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2018年7月 2日 (月)

神経質礼賛 1521.不潔恐怖だった森鷗外

 森鷗外(1862-1922)というと、どんな作品を思い浮かべるだろうか。私の世代では、高校の現代国語の教科書に取り上げられた『舞姫』を思い出す人が多いだろうと思う。これは鷗外自身をモデルにした小説だと言われる。主人公はドイツ留学中に美少女エリスと恋に落ち同棲するが、結局は出世のためにエリスを捨てて帰国する、というストーリーである。実際、鷗外の帰国後、ドイツ人女性が鷗外を追って来日するという事件があり、今日でも、その女性が誰でどんな人物だったかが議論されている。


 私は小学校3年の時に父の転勤のため横浜の高島台という所に引っ越した。当時は横浜港全体が見渡せた。転校した小学校でまず覚えたのが森林太郎(鷗外)作詞の横浜市歌だった。「♪わがひのもとはしまぐによ」で始まる文語体の詩で、栄えゆく港町横浜をうたったものだ。だから、鷗外というとまずこの歌を思い出してしまうのである。


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620日に放送された「偉人たちの健康診断」は森鷗外の話だった。鷗外は作家である前に元々陸軍軍医であり、ドイツに留学して著明な細菌学者コッホの指導も受けた。分解能が高い最新の顕微鏡で種々の病原菌を観察してとてもショックを受け、それ以来極度の潔癖症になってしまったという。不潔恐怖の作家ということでは以前書いた泉鏡花(628)がいるが、鷗外も負けてはいない。野菜は必ず火を通してから食べ、果物ですら加熱して食べていた。自分の子供が不潔な物を触りはしないかと常に心配していたそうだ。


 しかしながら、不潔恐怖のために実生活に支障をきたすことはなく、軍医として最高位にまで出世し、作家というもう一つの自分を上手に使い分けていたのは、神経質性格を活かしきったからとも言えるだろう。

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