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2019年3月29日 (金)

神経質礼賛 1610.医者の選び方

 前々話では、不安神経症の人の奥さんが、メンタルクリニックの医師を不安視していたことを書いた。医師も人間だから個性があり、特に精神科の場合は「相性」の良し悪しが多少は出てしまうのはやむを得ないところだ。
ちなみに森田正馬先生は「医者の選び方」ということで次のように書いておられる。

 医者の選び方について、その大切な一つの見方は、「自分で知らぬ事を知らぬと言い得る医者」は、之に自分の病に関する事を一切打ち任せて。差支えのない医者である。
 それは、其医者が、「自分が知らぬ・思いがけない事のために、患者に取返しのつかぬ事がありはせぬか」という小心翼翼の思いやりがあるからである。この様な医者は、自分で腑に落ちぬ事は、必ず他の医者を選んで、相談してくれる。
 之に反して、「知らぬ事を知らぬと言いえぬ医者」は、華客(とくい)の信用を気にする開業医者、或いは博士の肩書に対する威信のために虚勢を張るもの等、医者商売の損害を恐るる医者の事である。
 一方には、患者の側でも、思慮浅薄で、狡猾なものは、医者の誠実を見抜きて之に敬意を払うことが出来ず、不良の医者の口先に乗せられ、且つ一方には、自分で医者を釣らんとさえもしている事がある。ちょうど露店商売の取引のようなものでもあろうか。(白揚社:森田正馬全集 第7巻p.469)

 森田先生の時代、神経症は「神経衰弱」と呼ばれ、不治の病とも恐れられていた。今の医学から見たら全く意味のない薬を処方されたり注射されたりということが「名医」たちによって行われていたのである。大胆な医者は、かえって患者に害をなすこともあり、小心翼々の神経質な医者が実は良い医者なのだ。最後の部分は現代にも言える面がある。TV番組やネット情報で知ったその人には適さない薬の処方をむやみに求める人、必要ない状態なのに障害年金の診断書を求める人がいて、それに簡単に応じるばかりでなくそれを患者さんに持ちかけるクリニックも稀にあったりする。「悪貨は良貨を駆逐する」にならないよう、見極める目が必要だ。

2019年3月25日 (月)

神経質礼賛 1609.不人気のグレープフルーツ

 ネットのニュースを見ていたら、最近はグレープフルーツの人気が落ち込み、総務省の家計調査によると、12年前に比べて消費が4分の1になっているそうだ。グレープフルーツを知らない若者も増えているという。そう言えば、スーパーの果物売場の中では目立たない存在になってきている。私個人としては好きな果物であるだけにちょっと残念だ。私が若いころは柑橘類の種類はそれほど多くなかったから、ちょっとオシャレな輸入果物だった。2つに切ってスプーンですくって食べる食べ方もあるが、私は夏みかんと同様、外の皮を剥いたら指で果肉の周りの薄い皮を剥がして果肉全体を出してから食べる。無駄なく全部食べられるからだ。水分たっぷりで酸味と独特のほろ苦さが特徴でビタミンCを豊富に含んでいる。グレープフルーツ味の飲物も好んでよく飲んだ(チューハイを含む)。売上が落ちているのは、糖度の高い果物が好まれるようになり、新しい品種の柑橘類が増えてきたのが原因ではないかと言われている。この時期、果物売場には国産のデコポンやはるみが並び、これらは甘味が十分あるし、普通のみかんのように外の皮を剥けばそのまま食べられて簡便である。輸入物でも文旦とグレープフルーツを交雑させて作った甘いメロゴールドという品種の人気は高まっている。グレープフルーツは時代の流れに消えていく運命なのだろうか。
 グレープフルーツで気をつけなければならないは、薬との相互作用がある点だ。グレープフルーツは薬物代謝酵素CYP3A4を阻害するため、その酵素で主に分解される薬剤は分解が遅れて血中濃度が高くなる可能性がある。精神科ではおなじみベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬が多く、トリアゾラム(商品名ハルシオン)、アルプラゾラム(商品名ソラナクックス・コンスタン)、ロラゼパム(商品名ワイパックス)などだ。抗てんかん薬、降圧剤などにも該当する薬剤がある。調剤薬局で渡してくれる薬の説明書に書かれているので、該当する薬を服用している方は避ける必要がある。

2019年3月22日 (金)

神経質礼賛 1608.ある日の精神保健相談(2)

