であるから、「蛇が蛙を頂いて居る」といふと同様である。世が一般の風習になると、不合理な言葉も、いつしか耳障りにならなくなる。しかし注意すべき事は、之が不知不識(しらずしらず)の間に、社会感情の虚栄・浮薄の深い基礎を培養し・醗酵を起して居るのである。(白揚社:森田正馬全集第7巻 p.484


 言葉は時代とともに変化していくものではあるけれども、虚栄・浮薄の風潮には流されないよう気をつけたいものだ。

2017年2月20日 (月)

神経質礼賛 1358.吉祥寺

 高校時代所属していた弦楽合奏部の私より5年下で東京在住の人たちがよく集まって練習している。ヴァイオリン2人・ヴィオラ1人・チェロ1人でちょうど弦楽四重奏ができるメンバーなので、この集まりは長続きしているらしい。時々私にも「よかったら参加しませんか」とお誘いがかかる。一昨日は定例のメンバー以外に私や他のOBも加わって8人で合奏を楽しんだ。会場は吉祥寺にあるY楽器の練習用貸スタジオである。

 土曜の半日の仕事を終えてそのまま楽器を肩にして東京へ向かう。あいにく見たい展覧会がないので、そのまま吉祥寺へ直行する。吉祥寺駅で降りるのは初めてである。集合時刻まで1時間半。事前に見どころを調べていなかったので、駅の案内地図を見て南口から井の頭公園へと向かう。路上禁煙となっていて、平気で喫煙している不届き者はほとんどいないのはとてもよい。寒いけれどもそれなりに人はいて、池には家族連れやカップルのボートが行き来している。桜の季節ならば池の周りが花満開になって賑わうだろうと思う。また駅に戻り、今度は北口へ出る。有名なハーモニカ横丁がある。まだ4時前だというのに立飲み屋には結構客が入っている。ちょっと新宿駅西口の思い出横丁を思わせるけれども、飲食店だけでなく古くからの和菓子屋があったり花屋があったり衣料品・雑貨店もあったりしてとても面白い。つい徘徊してしまう。横丁を出ると長い行列ができていて、メンチかつの評判店らしい。昔風の大きな乾物屋も健在だ。明るいサンロードという商店街もあるけれども、やはりこのハーモニカ横丁の存在感は大きい。周囲に懐かしい昭和の風情を発散している。

 事前に中心メンバーである写真家のK君が会場までのルートを詳しく書いたメールを送ってくれていたので、迷わずにビルの5階の中にあるスタジオに入ることができた。こういう神経質は実に助かる。定刻にメンバー全員が集合し、モーツァルトを中心にハイドンやバルトークなどの弦楽合奏曲を次々に弾いた。ヴィヴァルディ「四季」もなんと全曲弾いてしまった。2時間半があっという間に過ぎ、二次会へ向かう東京勢と別れて帰宅の途についた。

 そういえば吉祥寺に吉祥寺というお寺はないよなあ、と気になる。神経質ゆえ調べてみると、本郷にあった吉祥寺が江戸時代の明暦の大火で焼失し、焼け出された門前町の住人達がこの地を開墾して吉祥寺に愛着を示して吉祥寺村と称したのが始まりなのだそうだ。古いものを残しながら新しいものを開拓する精神が脈々と現代につながっている。住みたい街としてよく挙げられるのも納得できる。

2017年2月17日 (金)

神経質礼賛 1357.確定申告

 二月は逃げる、三月は去る、とよく言われる。この慌ただしさの要因の一つは確定申告だと思う。保健所の精神保健相談や措置診察で発生した給与所得があるので、10万円にも満たない金額ながら、確定申告をしなくてはならない。今ではすべてを自宅のパソコンで済ませるe―TAXという方法もある。しかし、それでは何となく心配で、例年、国税庁のホームページで申告書を作成して税務署に持ち込んでいる。

