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2018年9月21日 (金)

神経質礼賛 1548.他者との比較

 18日付朝日新聞デジタルの記事に面白いものがあった。「サルも気にする?ライバルとの差 うつ病研究に応用も」と見出しが付いた、生理学研究所(岡崎市)の研究発表の記事である。2匹のニホンザルに図柄を見せてからジュースを飲ませる実験で、自分の方にジュースが得られる確率が高い図柄が出ると期待が高まることを示す口の動きがあり、大脳の内側前頭前野から中脳のドーパミン細胞に情報が伝わっており、脳内のドーパミン細胞の活動が活発になっていた。一方、相手の方が確率の高い図柄が出た場合にはそうした動きがみられなかった。ちなみに相手がサルでなく物体だった場合にはこうした変化はなかったそうである。今後、内側前頭前野やドーパミン細胞の機能解明を進めれば、うつ病の病態を明らかにできる可能性があると結んでいる。


 他者と自分とを比較して自分が勝っていると喜び、劣っているとガッカリする、というのはすでにサルの段階からあったのだろう。それは集団社会の中でうまく生き延び、自分の子孫を残していく上で必要なことだったのかもしれない。

 特に神経質人間の場合、自分を他者と比較して自分はダメだと悩み、劣等感を抱きやすい。完全欲が強く要求水準が高いためであるのだが、根本にはよりよく生きたいという強い生の欲望がある。ダメだと思って投げ出してしまっては本当にダメになるのだが、ダメで元々、少しでも良くしようと生の欲望に沿って、コツコツと行動を重ねているうちに、人並以上の結果がついてくるのだ。森田正馬先生は次のように言っておられる。


 「自分は頭が悪い、読書が少しもできぬ」と苦しむ人が、学校成績は一番になったりする事もあるように、およそ神経質は、何事につけても、いわゆる劣等感で、自分の悪い方面ばかりを考えるものであるから、事実においては、神経質は常に善良優秀なる人であるべきである。これがすなわち我々が、神経質に生まれたという事を感謝すべき事柄であります。これに反して、ヒステリーとか・意志薄弱性素質とかの人は、常に自分のよい面ばかりを考えて、独り得意になっているから、丁度神経質と反対になります。(白揚社:森田正馬全集第
5巻 p.432-433


「常に自分のよい面ばかりを考えて、独り得意になっている」は政治家や上級官僚に多いと思うのは私だけだろうか。たまには正直で神経質な人が上に立ってほしいものだ。

2018年9月17日 (月)

神経質礼賛 1547.水漏れトラブル

 先週金曜日の朝、自宅トイレの水槽に水が溜まらず水が漏れっぱなしになるトラブルがあった。いろいろやっても直らない。止水ネジは固くてドライバーで回そうとしても歯が立たない。とりあえず応急処置として、タンクから水が出て行くところのゴムパッキングが上がらないように固定し、朝9時を過ぎたら住宅会社のメンテナンス担当部門に電話するように妻に頼んだ。幸い、その日のうちに修理してもらえた。止水用ゴムパッキングの劣化によるものだった。自宅は2階と3階にトイレがあって、普段は2階しか使っていない。心配性の私が歳を取った時のことを考えて3階にもつけておいたのだ。これがもしトイレが1カ所しかなかったらとても困ってしまうところだった。


 水回りのトラブルで多いのがトイレの詰まりと今回のような水漏れだろう。古い実家の水漏れは私がホームセンターでゴムパッキングを買ってきて交換して直したことがある。水道の漏れも、蛇口のコマを自分で交換したことがある。最近では水漏れトラブル修理の業者がポストに電話番号を書いたマグネット板を入れていく。こうした業者はボッタクリもあるので注意した方が良い。以前、トイレの詰まりで母がそうした業者に連絡したところ、よくある吸盤でプシュプシュやってすぐ直っただけで
1万円を要求されたことがある。しかも領収書も寄こさなかったと母は怒っていた。年寄の一人暮らしだと思うと、そういうことをする業者もあるのだろう。地元の大手ガス会社でも水回りトラブルに対応してくれるようなので、今度そういうことがあったらそこへ連絡するように言っておいた。トイレのトラブルとなると早く解決しなくてはならないが、あわてて怪しげな業者を呼ばないことである。

