神経質礼賛 1534.正露丸
入院患者さんが「正露丸を飲みたい」と言うことがある。薬の誤用や処方薬との相互作用が問題になることもあるので、入院中の人は正露丸などの胃腸薬、解熱鎮痛薬、目薬などの市販薬の持込みはお断りしている。「どうしてダメなんだ」となかなか納得してくれない人もいる。もっとも、開放病棟で森田療法を受けている患者さんだと、使い慣れた薬をこっそり持ち込んでいることはありうる。
正露丸ほどロングセラーとなっている薬はないだろう。これを普及させたのは、あの森林太郎(森鷗外:1521話)である。主成分の木(もく)クレオソートには殺菌作用があると考えられていた。陸軍軍医だった鷗外は脚気の原因が細菌だと信じていたから、正露丸の殺菌効果に期待して、脚気対策として予防的に兵士たちに服用させていた。脚気には効果はなかったものの、兵士たちの水当たり・腹痛・下痢の薬として広く役立ち、一般にも広がった。かつては士気高揚のため「征露丸」とされたが、第二次世界大戦後は「正露丸」になっている。一時は『買ってはいけない』という書籍で「クレオソートは枕木や電柱の防腐剤であり、劇薬である」と非難されたことがあった。しかし、これは石炭(コールタール)から作られる工業用クレオソートとの混同で、誤った見解である。なお、正露丸の作用は殺菌効果ではなく、主として腸内の水分調整作用にあることがわかっている。最近ではイカやサバなどの刺身による寄生虫アニサキス症の症状軽減作用も言われて、改めて注目されている薬である。
私も子供の頃は正露丸を飲むことがよくあった。父の職場の健康組合から、何年かに一度もらう救急箱のセットの中に、必ず正露丸が入っていたからである。大人になってからは処方薬しか飲まなくなったけれども、考えてみれば正露丸は確かによく効いていた気がする。もっとも、私が腹痛や下痢に悩まされるのは、精神的に強いプレッシャーがかかった時と、腹が冷えた時である。多くは胃腸神経症だったかもしれないから、正露丸の独特の匂いをかいだだけでもプラセボ効果があったのだろうと思う。
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