 今週また精神保健相談(1529話)があった。日程はいつも年度ごとに保健所の担当者と予定をすり合わせて決めている。比較的時間があいている曜日の午後に予定を入れているのだが、今年度の途中から外来担当日が週1日から週2回半日ずつになって、外来日の午後に精神保健相談に出かけなくてはならなくなってしまった。しかも電子カルテ化で以前より外来には時間がかかる。来年度は曜日を変えてもらうことにしたが、もう決まっている今年度分はどうしようもない。朝、出勤してすぐに病棟の仕事を片付けておく。次の日が休診日なので、事務から回ってきた書類もできるだけ処理する。外来をしている間も病棟からは「患者さんの胸のレントゲンを見てください」とか「外泊を希望している人がいるので入力して下さい」、ケースワーカーさんからは「あさって新規入院の方の情報を見ておいて下さい」など次々と連絡が飛び込んでくる。分刻みの仕事でハラハラの連続である。まだ急がなくて良い書類作成だけは後日に回すことにしてどうにか仕事を終え、5分間で昼食を掻き込んで送りの車に飛び乗る。バタバタしていたら自分の机の上にスマホを充電したまま置き忘れてきたことに気付く。まあ、2日位なくてもいいや、とあきらめる。

 今回の相談は、不安神経症の人の奥さん、ひきこもりの人の御両親の2件だった。不安神経症の方は元来が非常に心配性で神経質。それでも、定年退職するまでは趣味もあって特に問題になるほどのことはなかった。神経質が生かせていたのだろう。ところが町内会の役をやらなくてはならない話が出たのが主なきっかけで不安、不眠、焦燥感に襲われるようになった。町内会の役は非常に強いストレス要因になる(894話)。メンタルクリニックで薬を処方されて軽快したが、今度は抗不安薬や睡眠薬を飲んでいると害があるのではないか、早く認知症になってしまうのではないか、と心配で仕方がない。結局、通院をやめた。それから何年かはまずまずだったが、再び町内会長の役の話が出てきて、さらには親の墓の処分問題も出てきて症状が再発したそうだ。家に引きこもって取越し苦労して「不安だ不安だ」と妻に訴える。見かねて本人を連れて以前のクリニックへ連れて行ったが、「先生から、どうですか?と聞かれると何も言えない。はい、いいえ、で答えられる質問だったらいいのに」「薬を飲んでかえっておかしくなったら困る」と文句を言う。奥さんまでそこのクリニックは大丈夫なのかと心配になってしまう。実は、まず「調子はどうですか?」「具合はいかがですか?」といった自由に答えられるオープン・エンデッド・クエスチョンから始めて、はい、いいえで答えられるクローズ・エンデッド・クエスチョンで細かいところを絞り込んでいくのは精神科医の常套手段であること、処方内容も安全で習慣性のない薬が少量だけ処方されていて良心的なクリニックだと考えられる、と説明すると少し安心されたようだった。奥さんの話は非常に長く、この日の相談は1件目だけで大幅に時間オーバーになってしまった。やはり、こういった内容だと、相談する場がなかなかないので、保健所の精神保健相談は存在意義がある。

2019年3月18日 (月)

神経質礼賛 1607.発達障害グレーゾーン

 3月12日火曜日の毎日新聞夕刊の特集ワイドは、増える「発達障害」グレーゾーン、と題する記事で、「しんどさ続き、浮く存在に」「医師により判断バラバラ/環境に配慮した治療計画必要」という見出しが目についた。記事では、発達障害の傾向はあるが、そこまでではないグレーゾーンとして放置されてしまう人の問題を取り上げていた。


 当ブログでは開始まもない時期の
13話に注意欠陥多動性障害(ADHD)の話を、今から10年ちょっと前に337338話でアスペルガー障害の話を書いている。ここ10年の間にこうした発達障害は広く知られるようになった。「ADHDの治療薬」を製造販売する製薬会社が、巨費を投じて医師たちにプロモーションをかけ、一般にも周知すべく広告を流しているのが最大の要因であろう。私の勤務先の病院では新規受診希望の問い合わせに対しては発達障害の専門家はいないと答えているのであまりそうした方は来られないが、いろいろな医療機関を回って発達障害と言われたことがある、という方が受診されることはある。あるいは、仕事がうまくいかなくて休んでしまって受診した人から、ネットで自己診断したら発達障害らしい、などと言われることはある。