2018年9月14日 (金)

神経質礼賛 1546.ブラックアウト

 医療分野ではブラックアウトと言えば意識消失とか記憶喪失のことを言う。アルコールを飲み過ぎて何を言ったか何をしていたか記憶がない、というものも含まれる。英和辞典を見るとそれより先に灯火(報道)管制、停電という意味が書かれている。先週の北海道大地震以来、大停電を意味するブラックアウトという言葉が急に使われるようになった。


 震源地に近い厚真町にある苫東厚真火力発電所の3基のうちの一つから出火して緊急停止。ここは北海道最大唯一の基幹火力発電所だった。それというのも北海道電力は泊原発に依存していて、火力発電所は老朽化して稼働をやめ新たな火力発電所は作っていなかったという事情がある。トラブル発生時には発電機を保護するため一部地域の電力供給を一時止める対策を取るが、うまくいかずに連鎖反応が起きて、結果的には北海道全体が停電するブラックアウトに陥った。現在、停電はほぼ解消されたが、電力不足は深刻で、苫東厚真発電所の復旧は
11月になるという。市民生活や企業活動には深刻な影響が見込まれる。


 今回のブラックアウトは、災害時には直接被災した地域だけでなく、遠く離れた地域でも長時間の停電が起こりうるということを示している。現代人の生活は電気にすっかり依存している。家庭や企業の電力が止まったら、電車や地下鉄が動かなくなったらどういうことになるかを思い知らせた。若い人たちが体の一部のように使っているスマホも充電池が切れたらアウトだし、その前に中継局の電源が切れて電話やネットが使えなくなる。マンションでは停電により水もストップして同時に断水が起きる。電子カルテを導入した病院が多くなっているから、医療にも大きな支障をきたす。


 私が住んでいる県内でも、このところ家電量販店や百円ショップで乾電池の売上が伸びているそうだ。災害時の情報源はラジオである。長期の停電時には充電式でない懐中電灯も必需品となる。災害用の水や食料とともに乾電池も忘れずに備えておきたい。用心するに越したことはない。

2018年9月12日 (水)

神経質礼賛 1545.不安心+用心=安心

 静岡駅北口の地下に、さくらももこさんが今まで静岡市PRのために描かれたイラストを集めた大きなパネルが新たに設置された。「さくらももこさん たくさんの思い出をありがとう」と書かれている。イラスト原画は近く市役所に展示されるという。

さくらさんが乳がんのため亡くなられたことから、県内では乳がん検診の予約が大幅に増えているそうである。忙しい中、検診を受けるのは大変なことだけれども、早期発見・早期治療により、一人でも乳がんで亡くなられる方が減ってくれれば幸いである。

三島森田病院に保管されている森田正馬先生の色紙の中に「不安心は用心の安心にして 失敗は改良の喜びなり」というものがある。不安がなかったらどんなに楽だろう、と思う方もいるかもしれないけれども、不安は決してなくならないし、生きていく上で必要不可欠なものでもある。私たちは病気が心配だから検診を受けるし摂生もする。そして将来が不安だから貯金したり保険に入ったりする。交通事故に遭わないように安全運転を心掛ける。そうした用心をすることで、悪い事態が起きないように、仮に起きたとしてもカバーして損害を小さくすることができる。もし、全く不安を感じなくて用心をせずに無謀なことばかりやっていたら、健康を損ねたり、経済的に破綻したり、事故を起こしたりして、命がいくつあっても足りない。特に不安に対する感度が高い神経質人間としては、不安を活かして用心し、よりよく生きていきたいものである。

2018年9月10日 (月)

