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2018年2月12日 (月)

神経質礼賛 1475.ただ見れば何の苦もなき水鳥の

 月に1回行われていた形外会は森田正馬先生の自宅兼診療所で開催されることも少なくなかった。森田先生にとってホームグラウンドではあるけれども、その日は何かと気がもめていたそうである。自分は神経質だから些細なことも苦になるが、人は何でも気楽にできるからいいなあ、と差別観で物事を見がちな患者さんたちに対して、次のように注意しておられる。


 さて、私が形外会の日には、昼も晩も食欲が出ない。また少々頭痛もする。それはなんとはなしに、気がもめるからである。皆さんから見れば、呑気にでたらめの事をいっているように、思われるかもしれぬが、そこがやはり「ただ見れば何の苦もなき水鳥の足にひまなき我思ひかな」であります。なお一般の講演という事になれば、下調べもでき、腹案に従って、順序も立つけれども、座談会では、どんな話題にぶつかるかわからぬ。皆さんの話を聞き逃してはならない。耳は遠くて、皆さんの声が低い。なかなか気がもめる。講演は型にはまって、自分の好きなようにやれるけれども、こちらは丁度、柔道の乱取り、撃剣の仕合で、あるいは他流仕合のようなものである。どんな質問が横合いから飛び出さぬとも限らぬ。なかなか骨が折れる。食が進まぬのも、決して無理ではない。気が小さいとか、取越苦労とか、神経衰弱だとか、そんな事をいって、こぼすにも当たらぬ事である。当然の事である。皆さんもよく気をつけて、このような事をいちいち病気でもあるかのように、こぼして、私にダダッ子をいわぬように、していただきたいものであります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 
p.225-226


 この短歌は、あの黄門様・徳川光圀の作だという。水鳥は何の苦もなく気楽そうに見えるが、絶えず忙しく足を動かしているのだ。私も皆から見れば気楽そうに見えるかもしれないが、見えないところで気を配り努力しているのだよ、と短歌に託して部下にチクリと注意を与える黄門様が目に浮かぶ。まさにTVドラマ「水戸黄門」の主題歌「ああ人生に涙あり」冒頭の「♪人生楽ありゃ苦もあるさ」の通りである。楽だけの人生はない。誰もが苦しみながらも行動しているのだ。グチをこぼしても始まらない。苦楽共存
(200)である。

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