神経質礼賛 1493.ヒゲの心理
長く入院している患者さんの中には週2回の入浴を嫌がる人がいて、時々、看護師さんから説得を頼まれることがある。「言いつけやがったな!」と怒りながらも何とか入ってくれことがほとんどだ。無精ヒゲを剃ろうとしない場合にも説得を依頼されるが、こちらは効果が薄い。もちろん、ヒゲを剃ろうと剃るまいと自由であって、剃ることを強制はできないけれども、他の(特に女性の)入院患者さんたちが怖がるし、剃らない人は概して不潔になりやすい人なので、「ヒゲを剃ってサッパリしようね」と度々声をかけることになる。
ヒゲを伸ばす心理としては、一般的に、男らしく強く見せたいという願望があると言われている。また、自信のなさを打ち消すための行動ともみられる。幻聴や思考伝搬や被害関係妄想などの精神病症状のある人だと、サングラスやマスク(1453話)や帽子と同様、自我境界を強化する防衛手段の一つという可能性もあるだろう。さらに文化的なものもあって、イスラム教やユダヤ教を信奉する人々はヒゲを伸ばしているから、中近東に出張する男性の場合、現地の人との交流の必要からヒゲを伸ばす、ということもある。私の学生時代は、ヒッピー文化の影響から長髪に無精ヒゲという姿を見かけたものだ。権力には従わないぞ、という意思表示である。当時、W大近くのグランド坂に「ひげの九二平」という私のような貧乏学生のサイフにやさしい酒場があって、「まずい焼鳥 水っぽい酒」という暖簾を掲げていた。店主がヒゲを生やしていたかどうか記憶はないが、とても美味しい焼鳥やドジョウ串焼が出てきたから、「卑下の九二平」だったのかなあ、と勝手に思っている。
森田正馬先生の写真には立派な口ヒゲを生やしたものが多い。ただし、亡くなる前年に患者さんに乳母車を押してもらってそれにちょこんと乗って傘をさして笑っている写真ではヒゲをきれいに剃っている。森田先生が教えを受けた偉大な精神医学者・呉秀三東大教授も口ヒゲを生やした写真が残っているし、精神神経学会で激しい論争をした相手・精神分析の丸井清泰東北大教授はチョビヒゲである。当時の大学教授はヒゲが珍しくなかったのだろう。現代の大学教授でヒゲを生やしていると、変わり者と目されやすい。
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