神経質礼賛 1544.サイレントバイオリンが壊れた

 病院のロッカーにサイレントバイオリンを置きっぱなしにしてあった。久しぶりに弾いてみたら、音がビリつく。こういう時によくあるのは音の微調整をするアジャスターのネジが緩んでいる場合だが、そうではなかった。よく見ると、弦を張っているテールピースという部品にヒビが入っているではないか。完全に割れてしまうのは時間の問題である。普通のヴァイオリンならばテールピースは黒檀やツゲなどの木で作られた部品で割れることはないし、取り換えができる。しかし、サイレントバイオリンの場合は本体に直付けされたプラスチック製なので、これが破損したらアウトである。買って16年経っているから経年変化でやむを得ないのだろうか。


 同じYAMAHA製でもサイレントバイオリンより廉価版のC国生産のエレキバイオリンに買い替えることにした。どうせなら、ということで5弦の
YEV105NTという機種を選んだ。通常のヴァイオリンの4本の弦にヴィオラの一番低い弦が加わったものだ。ヴァイオリンとヴィオラのレパートリーが両方とも弾けるメリットは大きい。もっとも5弦になった分、指版の幅が広くなるから少し弾きにくくはなる。


 エレキバイオリンはサイレントバイオリンと異なり電子回路はなく、駒に内蔵されたピックアップの信号をそのまま出力するだけである。残響を付けるような機能はない。そして、出力信号が弱い(インピーダンスが高い)ため、小型スピーカーやオーディオアンプのAUX端子に接続して使うと十分な音量が出ない。それは承知の上だった。かつて子供がエレキのベースをやっていたので、そのギターアンプに繋いでみる。が、全く音が出ない。いろいろなアンプに繋いでも同じである。販売店と交渉してメーカーに点検修理に出すことになった。メーカーが言うには「異常ありません」。そんなはずはない、と食い下がると「初期生産品なので念のため部品を交換しておきます」ということになった。それから
1カ月以上経っても返送されず、何の連絡もないので業を煮やして再度メーカーに連絡してみると、どうやら販売店でストップしていたらしく、翌日に慌てて返送されてきた。今度はバッチリ音が出る。特に、アンプの音量を上げると、ヴィオラ音域の低音が大迫力で鳴り響く。いろいろ手間と日数がかかったけれども、結果オーライ、まあ良しとしよう。

2018年9月 7日 (金)

神経質礼賛 1543.おいあくま

 先週のNHK歴史ヒストリアを録画しておいたものを見た。武田信玄の一代記とも言える甲陽軍鑑がテーマだった。この書は長年、江戸時代に作られた偽作とされていた。地道で丹念な研究から使われている言葉が戦国時代末期より古いことを明らかにし、甲陽軍鑑が信玄の家臣が作らせた真作だったことを証明した、国語学者の酒井憲二さんについても紹介されていた。酒井さんは、弟子さんたちに心掛けることとして「おい、悪魔ちゃん」ということをよく言われていたそうだ。おこるな・いばるな・あせるな・くさるな・まけるな、の頭文字を並べれば「おいあくま」になる。

 私は初めて聞く言葉である。元は誰の言葉なのだろうか。ネット検索で見ると、有名な禅僧が言っていたり、社訓にもなっていたりするようだ。曹洞宗の祖・道元の言葉という話もあるが、本当のところはわからない。

  それにしても、なかなかいい言葉だと思う。「怒るな」から始まるのは大隈五訓(288)と同様である。それだけ、怒りのコントロールは重要なのである。私のように頭が呆けかかってくると、一つずつ何の頭文字だったかなあ、と思い出しているうちに時間が経って、自然に怒りの感情が消褪する効果も期待できよう。小心者の神経質人間は威張ることは少ない。威張って嫌われるのは自己愛が強い人である。あせるな、くさるな、まけるな、の三つは、すぐ悲観して凹みやすい神経質人間にピッタリだ。神経質は粘り強いので、ダメで元々、というつもりで気分はともかく行動していれば、いつしか道は開けている。

