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2019年12月 1日 (日)

神経質礼賛 1691.じれったいと仕事の能率とは正比例する

 今日から12月。なにかと慌ただしくなる。正月休みがある分仕事が詰まってくるから、どうしても追われる感じになる。あれもやらねばこれもやらねばと、じれったくなる。大掃除など年1回の行事もある。我が家では大掃除というほどではないが、普段やっていない網戸洗いや窓ガラス拭きを簡単にする。年1回交換の台所流し下の浄水器フィルターの交換がある。これは一人ではできず、妻と二人で重く大きな引出を注意深くはずしてやらなくてはならない。年々少しずつ減って60枚位になっているけれども年賀状書きもある。森田正馬先生は年賀状を千通近く出していたと思われるが、ものすごい速さで宛名書きをされていたようである。

 年賀の葉書の宛名を書くのに、私は一時間に、百二十枚書きます。普通の人と比較すると、早いようです。
 さてここで、「じれったい」「気がもめる」とかいう事について、これは自分の欲望する仕事を、早く仕上げたい・片付けたいという衝動の気分であって、この衝動がすなわち仕事を早くはかどらせるところの原動力である。この衝動なしには、決して仕事のできるものではない。それで仕事は、できてもできなくとも、どうでもよいというような時に、決して「じれったい」という気分のあるはずはない。仕事の能率と「じれったい」の強さとは、常に比例して行くものである。
 「面倒くさい」という事がある。これも「じれったい」と同様の関係にあるもので、仕事の価値批判と労力との相対関係である。例えばある人が、一円の仕事を一時間でする事を普通の事とすれば、それを二時間・五時間でする事になれば、その「面倒」さが増してくるはずである。それで、「面倒」という事も、早く仕事をしてしまいたいという「気のあせり」すなわち衝動である。
 この衝動が強いほど、仕事を早くしようとする工夫やりくりが、絶えず心の内に起こってくる。そこに初めて、仕事の絶えざる能率増進がある。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.626)

 じれったいと思いながらも気分はそのままにしてとにかく手を出していく。そうすると意外にも仕事がはかどっている。この要領で慌ただしい師走を乗り切っていこう。

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