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2017年4月21日 (金)

神経質礼賛 1377.ヘボ将棋 王より飛車を かわいがり

 将棋を覚えたての頃は一番強力な駒である飛車を大事にする。飛車取りをかけられて飛車が逃げ回っていたら王を詰まされて負けてしまった、というのは私も小学生の頃に経験がある。王手飛車取りをかけられたら飛車を逃げてしまった、というのが、「ヘボ将棋 王より飛車を かわいがり」という川柳にもなった落語の話である。将棋ではいくらたくさん駒を持っていても王を取られたら負けになるので、本末転倒なのである。これが高段者の将棋ともなれば、一番弱い駒の「歩」を実にうまく使いこなす。なぜここで歩を突くのか、素人には全然わからないが、後になってそれが大きく効いてくることがある。そして大事な飛車であっても勝つためには思い切って捨てて相手の王に迫っていくのである。

 森田療法も覚えたての人は、「目的より気分をかわいがり」に陥りやすい。気分(症状)をよくしたい、という気持ちはとてもよく理解できる。しかし、症状をなくすために作業するというのでは、本末転倒である。症状があろうがなかろうが、作業は必要だからやっていくものだ。そこは森田療法が行動療法と異なるところである。症状をなくそうとすれば、「一波を以て一波を消さんと欲す、千波萬漂交々(こもごも)起こる」(540話)となって、さらに症状へのとらわれが強くなってしまうのである。気分は天気のようなものでどうにもならない。それよりも少しでも手を出し足を動かし、やらねばならないことをやっていくのが森田のやり方である。

さらに中級者では森田理論を振りかざして実際の行動が伴わない人を時々見かける。これなど、将棋で言えば「定跡を覚えて弱くなり」である。森田正馬先生の養子にして三島森田病院の創設者・森田秀俊先生が言われた「理屈はいらない。理屈は君にとって役に立たない。ただ、不安な時には、不安なままになすべき事をなしていくという生活様式を身につけること」という言葉がピッタリである。

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