パソコン画面で入力していて、わからないことが起きた。まだ学生である子供の国民年金保険料を払っているのだが、画面でそこの入力欄がグレーに塗られていて、入力できないのである。検索してみると「給与所得の入力画面で国民年金保険料等の金額が入力できない」という記事が見つかる。それによると、国民年金保険料等の金額は「所得控除の額の合計額」に含まれているので入力の必要がない、とのことだ。とはいえ心配なので、昨年の給与明細に印字された毎月の社会保険料を合算して、さらに国民年金の額を足してみたら、確かに一致したので納得した。

今年の確定申告が昨年以前と異なるのは、本人と扶養家族全員のマイナンバーの記入が必要な点である。その入力画面が出てきてちょっと慌てるが、神経質ゆえ家族全員のマイナンバー通知カードはスキャンしてパソコンに入れてあるので、すぐに入力できた。確認しながら1時間足らずで入力作業は終わり、プリントアウトする。

税務署へは歩いて20分ほど。いい運動だ。駿府城公園の中を通って行くと、体育の授業で長距離走の練習をしている中高生たちに追い抜かれていく。税務署で昨年と異なるのは、確定申告書を提出する際、紙に氏名や電話番号を記入させられたことである。行列に並び、5分ほどで税務署を後にした。外堀近くに梅の花が咲いているところを見つける。枝には鳥のつがいが止まっていて微笑ましい。嬉しくなって写真に撮る。これから春の花々が次々と咲いていく時期だ。それとともに私にとっては花粉症も「鼻」盛りとなる有難くない季節でもある。

2017年2月16日 (木)

神経質礼賛 1356.美しく青きドナウ

 今朝、NHKのニュースを見ていたら、聞き慣れない「美しく青きドナウ」が流れていた。よくTVで見るウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのような大編成のオーケストラではなく小規模な室内楽に合唱団が加わった編成だった。今年はヨハン・シュトラウス二世の名曲「美しく青きドナウ」が作曲されて150周年。作られた1867年は日本では大政奉還の大きな変動の年である。当時、オーストリア帝国はプロイセンとの戦争に敗れ、伝染病の流行もあり、国民はすっかり意気消沈していた。当初の歌詞は現在のそれとは異なり、アマチュアの警察官が作ったもので、「苦しんだって悩んだって何の役にも立たない。だから愉快に行こう」というような内容だったという。150周年を契機に、オリジナルの歌詞が注目されているそうである。現在のヨーロッパ諸国も深刻な移民の問題や経済の問題を抱えていて沈滞ムードである。どうにもならないことに悩むことよりも今を生きることに目を向けるべきではないか、というわけである。

 私たち神経質人間も過去の失敗をいつまでも引きずり、「自分はダメだ」とクヨクヨ悩みがちである。反省することはとても良いことではあるけれども、過去は変えようがないのだから、今できることをやっていく他はない。ウィーンだったらウィンナワルツを踊るもよし、そして森田正馬先生の形外会では東京音頭を踊っていた。時には理屈を忘れて頭をからっぽにして音楽に身を任せて体を動かすのも良いものだ。

2017年2月13日 (月)

神経質礼賛 1355.ヴァーチャル・セデーション

 先週、職員向けにちょっと変わった体験型の講習会があった。精神科薬の副作用の一つである過鎮静を体験してもらおうというものだ。装具により目の前にスマホがセットされて画面を見て、イアホンで音を聞く。上下左右に首を回すと景色もそれに合わせて流れるので、あたかも実際にその場にいるような感覚になる。5分間ほどのプログラムで、歩道を歩いていて向かってきた自転車が避けにくかったり、調剤薬局で薬をもらう際にも不便したりする状況を体験することができる。この仮想鎮静のシミュレーション・セットはある製薬会社さんが開発した資材であり、実によくできていると感心した。

実際に薬を飲んで体験というわけにはいかないけれども、風邪薬に鼻水止めとして入っているような古いタイプの抗ヒスタミン剤を飲んだ時の頭がボンヤリして何となく体がだるいような感じはどなたも経験されたことがあるはずだ。そのひどいのが過鎮静だと思っていただけるとわかりやすいだろう。この副作用を逆用して睡眠改善剤という名目で市販されている薬(ドリエルやネオデイなど)もあるが、飲みすぎると翌朝もボーとして仕事や勉強に支障をきたしそうである。

