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2019年10月13日 (日)

神経質礼賛 1675.台風一過

 台風19号が通り過ぎ、今日は早朝から快晴。真夏のような黒富士の宝永火口がくっきり見える。沼津港近くを行きかう船もハッキリと見える。三島では午前のうちに気温32.9℃を記録した。昨夕の強風と大雨が嘘のようである。今回の台風はかつて1200人の死者を出した狩野川台風とコースが似ていて規模もそれに匹敵、あるいはそれ以上と言われていた。残念ながら崖崩れや川の氾濫のために死者や行方不明者や負傷者を出してしまったが、それでも事前の避難勧告や「身の安全を守るため最大限の努力をして下さい。川や海には絶対に近づかないで下さい」といった繰り返しの放送によりいくらかでも被害を減ずることができたかと思う。

 台風襲来の前日11日の段階で、県内の東海道新幹線・在来線とも12日の始発から運休することが公表された。東名・新東名も通行止めだから高速バスや車もアウトである。12日は朝から勤務の上、3泊連続の当直だからどうしても出勤しなくてはならない。そこで、11日当直予定の先生と交代していただき、一旦家に戻って荷物を取ってきて、11日から4泊連続当直ということになった。12日は昼頃からだんだん風雨が強まる。デイケアの利用者さんたちは昼で終了となり、職員も可能な限り早めに帰宅。残っていなければならない職員は風雨が収まるまで院内で待機することとなった。職員の話では近辺のスーパーでは水やカップラーメンさらには乾電池はどこも売り切れだったそうである。停電や断水に備えて皆さんあわてて買いに走ったようだ。台風に限らず地震でも停電や断水が起り得る。地震は台風と違って予測困難だから、水や非常食は普段から買い置きして、時々使って新しいものを補充するようにするに越したことはない。備えあれば憂いなし。心配性、神経質が身を守るのである。

2019年10月12日 (土)

神経質礼賛 1674.サクラレビュー

 ネット通販を利用している人が多くなった。商品を購入する際に参考にするのが、すでに購入した人のコメントやレビューである。評価点数の平均点が高く、コメントやレビューが多いと安心感がある。ところが、「サクラ」が売主側に都合の良いコメントやレビューを書いていることもあり、そうした書き込みをする主婦や学生のアルバイトもある、ということがニュース番組で報じられていた。そうなると、それを信じて買った人が粗悪品をつかまされる恐れがある。レビューがサクラではないかを判別して「サクラ存在率は○%です」と表示する「サクラチェッカー」というWebサービスが話題になっているという。

 もっとも、コメントやレビューをよく観察すれば、サクラではないかと見抜ける場合が多いように思う。まず、評価点の平均は高いが、★5つ評価が多数ある反面★1つ評価も多いというものは怪しい。評判の悪さをサクラが大量の★5つ評価を流して平均スコアを上げるとともに★1つコメントやレビューを見えにくくしている可能性がある。それから、どこがどのように良いのか具体性のない★5つ評価、投稿者名が不自然である場合、同じような時期に類似の評価が続けて投稿されている、といった場合は要注意である。神経質の皆様方はやっておられると思うが、怪しいと思ったら★1つ評価をよく読んでみるとよい。電化製品だと、初期不良や業者の対応の悪さや使い勝手の悪さが書き込まれていることが多い。「安物買いの銭失い」にならないよう、サクラコメント・レビューにはくれぐれも御用心である。

2019年10月10日 (木)

神経質礼賛 1673.貧乏ゆすり

 仕事帰りの電車に乗って席に座っていて、ふと見ると通路を隔てて斜め前の席に座っている男性が激しく貧乏ゆすりをしているのに気が付いた。50代位で学校の先生風である。そのうちカバンからノートを取り出して読み始めると貧乏ゆすりはピタリと止まった。しばらくしてノートをしまうとまた激しい貧乏ゆすりが始まった。電車の中で貧乏ゆすりをしている人はめったに見ない。数年前、隣の席に座ってきた大柄の白人男性が貧乏ゆすりをしてその振動に閉口したことがある。若い頃、大学受験で後ろの席に座った人が試験中に貧乏ゆすりをして、神経質な私は試験に集中できずに困った経験があったことも思い出す。

 貧乏ゆすりをする人がどの程度いるのか、その頻度は不明である。不思議と女性の貧乏ゆすりを見たことはないので、性差もあるのかもしれない。女性だと親から「お行儀が悪い」と注意されやすいために少ないことが考えらえる。その名の由来は、貧乏人が寒さに震える様子、落ち着きなく動いている様子からとも言われるが、よくわかっていない。さらには原因もよくわからない。本人には意識がなく、一種の癖と考えられるが、不安解消のため、過剰なカロリーを消費するためという説がある。最近では、下肢の血行を良くして血栓の予防になるという効果がよく言われる。エコノミークラス症候群予防のためには貧乏ゆすり、ということになるだろうか。しかし、周囲の人に不快な思いをさせるのはいけないので、人がいないところで意識してやった方がよいだろう。

