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2017年8月28日 (月)

神経質礼賛 1420.会釈笑いも必要

 現在、三島森田病院ホームページに掲載しているワンポイント森田第5回の「苦手な人・嫌いな人への対処法」で、森田療法的な解決法として、苦手な人・嫌な人に対しても挨拶をし、当たらず触らず会釈笑いしてお世辞の一つも言ってみる、ということを書いた。当ブログ360話が下敷きになっている。何でも白黒つける癖のある神経質人間は、嫌な人を徹底的に毛嫌いして挨拶もせず、無視して口もきかない、というようになりがちである。私も若い頃にはその傾向が強かったと反省している。笑いには精神的な効用がある(310)。たとえ会釈笑いであっても営業スマイルであってもよいのである。森田正馬先生は最後の形外会で次のように語っておられる。

 

 人に会った時、少々気分は悪くとも、独りムッツリしているわけにもいかないから、いやいやながらも笑顔をつくって話しているうちに、いつとはなしに、前の不快な気分も解けて来る事は、誰しも経験のある事でしょう。自分が不愉快だから笑わないというのは、人情に欠けているし、徹底した利己主義です。

(中略)

 会釈笑いもせず・シカメ面ばかりしている人は、自分の心も、いつまでも解けてはこず、人からも嫌われるように、先生に対しても、「ちっともよくならない」とか意地張る患者は、自分もいつまでも、その不快の症状にとらわれて、その執着から離れる事ができず、医者からも愛想をつかされるようになる。これに反して、少しでもよくなった事を喜んで感謝するようになると、しだいに自分のよい方面ばかりに気がつくようになり、ますます症状が軽快して全治するようになるのである。(白揚社:森田正馬全集 第5p.766


 笑いや感謝の表出は神経症を治してくれる特効薬なのである。

2017年8月25日 (金)

神経質礼賛 1419.ウエットシートのフタ

 この暑さと湿気である。ちょっと油断していると浴室の天井や壁面には黒カビや赤カビが付いてしまう。休日にフローリング清掃用ワイパーにウエットシートを付けて浴室天井と壁を拭いている。シートをパックから取り出した後、中に空気が入って乾燥してしまわないように、またフタを貼っておくのだが、どうも失敗が多い。しっかり貼ったつもりでも少しシワが寄っていて、しばらく使わないでいたら中のシートが乾燥して全滅してガッカリ、というパターンである。たまに、初めてパックのフタを開けた時に勢い余ってパックの一部を破ってしまう大失敗もある。これに関してはどうも神経質が足りないようでいけない。この種のウエットシートには、フローリング清掃用のシートの他に、自動車の窓拭きペーパー、ウエットティッシュ、汗拭きシート、トイレの便座拭きシートなどがある。何か良い方法はないのだろうか、と調べてみると、繰り返し使えるフタやケースがあるらしい。キャラクターの絵が入っているもので300円前後、100円ショップで売っているものもあるという。ただし、簡単にフタが開いてしまうとか使い勝手が悪いとか問題のある商品もあるそうだ。しかし、こればかりは実際に買って使ってみないことにはわからない。それに簡便性に欠ける。当分はそうしたグッズは買わずに、パックの隅からシワができないように注意深くシートを貼って対応してみようと思う。神経質が試される。

2017年8月21日 (月)

神経質礼賛 1418.龍馬と正馬

 現在、静岡市美術館で「没後150年 坂本龍馬」展が開催されている。その前は江戸東京博物館で展示されていた。近くに来てくれてありがたい、いつでも行けると思っているうちに会期があと1週間に迫って、あわてて見に行った。書簡の展示が多く、正直なところほとんど読めないので、ひたすら解説を読む。一番の見どころは、やはり近江屋で暗殺された時に龍馬が所持していた刀と龍馬の血が飛び散った梅椿図だろうと思う。何度もTVの歴史番組で見てはいたが、実物を見るのは初めてで、その場面を想像した。近江屋事件の実行犯は誰なのか、黒幕は誰なのか、ということでは諸説ある。一度、伏見の寺田屋で襲撃された時には護身用のピストルの威力とお龍さんの機転により命拾いしているが、この時には無防備に近く、日本の夜明けを見ずして落命したのはさぞ無念だったろう。もう少し心配性の神経質だったら、薩摩藩からの申し出に従って薩摩藩邸内に匿ってもらっていたら、あるいは暗殺されずに済んでさらに大活躍したのでは、などと考えてしまう。龍馬暗殺の翌年、明治天皇に謁見のため御所に向かっていたイギリス公使パークスが襲撃された事件の際、襲った林田貞堅(朱雀操)とパークスを護衛していて林田を斬った中井弘蔵の双方の刀が並べて展示されていたのも興味深かった。両方ともあちこち刃こぼれしていて、斬り合いの激しさを物語っていた。中井は薩摩藩を脱藩して浪人となり、龍馬や後藤象二郎の世話によりイギリスへ密航留学した人物であり、明治の世では外交官として活躍し、京都府知事にもなっている。


