フォト
無料ブログはココログ

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

2019年6月30日 (日)

神経質礼賛 1640.雨とうつ

 毎日のように雨が降る、梅雨まっただ中である。やはり、雨の日は気が重い。出勤前に雨が降っていると機先をそがれる感じがする。傘をさして駅まで歩いていくと疲れが出る。特に大雨の日は電車が運休となることもあるから、ネットで運行状況を調べ、念のためいつもより1本早い電車に乗ろうか、などとやっているからますます疲れる。休日であっても、雨だと外出しようという気分にはなれず、最低限の買物を済ませたら後は家で過ごすことになる。外来患者さんたちの中にも、雨で気圧が下がっている時は、頭痛や関節痛がいつもよりひどい、と訴える人がよくいる。雨で気分爽快という人はめったにいないだろう。うつ気分は雨に例えられるかもしれない。

 誰でもうつになる時がある。元来、気分が変動しやすい人もいるし、ある季節になると気分が落ち込みやすいという人もいる。そうでなくても職場や学校や家庭内のストレスなどがうつの原因になりうる。それを跳ね返す力が十分にある時は耐えられるが、ストレスの方がそれを上回る、あるいは力が弱っている場合、それが長続きすると支えきれずに、うつ状態になってしまうのである。

 うつが重度であれば、とにかく休養して病状に合わせた薬物療法を、ということになる。しかし、軽いうつ状態の時には、無理にならない程度に動いていくことも必要である。よく、森田療法では行動本位ということを言うので、うつであっても気分はともかく働かなければならないのか、と誤解される方もいるかもしれない。しかし、それは毎日畑に水を撒くように言われたからと言って雨の日も畑に水を撒こうとするようなもので無意味であるばかりか有害である。本来、その時々の状況に合わせて柔軟に対応していくのが森田流なのである。森田正馬先生自身も少し熱がある時は臥床しながら読書。熱が高い時は軽い本を読み、さらに重症で消耗している時は寝たままで人に本を読んでもらう、というようにしていた。

  神経質の人は真面目で完全欲が強い。そういう人がうつになると、できないことばかりに目が行って、自分は全然ダメだ、減点法で考えて0点だと決めつけてしまう。しかし、客観的には、朝には起き出して身支度ができている、洗濯ができている、食事も自分でやっている、時々は掃除機もかけている、とできたことを加点していけば、まるでダメということはない。後は、その時の力具合でもって、できることを無理せず少し積み重ねればよい。100点満点ではなく、肩の力を抜いて60点、70点を目指していけばよいのである。雨の日が1年中続くことはない。いつしか雨は上がり晴れ間が出る。うつも時間が経てばよくなってくる。焦らずにその日を待とう。

2019年6月27日 (木)

神経質礼賛 1639.高血圧

 開口一番「いやー、ショックですよー」と外来患者さん。筋骨隆々、休日にはランニングをするのが趣味で日焼けして健康そのものに見える彼は、会社の健康診断で初めてひっかかって、先刻、近くの開業医にかかり、降圧剤を処方されたのだそうだ。週刊誌に高血圧の薬の副作用がいろいろ書かれているのを読んでいて、飲むのが不安だという。「まずは飲み続けながら血圧の変化を見て、薬の量を調節してもらったらよいのではないでしょうか。安定して下がっているようならば、相談の上で減量・中止ということもあり得ます。降圧薬にはいろいろな種類の薬があるので、合わなければ他の種類のものに変えてもらうこともできますよ」と話しておいた。私も彼と同じ位の歳に急に血圧が高くなった。減塩(128話)に努めて頑張ってみたが、結局、降圧剤を半錠飲み始め、それから十年ほど経っている。それ以上は上がっていないので、薬の量はずっと同じである。

