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2018年1月 2日 (火)

神経質礼賛 1462.AI(人工知能)面接

 一昨日、大晦日の毎日新聞第一面の「縮む日本の先に AIと生きる」というテーマの記事を読んで愕然とした。就職面接にAIが使われ始めたという話題だった。学生は自宅で面接が受けられるので、何社も走り回って疲弊することもないし、面接者の好き嫌いが入らず公平でいいという意見もあるようだ。企業側は面接要員や会場の確保が不要になって採用コスト削減できるし、統計データを元に離職する可能性の高い人物を排除して離職率を低減させることが可能になる。さらに社会面には、ある病院での定期的な職員に対するAI面接の様子が書かれていた。

 記事を読んで、ここまで来ているのかと驚いた。AIはものすごい勢いで進歩し、普及しつつある。AIが将棋や囲碁のトップ棋士に勝ったというのはつい最近の話だ。おそらく5年後、10年後には私たちの日常生活のあちこちにAIが入り込んでいるのは間違いない。

医療の世界も例外ではない。画像診断、検査データの判断は今すぐAIに置き換わってもおかしくない。最初は診察補助のような形でAIが入ってきて、最後はAIによる診断・治療というようになっていくだろう。精神科でもすでに行政の強い「指導」によりICD(WHOによる診断基準)による操作的診断法が主流になっているから、AI面接で診断し、ガイドラインに従った薬を処方するようになる。難治例は遺伝子診断からその人に適合した薬剤選択をする。認知行動療法もAI化しやすいだろう。

最後までAI化できずに残るのは森田療法の根本部分(生き方を含んだ教育的な面)だろうか。神経質を活かしている指導者の薫陶を受けて精神的に成長し、生き尽くす・・・生を全うできるようにするのが、森田療法の隠された最終目標だと私は考えている。こればかりは生身の人間でなければできない。もっとも、現代の森田療法ではこの部分はすっかり形骸化してしまった。形外(こころ)を忘れては、認知行動療法と一緒くたにされてAIに埋没してしまうのは時間の問題である。

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