 坂本龍馬の家は裕福な郷士(土佐藩下級武士)だった。森田正馬先生の家も、祖父・正直が農民から郷士に取り立てられた。ただし、龍馬らのような政治活動には全く無縁であり、日常業務を実直にこなしてたびたび顕彰されたようである。長男・長女が病死したため次女・亀(正馬の母)には同じく郷士の家から婿を迎えた。正馬の父は婿入りの際に「正」の一字をもらって正文に改名したらしい。このあたりの事情は畑野文夫著『森田療法の誕生』に詳しく述べられている。森田先生も幼名は光(みつ)だったが、祖父以来の「正」に父の幼名・馬三郎の「馬」を取って正馬となったと考えられる。正馬の読みはよく問題となる
(420)。森田家の通り字が正(まさ)だとすれば、やはり本人が形外会の場で話したように、本当は「まさたけ」だったはずだ。しかし、読みにくく言いにくい「まさたけ」よりも「しょうま」と家族も友人も呼ぶようになり、郷土の英雄・龍馬の名前に近い「しょうま」という読みを森田先生自身も好んだのだろう。少年時代の森田先生は夜尿症があった。「僕は子供の時、寝小便をした。十くらいになっても時々あったように覚えている。これはもとより変質兆候であるが、坂本竜馬も子供の時、寝小便をしたという事を知って、大いに意を強くした事がある。(笑)竜馬も偉くなったから、自分も偉くならないとは限らないと思った」(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.735)と述べている。龍馬も少年時代は気弱だったというエピソードがある。それだけに龍馬に対する親近感や憧れは強く、弱い自分から脱皮したいという願いがあったのだろう。18歳の時に家出して上京、自活して電信技士になろうとするも脚気にかかり失敗したのも、同世代に土佐から江戸へ出て剣術修行し、やがて大きく羽ばたいた龍馬のことが頭にあったからかもしれない。

2017年8月18日 (金)

神経質礼賛 1417.店員さんの声かけ

 16日の読売新聞に、声かけ自粛「話しかけない」接客サービス広がる、という記事があった。衣料品店や美容院やタクシーで話しかけない接客が増えているという。あるアンケート調査によると、服を買う時、そっとしておいてほしい、という回答が8割を超えていたそうである。衣料品店では声をかけられると「買わなければならない」というプレッシャーを感じて嫌だという意見がある。それに、最近は常時スマホを見ている人が増えているから、美容院やタクシーでもスマホの世界に籠っていたいという情勢なのだろう。

 私も、元来が対人恐怖であるから、衣料品店や靴屋や家電量販店で店員さんが近くに寄ってきて声をかけられるとうるさく感じる。他の売場へ一時避難し、買おうかどうしようか迷っている品があれば、後でもう一度戻って手に取って見る、といった具合である。しかし、客が多い時に、他のサイズはないか、同じ型の色違いはないか、などと聞きたい時に店員さんを捕まえようとしても捕まらないこともある。だから、絶対に買おうと思っている時には客が少ない時間帯を選び、ただ見るだけなら休日の昼などの混んだ時間帯を選ぶようにしている。

 逆に、店員さんの立場だったらどうしたらよいのだろうか。強迫観念に悩む店員さんに森田先生は次のように指導しておられる。これなど、現代にも通じるものである。

只現在の君は「向上の道」とか「満身の力」とか「修養」とかの空言は、しばらく後まはしにして、総て自分の心構への仕方や「丹田の力」とかいふものは捨てゝしまつて店の売場の装飾とか、客に対する言葉の撰び方。お辞儀の仕方等、例へば客が通りがかりに入つて来て、店の正札付の品物を見まはして居る時、之に対して「入らつしやい」とか「何を上げませうか」とかいふべきか、いはざるべきか、種々に思ひ悩むのがよい事で、其迷ふ心がありてこそ、初めて客の心理や様々の場合の応対の仕方が研究さるゝのであります。只通り一遍のサービスとかいふもので、口軽くしゃべり立てゝは、却て客を追ひ払ふだけに終る事が多いのであります。こんな事に迷ふ事も、神経質の良き特徴の一つであります。神経質は何の職業にも地味で深い信用を得る元となります。只神経質の悪い症状が治らない間だけがいけないのであります。君が今度煩悶を増されたのは、多分お客相手の仕事に急に変化した事であつて、人は皆境遇の変化に応じて、思想が変わり人生観が変化していくので、其問に次第に人間味が修養されていくのであります。