 2017年にアメリカの心臓病学会はガイドラインで高血圧の基準を130/80に引き下げ、大きな話題になった。昨年の日本の高血圧学会では、基準値140/90は維持するものの、降圧目標を130/80とする方向となっている。欧州でも基準は引き下げの方向である。そうなると、高血圧患者数は一気に増え、薬を飲む人が大幅に増加する。確かに基準値を引き下げて降圧剤を服用すれば、急性の心臓疾患や脳血管疾患の発病リスクは下がるだろう。しかし、降圧剤自体、全く副作用がないわけではないし、加齢に伴って持病が増えて飲む薬が増えると薬同士の相互作用も問題になってくる。ガイドライン決定に大きな影響を与える大学教授たちに多額の製薬マネーが流れ込んでいるのも気になるところである。服薬する側としては、自宅や職場で血圧をチェックし、薬の量が適切になるよう、医師とよく相談していくのが一番である。

2019年6月23日 (日)

神経質礼賛 1638.ミニクリプトン電球

 仕事から帰って、家に入り、廊下の照明のスイッチを入れるが点灯しない。ダウンライトのミニクリプトン電球が切れている。確かまだ予備の買い置きがあったはず。すぐに椅子を持ってきて新しい電球と交換する。室内のダウンライトは従来型電球サイズの電球型蛍光管を使っている。廊下・階段・トイレのようにあまり長時間連続して使わず、ONOFFを繰り返すような場所のダウンライトはすべてミニクリプトン電球だ。そうそう、台所の換気扇に内蔵されているのもミニクリプトン電球で時々切れて交換している。

 従来型電球サイズのLED電球は性能が良くなり安価になってきて、どんどん置き換わっている。国内で従来型電球の製造が中止となったのも当然である。一方、小型のミニクリプトン電球に置き換えられるLED電球は技術的に難しいこともあってか、まだ高価だし、光の広がりが十分とは言えない。電球の寿命が2000時間に対して、LED電球は40000時間だから、めったに交換の必要はない。あと数年待てばミニクリプトン電球もLEDが普通になってくることだろう。

 とりあえず、ミニクリプトン電球の予備を買いに行く。他の場所の電球が突然切れないとも限らない。それを心配して予備を常に確保しておくのが神経質である。

2019年6月20日 (木)

神経質礼賛 1637.鼻尖恐怖

 現代ではあまり聞かなくなったが、かつては鼻尖恐怖に悩む人が少なくなかった。自分の鼻が視界に入って気になり、仕事や勉強に集中できないというというものである。バカバカしいと思うかもしれないが、誰でも自分の視野に鼻は見える。これを気にし出すと、苦痛になるのである。森田正馬先生のもとに相談してきた32歳の海軍軍医大尉に対して、先生は次のようにアドバイスしている。

 僕の著書の内にある・鼻尖恐怖の例を御覧になつたでせう。鼻の尖が見へて、勉強の邪魔になる。余計なものが見へる。普通の人には、こんなものは氣にならないであらうと思ふと、腹立たしく・苦しくなり・氣も狂いさうになるといふのである。人並でない・余計な事と考へるのが、其苦しみの出発点であり・考へ方の間違いひの本であります。鼻の先の見へない人は、世の中に一人もない。只普通の人は、素直に見へるまゝに・仕方なしに勉強して居る。素直に当然の事として居るから、少しも氣にならない・見へないと同様である。即ち普通の人と、神経質との相違は、素直に受入れるのと、こんな事は、つまらぬ事だと反抗して・之を否定しやうとする心との違ひであります。
 之と同じやうに、貴方も、人が鼻が見へるまゝに、勉強するやうに、字の開きが氣になるまゝに、勉強して行けばよいのであります。 
それで、本を読むのを急ぐ時には、其いやな感じを耐(こら)へながら読み、閑な時には、シャボテンの好きな人が、其格好を研究するやうなものです。一つの芸術的趣味であります。
(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.43-44)

 視野が正常な人ならば誰でも自分の鼻は見える。これを見えないようにしようというのは不可能の努力であり、ますます深みにはまってしまう。しかし、日常生活でやるべきことをやっていれば、自然と気にならなくなっていくのである。鼻尖恐怖に限らず強迫観念全般、同様なのである。何とかしようと思えば思うほど深みにはまりこむ。気にはなっても、仕方なしにやるべきことをやっていれば、いつしか症状は忘れている。

2019年6月18日 (火)