どんな薬にも多かれ少なかれ副作用はある。幻覚妄想状態や気分障害に対しては副作用に注意しながら薬を使っていかざるをえないけれども、神経症の不安や不眠の場合はできるだけ「無脳薬」に越したことはない。

2017年2月10日 (金)

神経質礼賛 1354.LDLコレステロールの怪

 郵送されてきた健康診断の結果を見て妻が悲鳴を上げる。動脈硬化の原因とされ悪玉コレステロールと呼ばれているLDLコレステロール(LDLC)が高値だったのだ。「こんなに気を付けているのにどうしたらいいのよ!」と。何しろ野菜や大豆製品は大量に摂取しているし、肉よりは圧倒的に魚が多く、冷凍食品は使わず、揚げ物は一切家では作らない。LDLCを下げるという食品ばかり食べているのに異常高値で、揚げ物やインスタントラーメンを時々隠れ食い(笑)しているその夫は正常値というのは許せない、というわけだ。八つ当たりされては困るので、女性は年齢とともに高くなりやすいことを説明し、2014年に発表された新基準をプリントアウトして見せた。

 従来からの基準だとLDLCの正常値は60-119mg/dlであり、140以上だと治療対象とされてしまう。しかし、日本人間ドック学会が新たに示した正常値は男女別、女性については年齢別になっていて、男性が72-178、女性が61-15230-44歳)、73-183(45-64)84-190(65-80)と大幅に緩和されている。もっとも、この基準はまだ医療界に浸透しているわけではない。すでに高脂血症としてコレステロールを下げるスタチンと呼ばれる薬を飲み続けている「患者」さんが多数いるのだから、今さら変えられても、ということなのだ。

 従来から安易にスタチンを処方することに懐疑的な医師は少なくなかった。そもそもLDLC悪玉説に疑問を投げかける研究者もいる。LDLCは細胞壁を作る上で重要な役割を果たす体に欠かせないものであるし、LDLCが高い方が感染症に強く長生きできるという研究結果さえあるという。HDLCが善玉でLDLCが悪玉と簡単に決めつけるのはおかしいということだ。「善悪不離」と書かれた森田正馬先生の色紙が思い浮かぶ。

 結局は食生活が偏らないように気を付けて適度に歩いていれば、コレステロールを下げる薬を飲まなくてはならないケースはそれほど多くないのだろうと思われる。

2017年2月 6日 (月)

神経質礼賛 1353.確認しようかどうしようか

 毎年2月第一土曜日の午後は指定医会議と称するものがあって、県内の精神保健指定医が集められて、県のお役人様の有難いお話を聞かなくてはならない。各病院に通知があり、参加者名をFAXで1週間前までに県に送る。勤務先の病院ではいつも私が一人で出ることになっている。例年通りFAXを送り、机の上にたまった書類を整理した時に通知の紙も処分してしまった。さて、会議前日になって、開始時刻は手帳にメモしてあるものの会場を書いてなかったのに気付き、もし場所が昨年と変わっていたらどうしようと心配になる。かれこれ20年ほどこの会議には参加していて、ここ数年は同じ県関係の施設の同じフロアで行われているが、以前、何度かはその近くの別の施設で行われたことがあった。もっと以前はそこからだいぶ離れた別の施設で行われていたこともある。確認しようかどうしようか迷う。県の担当科に電話して確認するか、はたまたその会議後に同じ会場で薬の宣伝がてら講演会を行っている製薬会社の担当者に電話して確認するか。もし、会場がいつもと違っていたら、絶対に気が付いているはず、いつもと同じ会場だから手帳にメモしなかったのだ、と自分を信じて確認しないことにした。当日、昨年と同じ会場へ行き、入口のホワイトボードに会議名が書かれているのを見て安心した。