 只しかし各其境遇に一つ一つ反抗して行つては仕方ありませんが、強迫観念が全治したやうな場合は必ず常に「自然に服従し境遇に柔順なれ」といふ事を体得して感謝と勇猛との精神を以て、どんな境遇にも当る事が出来るやうになります。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.594-595


 
 「口軽くしゃべり立てゝは、却て客を追ひ払ふだけ」、まさにその通りである。やみくもに声かけするのではなく、お客さんの様子を観察して、声かけをするかどうか判断し、声かけのタイミングを計るのが有能な店員なのである。上手に商売をするには神経質が不可欠である。

2017年8月16日 (水)

神経質礼賛 1416.あみだくじ

 昨日(15日)、仕事を終えて帰宅し、夕食を食べた後、何かクラシック番組をやっているだろうか、とNHK-FMをかけたら、何と「アミダばばあの唄」が流れてきて驚いた。NHK-FMでは祝日には「今日は一日○○三昧」として、例えば子供の日にはそれにちなんだ曲のリクエスト特集番組をやっている。新聞の番組欄を見たら、「今日は一日桑田佳祐三昧」とあった。終戦の日と桑田佳祐がどういう関係かよくわからないが、かつて「オレたちひょうきん族」という番組で使われていた唄を久しぶりに聞いた。「♪あみだくじ、あみだくじ、どれにしようかあみだくじ」、はて、あみだくじは何か仏教と関係があるのだろうか、という疑問が起きる。そうなると神経質人間は無性に知りたくなるのである。

 あみだくじの起源は室町時代あたりだという。今のように平行線のくじではなく、放射線状のくじで、隠された中央に金額がかかれていたらしい。それが阿弥陀仏の光背に似ているということからその名が付いたそうである。もしかすると阿弥陀様のお導きだから恨みっこなし、という意味も含まれていたかもしれない。いつから現代のような形態…縦の平行線に参加者が横線を書き加えるスタイルになったのかはわからない。中学生・高校生の頃は班のメンバー分けなどの際によくあみだくじをやったものである。単純な横線ではなく、立体交差の斜め線を入れたりした記憶もある。ドキドキハラハラしながらくじ引きの経過を見て、内心「やった、○○と一緒の班だ」とか「あーあ、××と一緒かよ」と思いながら、ハズレであってもあみだくじで決まったのだから仕方がない、と誰もが妙に納得したのは、阿弥陀様の仏力によるものだろうか。

2017年8月14日 (月)

神経質礼賛 1415.くたびれた時にはどうする?

 勤務先の病院は夏休みがないので、カレンダー通りに仕事をしている。このところ曇りがちのため暑さは和らいでいるけれども湿度が高く少々バテ気味である。読んで下さっている方々の中にはお盆休みの帰省で、かえって運転疲れ・家族サービスの行楽疲れという方もおられるかもしれない。

 さて、くたびれた時にはどうしたらいいのだろうか。森田正馬先生のもとで月1回行われていた形外会の場でも、それが話題になったことがあった。香取会長の「身体がくたぶれた時には、回復には休養のほかないから、寝て休もうか、それともまだこんな事を考えるのは、身体に余裕があるためだから、もっと無理をして働こうかなどいろいろに迷う事がある。こんな時、どうすればよいかという事が問題になる」という発言に若林氏(いやいやでもやった方がよい)・根岸氏(熱や頭痛のある時に勘定のケタを間違えて大損した。病気の時は休んで、頭が明瞭な時に仕事した方が能率があがってよい)・山野井氏(列車の中で、老人や小児が来て席を譲るのがおっくうだから座らずに立っている方が良いという人がいる。自分は空いていれば座り老人が来たら立ったらよいと思う)が発言。それに対して森田先生は次のように話しておられる。


 
「疲労の時は、休息すべきか、もっと働いてもよいか」とか「熱の出た時は、勤務しない方がよいか」とかいう問答も、みな同様の理想主義の型にはまったものである。こんなことは決して問題にはならない。強行軍のときには、ヘトヘトになっても、ついて行かねばならぬし、大地震の時には、大熱があっても、飛び出さなくてはならないという風に、周囲の事情によって変化するもので、決してあらかじめ公式をもって定めておく事はできない。