神経質礼賛 1636.トマト

 夏が近づくにしたがってトマトが安くなってきた。スーパーの店頭に山積みの大玉が180円程度になっている。トマトの鮮やかな赤色を見ていると元気が湧いてくる感じがする。そして実際に食べて元気になれる食品でもある。

 トマトの赤色を作り出しているのがリコピンというカロテノイドであり、巷では悪玉コレステロールを減らすとかダイエット効果とか美容・美白効果が言われている。そこまで効果があるかどうかはわからないが、抗酸化物質であることは確かで、ビタミンEの約100倍の効果があるそうだ。ことリコピンに関しては、生トマトに限らずケチャップやトマトジュースなどの加工品にも十分に含まれるので、生トマトが手に入りにくい季節にはそうしたもので摂取することも可能である。

 今のトマトはどれも甘くて、まるで果物のように糖度まで記載されて売られているものがある。よく売られているのは「桃太郎」という品種である。私が子供の頃のトマトは青臭い味がしたし、トマトジュースに至っては青臭さに加えて塩分も強く、飲んでから「しまった。もう二度と飲むものか」と思う強烈な味だった。それに比べると最近のトマトジュースは甘い果物ジュースといった感じである。トマトに限らず、野菜全般、甘くて青臭さの少ないものが売れる時代だから、本来の味や栄養分が失われている面もある。たまには在来種も味わってみたいものだ。

2019年6月16日 (日)

神経質礼賛 1635.心は万境に随(したが)って転ず(2)

 昨夜は風雨が強く、雨が窓を叩きつける音で夜中に何度か目が覚めた。早朝には雨が上がり、少しずつ晴れ間が出てきた。朝から病棟を回って患者さんたちの様子を見てくる。開放病棟の患者さんが一人見当たらない。ナースステーションのカウンターにある外出ノートを見るとその人の名前と「8:00散歩」と書かれている。雨上がりに早速出かけたのだろう。医局に戻る途中、いつも窓から富士山の写真を撮る会議室を覗いてみると、富士山が雲間から姿を現し始めていた。30分してもう一度病棟に行ってみると、その患者さんは戻っていた。病院から1kmほど下った所にある中学校のところまで行って帰ってきたのだそうだ。この坂は結構急である。下りはいいが、上りは、病院が見えてから中々近づかない感じがする。「風が強かったけれど、そんなに疲れなかったですよ」というから体調も良好である。この人は入院から3か月。最初が昨夜のような土砂降りの大雨の状態だったとしたら、今は晴れであり、退院も近そうだ。この人を治してくれたのは、私や薬の力ではなく、病院という環境と温かいスタッフ、そして時間と本人自身の回復力によるものである。面談を終えて、もう一度会議室から富士山を見ると、また光景が変わっていた。ほんの10分、20分で姿を現したり消えたり、まるで姿を変えたり。富士山は本当に変わり身が早い。私たちの心もこのように時々刻々と絶えず変化している。森田正馬先生が患者さんたちに話した時、よく引用した禅語がある。

 心は万境に随(したが)って転ず、転ずる処実に能(よ)く幽なり

 流れに随って性を認得すれば無喜亦(また)無憂なり

 300話に書いたように、メンタルヘルス岡本記念財団初代会長の岡本常男さん(37話・268話・269話)は講演でいつも御自身の神経症体験を話され、「胃腸神経症にかかり、この言葉を知った時に、まるで電気で打たれたような感動を憶えた」と述べておられた。気分は天気のように変わりやすい。森田療法では、気分をいじろうとすることはやめて、気分はどうあれ、できることをやっていくように説いている。行動しているうちにいつしか気分も変わっている。雨の後には必ず晴れる。雨がずっと続くことはありえないのだ。

2019年6月15日 (土)

