フォト
無料ブログはココログ

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

2017年10月30日 (月)

神経質礼賛 1440.ワンポイント森田ホームページ版完成

 デイケアで行っていたワンポイント森田(1229話・1329)のまとめを病院ホームページに掲載してもらっている。今年の1月から毎月1話ずつ追加していき、今月で10回分が完了した。都会の精神科クリニックのデイケアだと、うつ病のため休職中の人のリワークに向けて森田療法的アプローチが役立っているという話も聞く。勤務先の病院のデイケアでは大部分の参加者が統合失調症の方であり、本来の森田療法の対象外ではある。しかし、程度の差こそあれ、森田療法の考え方はどんな人にも役立つ部分がある。理論的な定石書ではなく、気軽に読める「次の一手」集のようなものを目指して書いた。

 最終回のテーマは「(将来の)不安に悩む時」を取り上げた。自分自身の健康や家族の健康についての不安、将来の経済的な不安はどんな人でも抱えている。デイケアに参加しておられる方々に聞いてみても、「経済的に不安」「将来、先行きが不安」「病気が悪くなるのではないか心配」「人間関係のことで不安になる」などといった意見が出る。これは誰もが抱える問題である。生・老・病・死に根ざした不安はどうにもならない。

かつて「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば」と我が世を謳歌した藤原道長(413)も晩年は糖尿病による思われる網膜症など種々の身体症状に悩まされ、不安発作(パニック発作)が頻発していたらしい。最高権力者となり、子孫の繁栄も約束されており、何一つ不満なところはなかったはずだが、病と死ばかりはどうにもできなかった。彼は自ら建立した法成寺の九体の阿弥陀如来の手と自分の手を糸で結び念仏を唱えながら亡くなっていったと伝えられている。

東洋思想をベースに持つ森田療法の考え方は、不安を抱えながらも、死の恐怖に怯えながらも、生の欲望に沿って、少しでもよりよく生きていこうと行動する、というものであり、これは神経質人間に限らず多くの人にとって生きる指針となるだろうと思う。

2017年10月27日 (金)

神経質礼賛 1439.フラリーマン

 当直の次の朝、職員食堂で朝食をとりながらNHKニュースを見ていたら、けさのクローズアップということで「フラリーマン」の話をやっていた。仕事が終わってもすぐには家に帰らず喫茶店や家電量販店や書店などで時間を潰すサラリーマンのことを言うらしい。企業側からすれば残業代を減らして利益を高めたい。国からすれば「働き方改革」と称して働き過ぎをなくしている素振りを見せたい。そんな流れもあって会社から追い出された彷徨えるフラリーマンが増加しているのだそうだ。それに対しては特に子育て中の女性たちから「許せない」「いらいらする」と怒りの声が紹介されていた。休む間もなく次から次へ子育てと家事に追われている妻の立場から見れば、敵前逃亡同然の行為で許せないということになるだろう。一方で、早く帰ってこられても家事の邪魔になるという意見もあるようだ。これは、子供が大きくなっている、あるいはすでに進学や就職で出て行った、というような家庭の主婦の意見ではなかろうか。

 私の場合は、仕事が終わったらとにかく家に帰って重い気分から離れてほっとしたい、という心理が働いて、あまり寄り道はしない。週に1回、牛乳特売日にスーパーに寄って牛乳をまとめ買いして帰る。たまに、気になる本や雑誌があると、書店に寄って15分くらい帰りが遅くなる程度である。もう子供たちも家を出ているから、妻の方がフラリーウーマンしている。買物に行った街であっちに引っ掛かりこっちに引っ掛かりして私よりも帰宅が遅くなることがある。それから夕食の支度をおもむろに始めるので、私は邪魔にならないように自室に籠っているのである。

