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2019年1月21日 (月)

神経質礼賛 1588.森田療法と熊本五高

 京都森田療法研究所の岡本重慶先生から新刊書『森田療法と熊本五高 森田正馬の足跡とその後』(熊日出版)をお送り頂いた。一昨年の秋、熊本大学で開催された第35回日本森田療法学会での発表を中心に編集されたもので、岡本先生も編集者のお一人である。京都森田療法研究所ホームページ上に公表されている岡本先生の研究内容の一部も40ページほどにまとめて掲載されている。


 森田正馬先生と言えば高知の人というイメージが強い。しかし、熊本の旧制第五高等学校での生活が森田先生の人間形成そして森田療法の誕生に大きな影響を及ぼしていたことをこの書は示している。森田先生は旧制土佐中学3年、
18歳の時に友人とともに家出し、東京で自活して電信技師になろうとしたことがあるが、2か月ほどで挫折して家に戻っていて、熊本での生活が実質的に初めての一人暮らしということになる。親元を離れての学生生活は人生に大きな影響を与える。森田先生は学生生活を謳歌し、同郷学生の土佐会のまとめ役として活躍していたが、一方で心悸亢進・頭痛・頭重感・下痢などの神経質からくる症状にも悩んでいた。しかし、中学の時とは異なり、体調不良を訴えて学校医の診察を受けてはいたものの、落第することはなく、東京帝国大学医学部に順当に進学している。症状はあっても行動しているうちに症状は自然に薄れていく、ということを体得していった時期だったのかもしれない。森田先生との接点は明らかではないが、この時期、夏目漱石が五高で英語を教えていて、森田先生と同郷で親友の寺田寅彦(物理学者・随筆家・俳人)は漱石のお気に入りの生徒だった。高知・土佐の「いごっそう」と熊本・肥後の「もっこす」はいずれも頑固者の性格傾向を言い、行動的で反骨精神があり、純粋で正義感が強く、弱者に優しいという共通点があるそうである。「いごっそう」も「もっこす」も神経質性格と重なる部分があって、それも森田先生の神経質学説に反映されている可能性がある。

 

  さらに岡本先生は社会教育の分野で活躍した五高出身者、田澤義鋪(よしはる)・下村湖月・永杉喜輔・水谷啓二の系譜についての研究結果をまとめられている。下村湖月は『次郎物語』の作者として知られている。水谷啓二さんは森田先生の教えを受けて自分の神経症が治っただけでなく、同じ悩みを持つ人たちを助けようと奮闘した人で、現在の「生活の発見会」のもとを作っている。まだ58歳で急逝されたのが惜しまれる。その遺志は脈々と受け継がれている。この本を読むと、森田先生から水谷啓二さんまで熊本という地が生み出した不思議な縁を感じずにはいられない。ちなみにこの本の裏表紙には熊本のゆるキャラ「くまモン」が描かれている。

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