 しかしながら、発達障害的な特徴は誰もが多かれ少なかれ持っているものであるから、なかなか線引きは難しい。それに、「
ADHDの治療薬」と称するものも根本的な治療薬ではなく、対症療法に過ぎず、副作用もあるし必ず効果が出るとは限らないのである。そして発達障害的な特性はすべてがマイナスとは限らず、その特性を生かせば職業上プラスになることだってありうる。だから、やみくもに発達障害だとかそのグレーゾーンだとかのレッテルを張るだけでは意味がない。要はその人の特性を知り、それがうまく生かせる生活方法を提案してあげるのが本筋なのではなかろうか。


 森田正馬先生が「総ての人が神経質の素質を持つて居るといふ関係から、総ての身体病には必ず多少に拘らず神経質の徴候を加味して居る(神経質及神経衰弱症の療法第五章・森田正馬全集p.334-335)」と述べられたように、神経質もまた、誰もが多かれ少なかれ持っているスペクトラム的な性格特性である。現代では不安障害とされ、SSRIなどによる薬物療法が広く行われているが、森田療法のように、病気として扱わず、神経質を生かすよう訓練していくのがやはり本筋ではないだろうか。

2019年3月15日 (金)

神経質礼賛 1606.湯を沸騰させる時間

 皆さんは、お湯を沸かす時、何分くらい沸騰させますか。電気ポットだから気にしていない、という方も多いかも知れない。電気ポットには「カルキ飛ばし」のボタンがあって、水道水のカルキが気になる方は、念を入れて一度、二度、このボタンを押されているだろう。我が家ではヤカンで湯を沸かすのだが、私がやると妻がいつも怒る。私は沸騰したら2、3分でポットに入れてしまう。妻は10分から15分は沸騰させなければ気が済まない。


 妻がこだわるのは、人体に有害と言われるトリハロメタンを飛ばすには10分は沸騰させないといけない、というTV番組で紹介された内容か雑誌の記事を信奉しているからであり、全く根拠がないわけではない。水道水を浄水場で塩素消毒する際にわずかにトリハロメタン(主としてクロロホルム)が発生するのは確かである。そして、水道水を沸騰させると直後にはトリハロメタンは増加し、10分位すると減少し、50分すればほとんどなくなる、というデータはあるらしい。しかし、そんなに何十分も沸騰させるというのは極めて不経済で馬鹿げている。それに、長時間沸騰させて飛んだトリハロメタンは室内に散布されてそれを人が吸入するのだから、どれだけ意味があるのか疑問である。そもそも我が家の場合、浄水器でトリハロメタンをほとんど除去した水を沸かすので、長時間沸騰させる必要はない。妻はポットの縁などに付着した白い物を見つけては「有害物質だ」と大騒ぎするが、それは水に含まれるミネラル分(カルシウムやマグネシウム)が沈着した物である。と、いくら説明してもTV番組で言っていることを鵜呑みにして私の説明は聞く耳を持たない人なので、仕方なしである。

2019年3月11日 (月)

神経質礼賛 1605.修正ペン

 どんな分野でも仕事上の手書き書類を修正する際には2本線を引いて訂正印を押すが、私的な書き物を修正する際は修正液・修正ペンが簡便である。私が中学か高校の頃にはすでに商品化されていたような気がする。しかし、たまに使おうと思うとペン先のインクが固まって出なくなり、まだ液が大量に余っているのに捨てざるを得なくなることがよくあった。また、液にムラが出て、最初に透明な溶剤が出やすくなってしまってあまり字が消せず、乾かしてから二度塗り、三度塗りしなくてはならないような製品もある。そこで固形式の修正ペンも使ってみた。要はクレヨンみたいなものである。乾かす手間がいらない反面、修正面が厚くデコボコした感じになって少々見苦しい。


 最近は修正テープを使うようになった。子供が使っているのを見て、まず妻が真似して使い始め、私が一番遅かった。一定の幅のテープなので、修正部分はきれいな長方形になる。修正液と違って、すぐに上から書き込めるのが特徴である。しかし、不定形部分を消したいとか広い範囲を消したいとなると修正液に軍配が上がるだろう。それと、最初はいいのだが、使っているうちにテープが緩んでしまったりホワイト部分のカスがテープ出入口にたまったりして、テープがまだ残っていても使えなくなる問題がある。比較的高額な修正テープでは使い捨てではなくテープが交換できるとかテープの緩みを直せる仕組みがあるようだ。まだまだ改良の余地がある文具だと思われる。修正しないのが一番ではあるけれども、いくら神経質であっても修正箇所をなくすことは不可能である。