 番組の中では、毎晩残業と称して寄り道して帰っていたフラリーマン氏が妻と話し合い、週1回、夫婦で同じ所へ行くようになったということだ。その場所とは大人のピアノ教室。夫婦で連弾もする。そしてその日の夕食は惣菜で済ます。子育て中ではこんなにうまくはいかないかもしれない。しかし、残業だと偽ってフラリーマンしていたのでは夫婦の信頼関係によろしくない。アニメ「さざえさん」でもマスオさんの同僚アナゴさんは残業と称して麻雀で帰宅が遅く、奥さんから疑われるというような話があった。嘘をついてもバレるものである。フラリーマンは今始まったものでもない。使える時間が増えた分、家事を分担して早く済ませてたまには夫婦で映画を見に行くなんていうのもいいのではないだろうか。また、週1回曜日を決めて公認のフラリーマンになるという方法もあるのではないか。「かくあるべし」ではなく、夫婦で話し合って工夫してお互いにプラスになる方法を編み出していくのがよいだろう。

2017年10月26日 (木)

神経質礼賛 1438.ナート(縫合)

 医療関係者の間で使われるいわば業界用語にナートという言葉がある。ドイツ語のNahtからきていて、縫合(処置)のことである。研修医の時には転倒して頭部や顔面から出血している人の傷の縫合を随分したものである。医大生の臨床実習の時に練習はするけれども、誰が指導してくれるわけでもなく、いきなりぶっつけ本番でやっているうちに慣れてくる。

 最近は医療用のテープの良いものができて、それで傷の処置をして縫合しなくても良い場合が増えた。かれこれ5年以上縫合処置をしていなかった。今週の当直では、転倒して唇の端の部分に深い裂傷をきたして出血が止まりにくい人がいて、久しぶりに縫合処置をした。老眼のため見にくいし、しばらくやっていないと忘れていてちょっと時間がかかった。糸結びもどうだったかなと思い出しながらである。夏場にノーネクタイで済ませていると、ネクタイの仕方を忘れてしまうのと同じである。

 縫合の道具は、滅菌パックに入った針付きのナイロン糸、滅菌済みの持針器・ピンセット・ハサミなどがセットで用意されているのが普通である。20年以上前、愛知県内の某精神科病院で当直した時のことだ。夜中に「転倒して頭から出血している患者さんがいるのでナートお願いします。準備ができたらまた連絡します」と病棟から電話があった。頭部だと、傷周囲の毛髪を剃り落とす必要があるので、ちょっと時間がかかっているのかな、と思った。ところが30分経っても連絡が来ない。40分か50分位してからようやくまた電話が入り、病棟に行ってみて唖然とした。縫合用の絹糸と針、道具類それにゴム手袋まで煮沸消毒していたというのだ。処置用の滅菌手袋は本来使い捨てなのだが、何度も使われたゴム手袋は変色し伸びきってヨレヨレになっていて使いにくい。絹糸は煮えくたびれていて、せっかく縫っても結ぶ時に簡単に切れてしまい、何度も縫い直すハメになって往生した。家康誕生の地であるから、物を大切に使おうという精神が徹底しているのだろうが、これでは困る。今はその病院の院長は息子さんの代になったから、こんなことはないだろうけれども。

 笑い話ではない。どうかすると神経質も自分のローカルルール「かくあるべし」にとらわれて、この種のムリを押し通そうとすることがあるので注意が必要である。

2017年10月23日 (月)

神経質礼賛 1437.ヴォルガの舟唄(船引き歌)

 私が小中学生の時分は世界の民謡を聞くことがよくあった。学校の音楽の時間でも取り上げられていたし、中学の学生手帳と一緒に配布された同じ大きさの歌集には世界の民謡が載っていた。ダークダックスやボニージャックスが歌うそうした歌をテレビやラジオを通して聞く機会もあった。大人になったばかりの頃はまだ歌声喫茶や歌声酒場が残っていたけれども、今は世界の民謡を聞く機会はまずない。

秋から冬の季節になってくると、ロシア民謡が似つかわしい。トロイカ、カチューシャ、カリンカ、ともしび、一週間、黒い瞳などとともにヴォルガの舟唄が頭に浮かぶ。往年の名ヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーのSP復刻版に収録されているヴォルガの舟唄はもう1曲の美しい民謡をからめて編曲されたもので、ジャズ風の和音が混じり、とても魅力的な小品に仕上がっている。若い頃、その楽譜が欲しくて輸入楽譜をヤマハから二度注文したけれども入手できなくて諦めて、すっかり忘れていた。それが、今年になってネット上に著作権切れの楽譜を公開している楽譜図書館にあったのだ。うれしくなって、早速パソコンに楽譜を打ち込み、伴奏音源を作った。今年も病院のクリスマス会での演奏を頼まれているので、そこで弾く1曲になりそうだ。

