神経質礼賛 1613.最初の一歩
先週、不潔恐怖のため部屋から一歩も出られない人のお母さんが外来に来た。涙を流しながらうれしそうに言う。「4年ぶりに部屋を出てシャワーを浴びたんですよ。髪も切ってくれと言ったので短く切りました」と。この人の病歴は長い。学校を中退してから完全な引きこもりになり、それが十数年続いている。5年前に初めて私のところを受診。今まで重症の人を何度も経験しているが、これほど驚いたことはない。髪と髭が伸び放題なのは当然ながら、なんと女性用のネグリジェを着てシャワーキャップのようなものを被っていた。トイレに入れないのでオムツをしていて、交換が楽だからというのだ。食事も不潔が気になって、カロリーメイトとポカリスウェットの類しか摂取していないという。何年も入浴していない。話をしてみると統合失調症などの精神病ではなく、極めて重症ながら強迫神経症である。本人も苦しくて何とか治したい、と言うので入院治療を勧めたが、予約してもいざとなるとキャンセルしてしまう。やっと入院となり、まずは身だしなみを整えて、嫌でも他の人と同じように食事をしトイレを利用しシャワーを浴びて清潔にしていくことを目標としたが、2週間でギブアップして退院。1か月後に再入院を希望して来たが、再入院翌日にはもう「自宅で静養したい」と言い出し、2日で退院してしまった。それから4年半ほど経った。昨年あたりからやっと母親が作った食事を食べるようになった。姉が子供を連れて会いに来てくれて、その恰好では恥ずかしくて会えないけれど何とか会えるようになりたいと思ったらしい。そして、ついに部屋を出て、母親の話では「たった1時間半で」シャワーを浴びたそうだ。不潔恐怖の人の入浴・シャワーは数時間に及ぶのが常で、それも家族を巻き込んで(本人の考える)不潔にならないように操作するのだ。それを思えばすばらしい出来である。知らない人が見たら馬鹿げた話のように見えるが、本人にとっては、清水の舞台から飛び降りる覚悟で思い切って行動した、貴重な「最初の一歩」だったのだ。
神経症、特に強迫症状に悩む人たちは最初の一歩がなかなか出ない。やればできるのに頭で考えるばかりで「できない」にしてしまうのだ。何はともあれ、頭は置いておき、最初の一歩を踏み出すことが最良の解決法である。一歩が出れば、それが二歩、三歩となっていく(662話)。気が付けばどんどん前に進んでいる。
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読んで、心の底から驚きました。不潔恐怖というのは、こんなにも凄い状態になることがあるのかと。神経症というのは、身体的には何でもないのに、自分でどんどん深みに這入りこみ、家族もお医者さんも救い出せない状態になってしまい、長い長い月日を棒にふってしまうこともあるだと、あらためて痛みを覚えました。
その人、まだ30代?、今からその人自身も、お母様と他の家族も救われることを祈ります。
投稿: | 2019年4月 6日 (土) 08時58分
本人なりに理屈はあるのですが、不潔恐怖は客観的には屁理屈です。不潔恐怖のため、入浴できないのではかえって不潔になって本末転倒になってしまいます。「人のふり見て我がふり直せ」、私たちもこだわるあまり、強迫の底なし沼にはまり込まないよう注意が必要です。神経質を活用するか病気にしてしまうか、まさにその人次第です。
神経質は、机上論の屁理屈を押し進めているうちに、病の悩み死の恐怖という一面のみにとらわれ、動きもとれなくなったものが、一度覚醒して、生の欲望・自力の発揮という事に気がついたのを心機一転といい、今度は生きるために、火花を散らして働くようになったのを「悟り」というのである。 (白揚社:森田正馬全集第5巻 p.705)
強迫に費やすエネルギーを建設的なことに向ければ、すばらしい結果がついてくるはずです。
投稿: | 2019年4月 7日 (日) 22時33分