 私には確認癖がある(829話、1012)。朝出勤する時に鍵を閉め忘れてはいないか気になることがある。定期券・サイフ・病院の鍵を忘れたら大変なので、ポケットを手探りで確認する。香典袋を出す時には万一お金が入っていなかったら大恥であるばかりか先方にも大迷惑をかけるのでこっそり確認している。ただし、確認しても1回だけに留め、時間がなければ心配になっても確認せずに次に進むようにしているから、実生活上問題はない。この程度ならば単なる確認癖で済み、ミスを減らせて悪くない。むしろ良いことである。しかし、安心を得るために2回目の確認をしたら必ず3回目の確認をしたくなって、確認回数は際限なく増えていく。本人もそれだけ何度も確認する意味はないとわかっていてもやめられなくなり、ついには日常生活にも支障をきたしてしまう。確認に悩んでいる人には、「意味がある確認は1回だけ」「気にはなっても次の行動」といつも話している。

2017年2月 3日 (金)

神経質礼賛 1352.「エア恵方巻き」のすすめ

 今日は節分。デパートやスーパーには一斉に恵方巻きが並ぶ。有名な神社で祈祷済みとのシールを張られたものもある。巻寿司風に作られた和菓子や洋菓子も見かける。これは20年近く前に、コンビニのセブン・イレブンが「恵方巻き」の名称を付けて全国販売して急速に広まったものだ。大阪で節分の時に商売繁盛の縁起担ぎで「丸かぶり寿司」を食べた風習が元らしい。節分の晩に、その年の恵方を向いて願い事を念じながら太巻寿司を丸かじりすると、願いがかなうそうだ。

 しかし、心配性の私はこの習慣が広まるのは危険だと思っている。お正月には餅を喉に詰まらせる誤嚥・窒息事故が多いのは皆様も御存知かと思う。そして、実は巻寿司の誤嚥・窒息事故も意外に多いのである。海苔が付いていることで、御飯単独の場合よりも誤嚥・窒息リスクがはるかに高くなる。特に高齢者の場合危険である。

 それに、いろいろな具が詰まったせっかくの巻寿司を味わわずにあわてて詰め込むのはもったいない。願い事の儀式は、「エア恵方巻き」(真似事)で済ませて、巻寿司はゆっくりとおいしく食べることを提唱したい。

2017年2月 2日 (木)

神経質礼賛 1351.黒はんぺん

 冬の食べ物と言えば鍋料理、おでんを思い浮かべる方が多いことだろう。どこかで書いた気がするが、私が住んでいる街のおでんは全国区のおでんとかなり違いがあり、静岡おでんと呼ばれている。牛スジ肉でダシを取った黒色のスープで、具には必ず黒はんぺんが入る。そしてカツオブシの粉と青のりをかけて食べる。子供の頃、駄菓子屋にもおでんがあって、1本五円だったから、子供たちが小遣いの十円玉を握りしめて買いに行ったものだ。はんぺんは「D」字型の黒はんぺんが当たり前だと思っていたけれども、それは静岡県それも中部地区だけのことである。勤務先の病院食に黒はんぺんが出た記憶はない。献立にはんぺんと書かれているとふわふわした白い(普通の)はんぺんである。先日も「はんぺんピザ焼」というメニューがあり、やはり白いはんぺんだった。

 黒はんぺんはイワシやアジを材料に作られる。おでん以外の食べ方としては、軽く火で炙って(あるいはオーブントースターで軽く焼いて)これまた特産品のワサビ漬けを付けて食べると大変おいしい。若い人だとマヨネーズを付けて食べたりする。そして私の好物・黒はんぺんフライは静岡の総菜売場には大抵置かれているし、酒場の肴の定番である。

 よく製薬会社が医師向けの講演会ネット動画でEPAやDHAを含む多価不飽和脂肪酸製剤を宣伝している。脂肪肝の予防だけでなく、多くの成人病の予防効果がある。あえてそうした薬を飲まなくてもイワシやアジを主材料としている黒はんぺんを適度に食べればEPAやDHAがたっぷり摂れるのである。ここで適度にと書いたのは、体に良いからと大量に食べると尿酸値を上げる可能性があるからだ。とにかく黒はんぺんの健康効果をもっと売り込んで全国区の食品になってほしいものだ。カツサンド・ハムカツサンドのようにヘルシー黒はんぺんカツサンドがあってもよい。

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