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2018年12月24日 (月)

神経質礼賛 1578.ムンクの「叫び」

 一昨日は東京都美術館で開催されているムンク展を見に行ってきた。あの有名な「叫び」が展示されているということで、会場は混雑していた。午前10時半に着いて、チケットを買うのに10分ほど並び、入場待ちが10分ほどだった。12月は高校生無料ということだが、高校生らしき若者の姿はあまり見かけず、折角の粋な計らいなのにもったいない。


 展示は自画像から始まり、次が家族画である。父親は軍医であり、強迫神経症があったとされる。母親は写真で見るとポッチャリした感じの女性であるが、ムンクがまだ幼い時に結核のために亡くなっている。その後、姉も結核で亡くなり、死にゆく母や姉の姿を描いた作品が並ぶ。死の恐怖が彼に強烈に焼き付いていたものと思われる。母の死後、父親は狂信的というほどキリスト教にのめり込んでいく。夏の夜と題する展示コーナーには孤独と憂鬱をテーマにした作品が並ぶ。その後に「叫び」の展示がある。一番人気のため、係員が行列整理していて、一列に歩きながら鑑賞していくような形だった。TV番組や美術書で見ればじっくり鑑賞できるけれども、やはり本物を前に受ける印象は強烈なものである。次のコーナーでは接吻、吸血鬼、マドンナ、さらに男と女の関係をテーマとした作品が続く。肖像画のコーナーには哲学者ニーチェの肖像があり、この構図や赤い空は「叫び」を連想させる。さらには風景画が並ぶ。最後のコーナーには晩年の作品が並び、出口にあるのは
77歳の時の最後の自画像で「時計とベッドの間」という題が付けられている。柱時計には針が描かれておらず、自分にとって未来がないこと、そしてベッドは死が近いことを意味していると解釈されている。しかし、私には、できることをすべてやり尽くし、生き尽くしたムンクから後世の人々への最後の挨拶のようにも思える。


 「叫び」はよく誤解されている。中央の人物が叫んでいるのではなく、「自然を貫く果てしない叫び」つまり幻聴による強い恐怖と不安におののき耳を塞いでいるのである。ムンクは44、5歳の時に精神病院に入院している。NHKの日曜美術館の放送や、会場の解説では神経症やアルコール依存症によるような印象だけれども、幻覚や妄想症状はそれでは説明が付かず、統合失調症圏の病気だったと考えるのが妥当であろう。

 美術館を出ると雨が降り始めていた。いつも、上野の美術館や博物館に行く時には、上野駅の公園口を出て、帰る時も同じ公園口から帰っていた。今回は上野公園内を散策してみる。今年は例年以上に暖かいためか、まだ見頃の紅葉の木が残っている。動物園の横には上野東照宮がある。明治維新の際の彰義隊と薩長軍との戦いにより、現在の上野公園全体にあった寛永寺の伽藍のほとんどが消失した中で奇跡的に戦火を免れたパワースポットでもある。諸大名が寄進した巨大な灯篭、金箔張りの本殿、左甚五郎の彫刻が印象的だ。さらに上野大仏のお顔を拝む。そして今年の大河ドラマで注目を浴びた西郷隆盛像に見送られて公園を後にした。

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