2019年3月10日 (日)

神経質礼賛 1604.電子カルテ導入3カ月後

 病院に電子カルテ(1567話・1575話)が導入されて3か月が過ぎた。当初は操作ミスの後始末に追われたり、マイナートラブルに悩まされたり、の連続だった。少しずつ使い慣れてきたし、システム担当者の努力もあって不具合も解消されてきた。従来の紙カルテからのデータ移行が不十分な点は何とも仕方がないが、入院患者さんに関しては必要最小限の情報については入力できた。外来患者さんでは最初は処方内容を全部入力するような手間があったが、1か月、2か月と経ってくると、同一処方は前回のコピーが効くので入力の手間が省ける。自立支援医療診断書や障害手帳診断書なども従来のものが使えなくなり、新たなフォーマットに打ち込む手間がかかる。こちらの方は今後2年経てば前のものをコピーして変更点を書き換えられるようになるわけだから、まだ2年間は苦労させられることになるだろう。診察内容をキーボードで打ち込むのは慣れてきたとは言え、根本的に手書きよりは時間がかかる。精神科では患者さんあるいは付き添いの家族の発言をそのままの言葉で記録する必要性があるため、一般診療科と異なり、入力の手間がかかる。午前の外来診察にかかる時間は、従来に比べて30分から1時間増しといったところである。


 電子カルテの良い点は、看護スタッフ、作業療法スタッフ、ケースワーカー、栄養士さん、事務スタッフと情報が共有できる点である。時系列にそれぞれが打ち込んだ内容が記録されていく。医師が書きなぐったカルテが読めないという問題も解決だ。お互いの連絡も電子カルテ上でメールのように行えるようになった。その反面、例えば2か月前のことを見ようと思ったら、画面をスクロールさせ、何度もその前を表示させるところをクリックして送っていかなくてはならないから見たいところを見るのに大変な手間がかかる。そして、1日中、長い時間をパソコンとにらめっこするようになってしまった。朝出勤したらまずパソコンの電源を入れて電子カルテを開き、前夜に何があったか見る。スタッフから次々と報告や要望などが「特記連絡」として送られてくるし、処方や検査などの指示切れ予定の警告が次々と送られてくるので、暇さえあればチェックをして対応する。まるで一日中スマホに縛られている若者のようである。帰り際にパソコンの電源を落として、ようやく仕事が終わる、という感じだ。以前ならば病棟へ行って、スタッフと話し合っていろいろな指示を出していたものが、今は多くのことがパソコン上で済んでしまう。人間関係が希薄になったと感じているのは私だけだろうか。多くの仕事がパソコン上で済むとしたら、通信セキュリティの問題が解決すると、精神科医は週
2日程度の出勤で済んで後は自宅のパソコンで仕事を処理する、さらには遠隔医療が認められるようになったら自宅に居ながらにしてすべての仕事をするようになるのだろうか、と想像する。もっともその頃には私は引退しているだろうけれども。

2019年3月 8日 (金)

神経質礼賛 1603.ベビーチーズ

 スーパーでQBBのベビーチーズを時々買っている。普段の朝食は妻が作ってくれるが、休日の朝は「休業日」なので、トーストにジャムを塗り、ミニトマトとベビーチーズをつまむのが常である。QBBと言えば、私が小学生の頃、給食にQBBのスティックチーズが付いてくることがあった。脱脂粉乳世代だから、このスティックチーズは嬉しかった記憶がある。手旗信号を出している水兵さんのキャラクターも印象に残った。ただ、ちょっとパッケージを開けにくかったような気がする。スティックチーズは1960年に、さらにベビーチーズは1972年に発売されたそうで、いずれも超ロングセラー商品となっている。


 六甲バター(
QBB)のホームページを見ると、ベビーチーズは現在12種類もあるそうだ。プレーン、スモーク、アーモンド入り、カマンベール入り、ブラックペッパー入り、モッツァレラ、クリームチーズ入りなど、さらには鉄分と葉酸を添加した「チーズで鉄分」というものもあり1日必要量の4分の1の鉄分と葉酸が摂れるという。私がよく買うのがアーモンド入りだ。スモークは酒のつまみに適している。モッツァレラ入りもおいしい。クリームチーズ入りはちょっと柔らかすぎだ。いずれも1個15gで塩分は0.4g前後だからちょうどいい量で塩分も多過ぎなくてよい。


 このベビーチーズはとても開けやすくできている。小さな赤いフィルム部分を引っ張ると、両側に広がってアルミ箔部分が大きく開くようになっていてきれいに開き、失敗することは少ない。商品開発の担当者がいろいろと工夫した結果だと思う。おいしい工夫はまず大切だが、こうした使いやすい工夫も大切であり、神経質がよく行き届いていると思う。

2019年3月 4日 (月)

神経質礼賛 1602.春は毒出し時?

