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2018年10月14日 (日)

神経質礼賛 1555.からたちの小径

 今朝はいつも通りの時刻に家を出ていつもの電車に乗る。三島で在来線に乗り換え、小田原へ。西口に出て、北原白秋の散歩道「からたちの小径」を歩く。からたちは白秋作詞・山田耕筰作曲の「からたちの花」で有名だし、島倉千代子の「からたち日記」という唄にもあるけれども、私はからたちの木そのものを見たことがない。一体、どこで見ることができるのだろうか、と調べているうちにこの散歩道の存在を知ったのだった。白秋は大正7年から15年まで小田原に住み、この散歩道を歩いていた。ネットに公開されている「白秋童謡の散歩道を歩こう」という地図をプリントアウトしたものを手に歩いて行く。駅に一番近い所にあるのは「赤い鳥小鳥」のパネルだ。ただ、このパネルは40×30cm程度の大きさで、見落としてしまうかもしれない。急坂を上がって行くと、「待ちぼうけ」のパネルがある。このあたりではかなり高度が上がっていて、小田原城が見える。しかし案内板がないので不安になる。分岐点で間違えないように案内矢印を設置するような神経質が欲しいところだ。農作業をしている人を見かけただけで全く人を見かけない。「ペチカ」のパネル発見。朝降っていた雨がまたぶり返す。足元があまり良くない。所々に小田原城総構の遺構が見られる。「揺籠のうた」のパネルの所で道を誤った。城山公園の方に行ってしまい、途中で引き返す。ようやく「からたちの花の小径の碑」に行きつく。「からたちの花」のパネルもある。しかし、からたちらしい木は見当たらない。とりあえず写真を撮り、坂を下りて行く。「この道」や「砂山」のパネルを通って行くと、相模湾から真鶴半島のパノラマが広がる。時間がないのでトンネルを歩いて駅へ向かう。


 からたちは、トゲがあるので、かつては侵入防止目的生垣に使われていたが、手入れが大変なので今では見かけなくなっているという。春には白い花を咲かせ、球状の緑色の実がなり秋には熟して黄色くなる。香は良いが酸味と苦味が強くて食用にはならないそうである。しかし、「からたちの花」の作曲者、山田耕筰は少年時代にそれを食べて飢えを凌いでいた。父親を亡くして家は貧しく、昼間は工場で働き夜学で勉強した。工場では先輩から足蹴りされ、こっそりからたちの生垣のところで泣いたという。白秋作詞となっているけれども、山田耕筰の実体験に基づいた歌詞であり、そのエピソードを思い浮かべて歌詞に目を遣ると、深く理解できる。


 先日、山田耕筰自身の編曲によるヴァイオリンとピアノのための「からたちの花」の楽譜を購入した。重音奏法に左手ピチカートが入るなかなかの曲に仕上っている。ヴァイオリンでは歌詞は表現できないけれども、今回歩いた小径を思い浮かべながら弾こうと思う。そして、必ずや、からたちの花と実を見てみたい。

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コメント

四分音符さん、ありがとうございました。カラタチの小径に行ってきました。秋の野道が、街のすぐそばにあんなにして残っている所なかなか無いですね。気持ちよかったです。熊さん?のページで偶然こちらを知りました。
ひょっとして四分音符さんは、かつてH市の病院にお勤めだったでしょうか。お世話になったような気がします。

あまおぶね様

 コメントいただきありがとうございます。

 仰る通り、新幹線が止まる駅を出てすぐ散歩道があるというのは珍しいですね。結構、高低差があります。相模湾の眺めは絶景で、すばらしい散歩道だと思います。次の機会に白秋の記念館に行きながら小田原城に寄ってみようと画策しています。
 ページ左上の「プロフィール」をクリックされますと、私の経歴がある程度わかるかと思います。

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