 ヴォルガの舟唄は正しくはヴォルガの船引き歌であり、人や荷物を載せて川を下ってきた船を今度は人が陸から綱で引いて上流に戻す作業の時に歌われていたものを、作曲家バラキレフが採譜したものである。絵画の世界でもヴォルガの船引きを題材にしたものがあり、民衆の労苦と誇りを示していると言われている。

 今日の私たちの世界では船引きほどの肉体的な重労働はないけれども、精神的な重労働は少なくない。その日の仕事を考えると気が重くて、仕事へ向かう足も重くなる方もいることだろう。特に神経質人間はともすれば悲観的に考えがちである。それでも、ヴォルガの舟唄の訳詞「エイコラ エイコラ もひとつエイコラ」ではないが、気分はとりあえずそのままにして、一歩一歩進んで少しずつこなしていけば、仕事もだんだん片付いて行き、そのうち気分も晴れてくるものだ。なお、悲観するのは決して悪いことではない。楽観し過ぎては大きな失敗を招く。リスクを考え、ワーストケースを読み、そうならないようにしていく神経質さは必要なのである。

 

2017年10月20日 (金)

神経質礼賛 1436.アンガーマネジメントの講習会

 アンガーマネジメントについては、以前書いている(1296)。先週、院内の職員向け講習会で外部講師を招いて「アンガーマネジメントに学ぶ患者対応術」という講義を聞いた。まずは自分の怒りのタイプを知ろう、ということで、1、2分でできるごく簡単な検査を行い、①熱血柴犬タイプ、②白黒パンダタイプ、③俺様ライオンタイプ、④頑固ヒツジタイプ、⑤慎重ウサギタイプ、⑥自由ネコタイプのいずれに当たるかを調べる。私は検査をするまでもなく、①熱血柴犬タイプであり、自分が正しいことや正義を重んじるタイプゆえ、他の人が間違った事をしていると気になって仕方がない上、必要以上に介入して、事を荒立ててしまうという特徴がある。怒りを軽減するためのアドバイスとしては、「見なくていいものは見ない」「正しさにこだわり過ぎない」「他の人を尊重する」なのだそうだ。自分の怒りの段階を点数化して客観的に評価した上で、認知療法的に偏った見方を修正する手法の説明があり、さらに、医療現場で職員が患者さんの怒りに直面した時の対処法についての話があった。例えば、外来待合室で待っていた患者さんが、「待ち時間が長い」と受付で怒鳴っている場合の対応では、「順番に対処しています」という医療機関としてすべての患者さんに対して平等に対処する義務があることを伝えた上で「あなたの気持ちも立場も苦しさもよくわかります」と理解を示すのがよいとのことだ。

私の外来患者さんにも「待てない人」がいる。診察待ちが20分位で受付に「もういい!」と一言怒鳴って帰ってしまう。これだけ短気だとアンガーマネジメントの対処法どころではない。この人はどこの職場でも対人トラブルを起こしてすぐ辞めてしまう。就職の面接では採用になることが多く、それなりに能力はある人なのだが、実にもったいない。短気は損気の見本のような人である。かく言う私自身、怒りの沸点は年齢と共に少しずつ上がってはきたが、まだまだ怒りやすいと反省している。アンガーマネジメントも一つの対処法ながら、森田正馬先生の「感情の法則」(247442)を駆使してさらに沸点を高めるようにしたい。

2017年10月16日 (月)