 このところ雨の日が多い。一雨降るごとに本格的な春が近づいていく。スギ・ヒノキの花粉に悩まされている私にとっては、雨が降ると花粉の飛散が減って症状が楽になってありがたい面もあるけれども、朝から雨ではちょっと気分が重くなる。雨は何とも仕方がない。「だまって今日の草鞋はく」(887話)、とにかく靴を履いて家を出れば後はどうにかなるのだ。


 ちょうど今時分の季節を木の芽時(このめどき:
1366話)と言うのだろう。冬に比べれば暖かくなって過ごしやすくなってきたはずなのに、なぜか気分がすぐれない、体調がパッとしない、という話をよく聞く。人間も動物の一員である。冬眠するわけではないけれども、冬モードから春モードに切り替えるにあたって心身に大きな変化が起きやすい時期なのだろう。


 昨日の毎日新聞日曜版を読んでいたら、「好きに食べたい」というコラムに「春は毒出しの季節」というタイトルの記事があり、体調がよくない時に食べたり飲んだりするものについて書かれていた。なるほど、無理をせずに、毒出しをしている時間なのだ、という考え方もありだろう。その横の「おかず彩菜」というコーナーは管理栄養士さんによる料理記事で、深川丼の作り方が写真入りであった。見るからにおいしそうで食べたくなる。材料はアサリ、ネギ、生姜、海苔とシンプルでありながら栄養もあるし、食欲が落ちている時にも食べられそうである。今はアサリがちょうど旬である。花々が咲き始めるのももう近い。

2019年3月 1日 (金)

神経質礼賛 1601.当て事と、越中褌(ふんどし)とは、前からはずれる

 森田正馬先生が形外会の場で話した内容はとてもわかりやすいが、時代の変化のため、現在の私たちには例え話が理解しにくいことがある。一例として「当て事と越中褌は先から(向こうから)外れる」というものがある。現代人で褌を身に着けることは、祭典の参加者や職業力士以外にはありえないだろう。明治大正期は男性の下着として普通であり、兵士に軍から支給もされていたようだ。第二次世界大戦後は急速に日常生活から消えて行った。私も褌を身に着けたことはないから、どのように着用してどのように外れるのかわからないけれども、当時の人々にとっては経験的にとてもわかりやすい諺だったのだろう。あてにしていたことは、相手の都合ではずれてしまうことが多い、という例えである。しかし、この諺がなくてもよくわかる話なので御紹介しておこう。


 我々の日常生活は、僕が精神の拮抗作用と名付けてあるように、心は常に、見るか・見ないか、逃げるか・逃げないか、机の上を片付けるか・片付けないかという風に、必ず反対の心が、闘っているものである。この闘いを煩悶とか・強迫観念とかいうのである。神経質は、これを完全に解決し、徹底的に決めようとするから、そこにますます煩悶苦悩が絶えないのである。

 我々の日常生活は、すべて仮定である。仮定という事は、同時に諸行無常という事です。どっちか一方に、必ず決めようとしても、世の中は、決して思う通りにできるものではない。「当て事と、越中褌とは、前からはずれる」といって、いくら自分で、都合のよいように決めても、周囲の事情で、どう変化してくるかわからない。何も絶体絶命とかいうような頑張りの心はいらない。この心の葛藤が起これば、仮に、どちらか、一方に決めてみる。すると、都合のよい時は、じきに解決案が浮かび出てくるし、都合の悪い時には、心はいつの間にか、他の事に流転して、前の執着から離れるという風である。こんな事は、皆さんの自己内省により、自覚を深く進めて、容易に知る事のできるものである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.423


 神経質人間はあらかじめ計画を立てるのが得意である。そして、それに大きなエネルギーを費やしがちである。そして、決まったように事が進まないと面白くない。しかし、周囲の状況から思ったように行かないことが多く、そこで投げ出して計画倒れに終わってしまうこともある。流れを見ながら臨機応変に決めて行動していくことも必要なのである。

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