神経質礼賛 1634.老後資金2000万円問題

 先日、老後の生活資金は30年間で2000万円必要だとする金融庁・金融審議会ワーキンググループの報告書が出た。ところが、A金融担当相はこの報告書の受理を拒否している。年金だけでは生活できないという実態を認めると選挙で不利になるという判断なのだろう。この報告書のデータは、総務省の家計調査から高齢夫婦無職世帯の収入209198円と家計支出263718円との差、月約5.5万円を貯蓄から取り崩す必要があるため30年ではちょうど2000万円が必要になる、という極めて単純な計算である。実際には民間委員から、公的年金の給付水準は今後引き下げざるを得ず、現在の社会保障給付19万円は団塊ジュニア世代から先は15万円程度に下がり、毎月の赤字は10万円に達するはずだと指摘されている。そうすると2000万円どころか3600万円必要になってくる。しかし、今の若い人たちがそれだけの資金を貯めることができるだろうか。サラリーマンにとって頼りは定年退職した時の退職金だが、1997年に大卒の平均退職金は3203万円だったのが20年経った2017年には1997万円と1200万円も減少しているという。最近は給与を上げる代わりに退職金制度を廃止するような企業もある。これでは、多くの人々が老後破綻して生活保護に頼らざるを得なくなり、生活保護もパンクする恐れがある。年金問題は誰にも関連する重大事案であり、このところ週刊誌でも大きく取り上げられている。少子高齢化はどんどん進んでいくから、我が国の年金制度が「国営ネズミ講」であるのは明らかである。その不都合な現実を隠蔽して、政治家たちは年金は安心安全だなどと露骨な嘘をつき続けているのだ。

 私たちはどうしたらいいのだろうか。収入が増えることは期待できないのだから、無駄な支出は抑えていくことである。生活のダウンサイジングが必要だろう。特に、高齢になると親類・友人が亡くなって香典関係の支出が増える。お互い大変だから、なるべく簡素にしていくのが良い。不要な引き物はもらった方も迷惑する。あまりお金をかけずに楽しめる趣味を探しておくのもよいだろう。年金が減るのは不可避だけれども、お金は使いようである。工夫すれば、1万円で2万円分の働きをさせることだってできる。このあたりは神経質人間が得意とするところである。

2019年6月 9日 (日)

神経質礼賛 1633.自分への御褒美

 辛い仕事などで頑張った自分への御褒美というと何を思い浮かべられるだろうか。女性だと洋服、アクセサリー、男女共通なのは高級料理、旅行、趣味的な買物あたりが多いかと思う。私の場合、うつ病の患者さんたちの話を共感的に聞くことを繰り返していると、うつが伝染(うつ)って、そうした気分を吸い込んで知らず知らずのうちに溜め込んでしまう。妄想の強い入院患者さんからは「殺してやる!」などと怒鳴られることも時々ある。気分転換は楽器を弾くのと、たまに美術館に行くことくらいで、日常生活では仕事から帰って、ほっとして家で飲む焼酎がささやかな御褒美といったところだ。

 もっとも、仕事で重い空気を吸い込むばかりではなく、明るい空気を頂けることもある。重症だった入院患者さんがすっかり別人のように良くなって退院していくのは医師冥利に尽きるし、担当している外来患者さんが紆余曲折の末に就職したり結婚したりいいことがあるとこちらも嬉しくなる。最近治療を終えたA氏。仕事に就いてもうまくいかず、自宅に引きこもり、家族から散々非難され、ついに自殺を図り、隣県の救急救命センターに搬送され、さらに別の病院で後遺症の治療を受け、紹介されてきた人である。紹介状にはうつ病で入院が必要と書かれていたが、すでに希死念慮はなく、外来で十分やっていけると考えた。ただ、家族関係の問題も大きいため、デイケア通所してもらって本人の居場所を作るとともに、訪問看護を入れて家族関係の調整を行っていくことにした。デイケアで行った「ワンポイント森田」(1229話・1329話)にも熱心に参加していた。家族からの風当たりには「気に入らぬ風もあろうに柳かな」で受け流すこと、どう言われても挨拶はしっかりしていくよう話し、訪問看護師さんも本人が頑張っていることを家族にアピールして関係改善を図っていった。A氏は昨年から作業所に通い出し、デイケアの日数を減らし作業所通所日数を増やしていった。当初から1錠だけ服用していた抗うつ剤も本人の希望で中止し、治療も一応終結となった。A氏は訪問看護師さんに「作業所がちょうど1年になるので、自分への御褒美にGショック(CASIOの腕時計)を買いました」と真新しい時計を見せてくれたそうだ。彼にとっては立派な勲章である。まだまだ辛いこともあるだろうけれども、何とか受け流して前進して行ってくれたらと願う。