「くたぶれたときどうするか」ではない。その時々の自分の境遇に対するあるものに対して、目をとめる。私はこれを一般に、「見つめよ」といって教える。試験勉強の本なり・忙しい事務の書類なりに、静かに目をとめていさえすればよい。そのうちに、自然に自分の身体の状態に適応した精神活動が起こってくるのである。自己内省的に、まず自分の疲労の状態から、測量してかかるのではない。周囲の境遇に従って、心を外向的に、物そのものに向けるのである。  (白揚社:森田正馬全集第5巻 p.573-575


 
 「○○の時にはどうしたらよいか」とフローチャートを考え、マニュアルを作って準備するのは神経質人間が得意とするところであり、それによって失敗を少なくし仕事を円滑に進めることができる。しかしこれが行き過ぎると型にはまり過ぎて柔軟さを欠き「かくあるべし」に陥る。周囲の状況をよく観察し、臨機応変に行動していくのが森田式である。

2017年8月12日 (土)

神経質礼賛 1414.向日葵(ひまわり)

 通勤の途中、子供たちが通っていた小学校のグランドの西側の道路を通って駅に行くことがある。駅からわずか300mの場所にある学校だからグランドは公園を兼ねていて出入り自由であり、夏場にはホームレスが木にロープを張って洗濯物を干している光景に遭遇することもある。ともあれ、道路側には種々の花々が植えられていて、どの季節も通る人々の目を愉しませてくれる。この時期だから向日葵があるはずだが、と思って探してみたらあった。どの花も東側を向いているから道路側から見て気付きにくかったのだ。向日葵と言えば太陽の動きに合わせて東から西に向きを変えるものとばかり思っていたけれども、それはまだ生長途中のつぼみの頃の話であって、花が開いてしまうと、東側に向きを固定させてしまうという。

 小学生の頃、朝顔と向日葵は誰しも植えたことがあるだろう。どちらも理科の観察に適している。朝顔はツルを伸ばし、次々とつぼみを出しては咲いていく変化が面白い。向日葵は種を撒いて、双葉が出てきて四葉になり、いつしか自分の背を追い越して大きな花を咲かせるところに力強さを感じる。趣は対照的である。和と洋、曲線と直線、繊細と大胆といったところ。向日葵の花言葉は情熱、光輝、あこがれ、あなたを見つめる、などだそうだ。神経質人間としては、向日葵の元気を少し分けてもらおうか。

 向日葵の種は、小学校ではリスなどの小動物の餌にしていたけれども、人間の食用にもなる。食用油の材料としては大豆、菜種、綿実に次ぐ生産量なのだそうだ。ひまわり油はリノール酸を多く含んでいたが、最近の健康志向で、リノレイン酸を多く含むように品種改良されているとのことである。

2017年8月11日 (金)

神経質礼賛 1413.ルービンシュタイン

 今週の月曜日から木曜日の夜、NHK-FMで往年の名ピアニストでショパン弾きとして名高いアルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)の特集番組があった。ポーランド出身のユダヤ系ピアニストである。四晩のうち二晩は当直で全部は聴けなかったけれども、彼の大ファンだというピアニストの仲道郁代さんの解説もあり、大変感銘を受けた。80代の高齢になってもその力は衰えることなく、かえって進化しているのには驚く。ショパンの英雄ポロネーズのライブ録音を聴いて、とても感激した。こんな演奏を聴いたら誰しも立ち上がって「ブロボー!」と叫びたくなるだろう。

多くのピアニストは完全主義で神経質それも強迫的な傾向が強い。より完璧な演奏を目指して同じフレーズを何時間も練習したりする。名ピアニストにして作曲家のラフマニノフも神経質であり、うつ状態に陥ったことがあった(307話)。「ピアノの詩人」ショパンも神経質だったと考えられる(549)。その点、ルービンシュタインは異質だったとされる。2歳にして姉のピアノレッスンを聞いて、その曲を完璧に演奏したという。4歳の時の演奏を聴いた名ヴァイオリストのヨアヒムが感銘を受けて、偉大な音楽家になるだろうと予言した。そして7歳にしてピアニストとしてデビューした超大天才である。抜群の音感に加えて写真で撮ったような暗譜能力があり、若い頃、練習は大嫌いだったという。しかし、二十歳頃には行き詰って自殺を図ったこともあり、中年になって結婚してからは、このままではいけない、妻や子のためにもいい演奏をしなくては、と長時間の練習に打ち込むようになったあたりをみると、やはり強迫的なピアニスト気質であり、少なからず神経質傾向を持った人だったのだろうと思う。

毎年、国際的なピアノコンクールでは神童・大天才と呼ばれる若手ピアニストが次々と現れるが、皆が音楽史に名を残すほどの大ピアニストになれるわけではない。やはり強迫的で完璧主義の神経質を生かした人にだけ、ピアノの女神が微笑むのだろう。