神経質礼賛 1435.大腿骨骨折リスク

 13日のニュースで大腿骨骨折の発生率が「西高東低」であるという骨粗鬆財団の研究発表が紹介されていた。高齢者では転倒した際に大腿骨頸部骨折をきたしやすく、手術が必要になったり、それが原因で寝たきりになってしまったりすることがある。勤務先の病院の入院患者さんでも、年に1人か2人、転倒して大腿骨頸部骨折をきたして転院する人がいる。最も発生率が高いのは男性の場合1位沖縄県・2位長崎県・3位和歌山県、女性の場合1位兵庫県・2位和歌山県・3位沖縄県であり、逆に発生率が低いのは男女とも1位秋田県・2位青森県・3位岩手県なのだそうである。高い県と低い県では2倍前後の違いがある。これだけ大きな差が出ている原因は食生活にある可能性があり、発生率が低い地域では骨を作るのを助けるビタミンKを含む納豆の消費が多いのも影響しているのではないか、とのことだ。納豆信者の人たちをますます喜ばせる話であるけれども、納豆だけでこれほど大差が出るとも考えにくい。魚などからのカルシウム摂取量、普段の歩行量などいろいろな要素も関係しているような気もする。

 かつて健康長寿を誇った沖縄県が最近では寿命も短くなり今回の研究でも大腿骨骨折発生率が高いという結果になってしまったのは残念である。海藻・魚・野菜・豆腐を多く摂る伝統食が健康長寿の源だったようだが、最近では肉食が多く魚を食べなくなり、どこへ行くにも車で移動のため歩行量不足、というあたりに問題がありそうだ。

 食べ物に気をつけ、こまめに歩き回っている神経質は低リスクかもしれない。

2017年10月13日 (金)

神経質礼賛 1434.コーヒーの香り

 朝、出勤すると通路にコーヒーのいい香りが漂っている。先月、本格的なコーヒーの自動販売機が設置されたためである。豆を挽いて作る機械で、エスプレッソやカプチーノなどが楽しめる。朝の仕事前に1杯飲んで気合いを入れる人もいれば、昼食後に飲んで休息する人もいる。1杯50円ながら原価は90円するそうで、不足分は福利厚生費で賄っているらしい。私はそれほどコーヒー党ではないけれども、香りに誘われて時々飲んでいる。カプチーノやカフェラテを選ぶと、最初にミルクだけが出てくるので、ちょっと心配になるが、その後おもむろに濃いコーヒーが注がれて出来上がる。味も香りもなかなかである。100円玉が使えない機械なので、いつでも飲めるように50円玉を集めて用意しているのは神経質ならではである。

 私はコーヒーの味にはさほどこだわらない。少し酸味を感じる方がいいかな、という程度だ。ただ、香りはしっかりしているのがよい。だから、喫茶店で頼むのは夏でも冬でもホットのブレンドコーヒーである。コーヒーの香りを意識したのは3歳の頃だ。街のヤマハ音楽教室に通っていて、その近くに確か「ラ・メール」という名前の喫茶店があって、いつも前を通るといい香りがして、子供心に「何の匂いなんだろうか」と気になった。この記憶は、ラヴェル作曲「ボレロ」の冒頭のフルートの旋律となぜか一体になっていて、これから素敵なことが起こるのではないか、というあこがれの気持ちを呼び起こす。もっとも初めて飲んだのはインスタントコーヒーで小学校4年の時。喫茶店のコーヒーに至っては高校生になって弦楽合奏部の先輩に連れられて名曲喫茶「白鳥」に行ったのが最初であるから、かなりオクテである。

 コーヒーの香りには、気分をリラックスさせる効果と集中力を高める効果がある。ただし、豆の種類によって差異があるそうで、豆の種類と脳波の変化の関係を調べている研究者もいる。私にとっては、どれもいい香りに思える。換気扇からタバコの煙の臭いがするような喫茶店には絶対に入らない。せっかくのコーヒーの香りが台無しである。

2017年10月 9日 (月)

神経質礼賛 1433.ザクロ

 休日には母の所へ食材を買って届けたり、清掃をしたりしている。昨日は、とても天気が良かったので、タオルケットなどを自宅に持ってきて洗濯して、夕方、届けに行った。母は何度か路上で転倒してケガをしてから、近頃は全く外出しなくなってしまっている。その分、私の仕事が増えているわけである。

 現在の母の住居までは歩いて5分。途中の公園にはススキが生えている。急に秋らしくなってきた。近くの古い民家の石塀の上に鮮やかな赤や黄色のボール状の実を付けた木があってとても目立つ。一体、何の木だろうか。スマホのカメラに撮っておき、母に見せる。「ああ、これはザクロ。私もまだボケちゃいないよ」と。口だけは達者である。