2019年6月 6日 (木)

神経質礼賛 1632.暴走事故

 暴走車が歩行者の列や店舗に突っ込み多数の死傷者を出す事故が相次いでいる。ニュースの映像で暴走して大破している車を見ると、どうもT社のプリウスが多いような気がしてならない。そう感じているのは私だけではないようで、ネット上では、アクセルとブレーキ位置がよくないのではないかとか、電子制御システムに欠陥があるのではないか、など諸説が流れている。販売台数が多い車種だし、どちらかと言うと年配者が好む車であるし、加速性能に優れているから大事故につながりやすく、事故件数が多いのは仕方がない面もあるのかもしれない。

 事故を起こした運転手たちは口を揃えて「ブレーキをいくら踏んでも効かなくて暴走した」と言い、パニックになってブレーキと間違えてアクセルを目いっぱい踏んでいたものと考えられている。高齢者の場合は、認知機能低下によるペダルの踏み間違え以外にも、急性の心臓病や脳卒中などの疾患のために意識を失ってアクセル踏みっぱなしになることもありうる。バスの運転手が突然に意識を失って暴走し、乗客がサイドブレーキを引いて、ハンドルを少し左に切って停止させて大事故を防いだ、というような事も時々起きている。

 歩道や建物内にいる人々までも巻き込むような悲惨な暴走事故による被害を減らすには、高齢ドライバーの免許返納を促すだけでは不十分である。車が走行中に大きな衝撃を検知したら、ブレーキを自動的に作動させるとともに一定時間アクセルの信号を切るような仕組みを全車両に組み込むことが必要ではないか。今の車はガソリン車でも電子制御だから、そのあたりは簡単・低コストでできるはずだ。また、そうなれば、故意に車で次々と人をはねるような非道な行為も抑止できる。使う人間に責任があってメーカーは知らないでは済まない。人を幸せにするのがモノづくりの基本のはずだ。人を不幸にする可能性は極限まで減らす義務がある。

2019年6月 2日 (日)

神経質礼賛 1631.赤チンの最期

 私が子供の頃、転んで膝や肘に擦り傷ができると、家にある救急箱のマーキュロクロム液(通称・赤チン)で消毒したものだ。学校の保健室にもあって、体育の授業などで擦り傷を作ってしまった子が塗られていた。鮮やかな赤色なので、いかにも大ケガでもしたかのように見えた。塗ると傷口にしみて痛いけれども、もう一種類の消毒薬ヨードチンキ(通称・ヨーチン)よりはいくらか痛みは少なかったように思う。どの家にもたいてい赤チンはあったが、水銀の化合物であることから、私が高校生位の時に国内での製造が中止され、輸入品に切り替わった。その赤チン、今年の5月31日に日本薬局方から削除され、ついに最期を迎えた。

 水銀による環境汚染防止策は年々強化されてきている。医療機関からは水銀式の血圧計や体温計は姿を消した。昨年あたりから古い蛍光管の処分も内部に水銀が含まれていることから廃棄方法が厳しくなっている。一旦水銀汚染が広がってしまうと回収は容易ではなく、食物を通しての健康被害を引き起こして取り返しがつかないことになるから、大いに神経質であった方が良い。

 水銀は殺菌防腐作用やその化合物である辰砂が鮮血色であることから、古代には不老不死の薬と考えられていた。その結果、秦の始皇帝をはじめ多くの皇帝が水銀中毒死したのではないかと言われている。梅毒の治療薬として用いられた時期もあった。徳川家康が持病の腹痛(本人はサナダ虫のせいだと思い込んでいたが実際は胃腸神経症だったと私はふんでいる)治療のため自ら調合していた薬にも水銀成分が入っていたようだ。

« 2019年5月 | トップページ | 2019年7月 »

最近のトラックバック

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31