2017年8月 7日 (月)

神経質礼賛 1412.電子カルテの時代

 病院を受診したら医師がせっせとパソコンに向かってカルテを入力している、という場面に出くわした方も増えていることと思う。病院や診療所では電子カルテ導入で紙カルテが消えつつある。患者さんの発言をたくさん書かなくてはならない精神科では導入が遅れていたが、精神科病院でも徐々に導入する流れになってきている。私の勤務先の病院も近々導入の方向で動き始めた。精神科病院の電子カルテシステムを開発した実績のある会社の担当者から説明を聞いたりデモ機を見学させてもらったりしている。

電子カルテ導入の恩恵を受けるのは事務サイドだろう。カルテは5年間保存が義務付けられているが、風邪やちょっとしたケガでかかることもある内科や外科と異なり、精神科は治療が長期にわたることも多く、障害年金申請の関係で20年とか30年前の受診状況の書類記入を求められることもあるため、事実上、半永久保存しなくてはならない。だから保管している外来カルテや入院カルテは膨大な量になり、管理する事務員は苦労している。外来患者さんでも長年通院している人のカルテは分厚くなってしまうため、分離して古い部分は別に保管することがある。それが電子カルテになってくれれば全く場所を取らず、探し出すのも容易になるし、行政から種々の統計調査データを要求された時にも集計がしやすくなる。また、カルテを医師・看護師・ケースワーカー・作業療法士・事務員など多職種で共有することが容易になる。しかし、メンテナンス費用がかかるし、導入する際の手間が大変である。そして最大の問題はカルテを入力する医師の負担である。今までは患者さんの顔を見て話を聞きながら、急いで書きなぐっていた。パソコンに入力するとなると、慣れた若い医師はいいとして、中高年の医師はキーボードとにらめっこになる恐れがある。特に新患さんの入力量は多いので、限られた時間で入力するのは厳しい。心配性の私としてはいろいろ気になるけれども、導入されたらされたで何とかやっていくしかない。「境遇に従順なれ」(828話)しかないのである。

2017年8月 4日 (金)

神経質礼賛 1411.カロリー「0」飲料に御用心

 海水温が高いこともあって今年は台風の発生が多い。そのため暑いだけでなく湿度が高い日が多く、不快指数も高い。熱中症を心配してスポーツドリンクを飲む方も多いことだろう。スポーツドリンクには低カロリーのものがあり、カロリー「0」を謳ったものもある。また、ついビールやチュウハイで一杯やりたくなるけれどもカロリーが気になるからカロリー「0」の飲料なら安心だと思って選んでおられる方もいるかもしれない。しかし、そうした飲料は本当に健康的なのだろうか。

 長いこと外来通院している男性患者さんが6年前、突然に肝機能が悪化した。アルコールは全く飲まない人である。その代わり、コーラ・ジュース類を多量に飲んで体重が急増し、本人も気になってなるべく低カロリーやカロリー「0」の飲料を選んで飲むようにしたようだ。特に「〇〇の紅茶」は好物で大きなペットボトルをまとめ買いして飲んでいた。すると、肝機能を示すGPTとγ―GTPが150位にまで上がってしまった。なるべく麦茶やほうじ茶にするように何度も注意したら肝機能は正常に戻った。翌年の春から夏にもまた同様のことが起き、注意して改善している。その後は本人も注意していて大丈夫である。コーラでなく紅茶だと、それもカロリー控えめとなれば健康的なイメージがあるけれども、実はアセスルファカリウムという人工甘味料が入っている。体内では代謝されないのでカロリー「0」なのだが、最終的には腎臓や肝臓の働きで体外に排泄され、その分腎臓や肝臓に負担をかけるとも言われている。彼の場合、肝機能が悪化する原因が他には考えられず、やはり人工甘味料が悪さをしていた可能性が高い。この甘味料は多くの食品や飲料に使われている。かつて用いられていた人工甘味料チクロやサッカリンに発がん性の疑いが出て、日本では規制がかかり(中国などでは現在も使用されている)、アセスルファカリウムの他、スクラロース、アスパルテームといった新しい人工甘味料が使われるようになった。いずれも通常の摂取量では毒性や発がん性はないとされているけれども、種々の有害性を指摘する報告もある。たまに飲む程度ならば影響はほとんどないだろうが、あまり摂取しないよう気をつけるに越したことはない。特に妊婦さんは控えた方が安心である。神経質な皆様方は商品を手に取って吟味されるのでトラブルに遭遇する危険性は低いかと思う。

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