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2019年5月23日 (木)

神経質礼賛 1628.表裏両面

 半年に1回くらい外来を受診している人がいる。元は他の先生が担当していたが、今では症状が軽減し、薬の服用量が減って薬が半年位もってしまう。そして、仕事の休める曜日の関係で私の担当日に来院するのだ。人が多い所へ行くのは苦手だと言うから対人恐怖的な面はあるのだろうが、現在の仕事をしていく上では特に問題ない。ただ、朝は調子が悪く、動悸が気になったり時に下痢をしたりするという。休日は全く大丈夫だというから、やはり仕事のプレッシャーはありそうだ。似たような状況の外来患者さんは少なくない。そして、私自身にも時々発生する現象である。それを「症状」「不安障害」「精神疾患」として扱うのが現代の精神医学であるが、「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」としたのが森田正馬先生である。森田先生は次のように言っておられる。

 「生の欲望と死の恐怖」という事は、必ず相対的の言葉であって、同一の事柄の表裏両面観であります。生きたくないというものは、死も恐ろしくはない。常に必ずこの関係を忘れてはなりません。
 気がもめるハラハラするという事は、同時に仕事を多くしたい、能率をあげたいという事である。これは必ず別々に取り離して考える事はできない。物事は常に表裏両面を見なければ、その全体を正しく観察する事はできない。死の恐怖ばかりを見つめて、これにとらわれる時は、常に生の欲望の溌溂(はつらつ)たるもののある事を忘れて、いたずらに迷妄を脱する事ができないようになる。気がもめるという不快気分のみの反面を見る時に、この気分だけを取り除いて、楽に仕事をしようとする迷いの心を起こすようになる。楽に仕事をする事に、決して仕事のはかどるものではないという事に、お気がつかれないのである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.624)

 神経質人間はよりよく生きたいという生の欲望が人一倍強いため、それと表裏一体の死の恐怖にもさいなまれやすく、失敗を強く恐れ、不安・緊張に伴う身体の変化も発生しやすいのだ。そうした変化を病気の症状として扱い、症状を解消するために薬を飲んでも「モグラ叩き」に過ぎず根本的な解決にはならないし、神経質の良さを殺してしまうことにもなる。この表裏一体の仕組みを理解し、不安や緊張も正常な働きであると考えて、やるべきことに向かっていくのが森田療法の骨子なのである。そして、神経質を生かせば人並み以上の成果が得られ、「神経質でよかった」(660・661話)ということにもなるのだ。

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