2018年9月 3日 (月)

神経質礼賛 1542.背水の陣(2)

 現代の森田療法はソフトになり、治療者もすっかり柔らかくなった。症状を訴えれば「大変でしたねえ」と労ってくれる。森田正馬先生や鈴木知準先生、あるいは私の師であった大原健士郎先生のように叱ることはなくなった。でも、何か大切なものが欠落してはいないだろうか。森田療法の大切な屋台骨である「不問」はすでに崩落しかかっている。「問うても不問」(850話)・「半不問」(1207話)という方法もあるのに、である。そして、できるのにやらないで避けている人の背中を押してあげることもしなくなった。


 
 以前、383話に「背水の陣」について書いた。そこには森田先生が形外会で語られたものを引用しているが、他にもあるので紹介しておこう。


 
 さて、書痙なり・そのほかの神経質の症状の治るには、背水の陣という事が最も必要な事です。背水の陣というのは、兵法で敵前に、川を後にして陣をしいて、逃げる事のできないようにする事です。退却する事ができないと確定すると、突進して血路を開くほかに方法が尽きてしまう。鼠一匹でも、正面からパッと飛びかかって来ると、たいていの人が身をかわすものです。必死の勢いで突進して行けば、必ず血路は開ける。これを必死必勝といいます。「窮すれば通ず」といって、神経質の症状は、みなこの心境になりさえすれば、必ず全治する事ができます。(白揚社:森田正馬全集 第5巻p.687

 
 森田先生は、やればできるのに恐怖突入できないでいる人に対してここぞというところで背中を押された。そこで仕方なしに背水の陣の覚悟で突破して劇的に良くなるのだ。まさに「砕啄同時(啐啄同時)」(
440話)である。こういうことは現在ではなくなった。

2018年9月 2日 (日)

神経質礼賛 1541.やわらか森田

 1日と2日、森田療法学会が法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎を会場として開催された。例年、学会は10月後半か11月に行われていて9月の最初というのは異例である。大学施設の夏休み期間を利用するためだろうか。ともあれ、交通の便が良く、設備も充実しているのはありがたい。私は日帰りで1日だけ参加して講演や発表を聴いてきた。


 今回の会長は女性心理士の先生であるから、ポスターや抄録集表紙も今までとはうって変わってソフトで女性ウケしそうなものになっていた。テーマも「やわらかに生きる」である。森田療法も近年はすっかりやわらか森田になった。森田療法の裾野が広がることは歓迎だが、骨抜きになってしまっては困る。基本となる入院森田療法の治療を経験していない治療者が増えている。一体どこが森田療法なのだろうかと疑問に思うような発表もある。外来では、その人の生活状況が見えないから、いろいろと話を聞かざるをえないけれども、その上で、実生活の中でどう行動しているか、どのような工夫をしているかに焦点をあてていくことが必要である。


 シンポジウムの発表では、発達障害のため走り回ってしまう園児に対する対応の話があった。走り回らせると少し落ち着くので、「かくあるべし」と制止するのをやめてそのままにしていたら、だんだんに集団での行動に参加できるようになって卒園できた、ということで、なるほどと感心する声が上がった。しかし、これを森田療法と言ってしまうのは問題がある。教育関係者からみれば、モンテッソーリ教育法そのものだからである。森田先生はイタリア初の女性医師・医学博士にして教育者だったマリア・モンテッソーリ女史
(1870-1952)を非常に高く評価していた(392)。そして、森田療法との共通点があることは以前書いた通りである。モンテッソーリが「子供の家」を設立して独自の教育法を始めたのは1907年のことで、森田療法以前のことである。


 秀逸だったのは、慢性疼痛に対する森田療法を実践している先生の発表だった。「痛みから逃れること」から「痛みがあっても今の自分に合った過ごし方を見出すこと」に価値を置き換える支援を行い、森田式の入院療法も行っているそうである。これこそ、全うな森田療法だと思った。

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