 店で売られている果物のザクロは赤黒いような色の印象がある。庭木のザクロは観賞用で、実は酸味が多く、食用のザクロはカリフォルニアやイランから輸入されているらしい。ひと頃、女性の更年期障害に良いなどと言われて流行った時期があったが、エストロゲンは微量であり効果は期待できないとわかってブームは下火になっている。

 街中でも、公園のススキや鮮やかな色のザクロの実を見て秋を感じることができる。スマホを手に「下を向いて歩こう」の人が増えているが、実にもったいないと思う。神経質も一つのことにこだわり始めると他に目が行かなくなる。四方八方に気を配って神経質を活かして行こう。

2017年10月 6日 (金)

神経質礼賛 1432.ジャケットのベンツ

 朝、駅の上りエスカレータで私の前にいた男性が突然、一段後に下りてきた。間を二段空けていたから実害はなかったけれどもちょっとヒヤッとした。30代位の人でスマホに夢中になっていたのだろうか。後姿を見ると、ジャケットの後ろのベンツの「しつけ糸」が付いたままである。よほどウッカリ者なのだろうと可笑しくなる。電車に乗ってから、ハテ、よく言われるベンツってどういう意味なのだろうかと気になり始める。まさか、車のベンツと関係ないだろうなあ、などとどうでもよい考えが浮かぶ。知りたがりの神経質ゆえ調べてみる。

 ジャケットの裾の後ろに切れ込みが入っているとセンターベンツ、両側に入っているとサイドベンツと呼ばれている。vent(s)はフランス語で風(通気)を意味するのだそうで、元は、乗馬服から始まったらしい。切れ込みが入ることで、乗馬時に裾が突っ張らず見た目もきれいになる。剣を抜きやすくするためという説もある。日本の武将の鎧の腰回りも、草摺(くさずり)という部分が前後左右の4パーツからできていて、前後の最下部はさらに二つに分かれていて、馬に乗った時、降りた時、どちらでもフィットするようにできている。これもベンツなんだと妙に感心する。

 ventを英和辞典で引いてみると、①(気体・液体などの)穴、通気孔 ②(感情・精力などの)はけ口などとあり、さらに動詞としては、(怒りなど)を人や動物に向けて爆発させる・発散させる・ぶちまける、といった意味が書かれている。通気を良くしておくことはいいが、怒りを人にぶつけたり怒りにまかせて物に当たったりするのはよろしくない。ますます怒りの連鎖を招きかねないし、後で自分にはね返ってくることになる。森田先生が言われた感情の法則(442話・拙著p.187)にあるように、時間が経てば嫌な感情は自然に薄れていく。感情はそのままにして、目の前のやるべきことをやっていれば、流れゆく雲のように、気が付いたら見えなくなっているものだ。

2017年10月 2日 (月)

神経質礼賛 1431.赤オクラ(紅オクラ)

 買物から帰って来た妻が「面白いものがあった」と上機嫌である。珍しい赤いオクラを買ったのだという。さて、夕食に出てきたのは茹でて刻んだオクラの上に削り節がのった「いつものアレ」なのだが、色は、と言うと「?!」である。くすんだ緑色。これでは、かえって普通のオクラの鮮やかな緑の方がきれいである。「茹でたら色が変わっちゃった」とすっかり御機嫌斜めである。表面の赤い色素が熱で変性してしまったのだろう。元の赤い状態を見せてもらわなかったのは残念だ。

 赤オクラ(紅オクラ)についてネットでしらべてみると、やはり、茹でると変色してしまうと書かれている。生食用だということだ。ちなみに普通の緑色のオクラも生食可能なのだそうである。サラダに赤と緑の両方のオクラを入れると面白いかもしれない。

 私のような神経質人間だと、新しい物を見てもすぐには飛びつかない。「今だけ千円」とか「今ならもう一つお付けします」といった殺し文句の通販CM商品にも手を出さない。よく調べ、周囲の評判を聞いて情報を集めて、どうしようかと考えてから、オズオズと手を出すのが常である。だから、面白味に欠けるかもしれないが、大ハズレを引くことは少ないのである。

« 2017年9月 | トップページ | 2017年11月 »

最近のトラックバック

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31