2019年10月 6日 (日)

神経質礼賛 1672.森田療法100周年

 今年は森田療法が創始されてちょうど100年になる。10月5日・6日と浜松で行われた第37回森田療法学会も「新時代の森田療法、来るべきもの」というテーマでそれを意識した内容になっていた。今回会長を務められた山末英典・浜松医大教授は、森田療法の効果検証をしようとしておられ、特別講演にはすでにスマホを用いて認知行動療法の効果を検証した古川壽亮・京大教授をお呼びしていた。その後のシンポジウムⅠではこれまでの森田療法の流れや最近の外来森田療法の実際が中村敬先生と伊藤克人先生によってわかりやすく論じられた。一方、森田療法と仏教との関わりを岡本重慶先生が論じられ、とても興味深かった。岡本重慶先生は御著書で現代の森田療法から忘れ去られた部分を追及されている。客席の最前席に座っておられた御齢92歳の元三聖病院院長・宇佐晋一先生も発言され、現代の森田療法で得られたものもあるが失われたものもあるのではないかという趣旨のことを言っておられた。私が思うに森田療法の科学性を強く主張していくうちに仏教と重なる面は削ぎ落とされてしまったのではないだろうか。森田療法のユニークな「不問技法」も今ではすっかり影を潜めている。外来森田療法を積極的に行っておられる先生からは、治療の舞台が入院から外来に変化しているので、いきなり「不問」ではなく、まず問うことから始めなくてはならない、という指摘があった。それはその通りであるが、言葉や観念の世界に終始し実際の行動に結びつかなければ、一体どこが森田療法なのか、ということにもなってくる。

 適応疾患の拡大に伴い、いかにその人の「生の欲望」を引き出して行動に転じていかせるか、ということが治療の中心に置かれるようになってきている。不安は「生の欲望」の裏返しであり、それを振り払おうとすればかえって不安を増大させる「精神交互作用」によって症状が固着してしまう。そこで不安はどうしようもないものとして不安なままやるべき行動を取っていく、という戦略は神経質者でなくても通用する。しかしながら、鈴木知準先生の打ち込み的助言に代表されるような神経質者に鋭く切り込んでいく部分は失われていった。「先生が恐ろしいのは、勉強が苦しいように、当然の事であって、もし、それが友人や路傍の人のようであっては、ここへ入院しても、なんの効もないのである(森田正馬全集第5巻 p.409)」というような治療者はいなくなった。そして神経質の良さを生かしていこうという森田正馬先生の「神経質礼賛」の精神も今はない。私の師の大原健士郎先生は森田療法の患者さんたちに「神経質で悪いことは一つもないんだよ」「神経質は出世の性格だ」と常に言っておられたものだ。そして、私に対して森田療法について語られたことは以前記したようにたった一言、「お前が患者のお手本になるように行動していくんだよ」だった。それは一生かかっても実現できない目標ではあるが、せめて神経質礼賛の旗印を掲げ続けたい。

2019年10月 3日 (木)

神経質礼賛 1671.名前の確認

 今月になって、今まで主に担当していた病棟から離れて、他の病棟の全患者さんの主治医になった。長年、御家族と面談していろいろと相談に乗っていたケースもあって、何の挨拶もなく途切れてしまったのが気になるが、こういうやり方がスタンダードだ、と言われてしまうと何とも仕方がない。新しく担当なった大部分の患者さんとは一度も話をしたことがなく、顔を見てもお名前がわからない。一昨日、最初の診察の際、次々と診察室に入ってくる方の名前がわからず、「すみません。お名前を教えて下さい」を繰り返す。この人は確か○○さんだったよなあと思い、「○○さんですね」と聞いたら、「違います。△△です」と答えた人がいた。△△という入院患者さんはいない。変だなあ、間違いないはずだが・・・実はこの人は芸能人の△△の家族であるという妄想があるのだった。私は元来、人の名前を覚えるのが苦手であり、加齢により記憶力が落ちてきているので、名前の確認は当分続くことになりそうだ。そして、これまでの経過を知るために電子カルテとにらめっこする日々が続くだろう。

 患者さんの取り違えによる医療事故は後を絶たない。他の患者さんに手術をしてしまったというような信じられないミスもたまに起こる。最近では電子カルテが普及して、別の患者さんに記載してオーダー入力してしまうようなミスも問題になっている。特に患者数の多い大病院では同姓同名や似た名前の患者さんの取り違えが起きやすい。私自身が通院している市立病院内科では診察やCT・レントゲン撮影の際に必ず「お名前をフルネームで言って下さい」と言われる。以前入院したことがある県立総合病院では一日に何度も看護師さんから「名前と生年月日を言って下さい」と言われて少々うんざりしたが、事故防止のためにはこうした確認は欠かせない。多分、大丈夫だろう、と油断していると事故が起きやすい。この点に関しては少々強迫的であった方が良い。

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