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2020年1月23日 (木)

神経質礼賛 1708.気分は書かない

 普通、日記と言えば、人に見せるものではなく、自分の思いを綴るものである。記録や備忘録としての実用的な面と気持ちを整理し書いて表現することでカタルシスを得るというような面もある。森田療法では日記指導が行われるが、通常の日記とは異なり、自分の行動を振り返るとともに、治療者にアドバイスしてもらうためのものである。入院患者さんに書いてもらうものは大学ノートを横にして1日1ページ、縦に1行おきに書いていく。上部に線を引いて空欄とし、そこに治療者が赤字でコメントを書けるようにしておく。外来で行う時には2週間とか4週間分を一度に見なければならないので、最初から2冊用意してもらって、交換していく方法を取る場合もある。私は外来では診察前に渡してもらって読んでおくか、その場で会話しながら読んでいき、コメントを書きこんでいる。日記の内容は行動を中心とし、症状や気分は書かないように、としている。それでも神経症の人は、愚痴をこぼすのが習慣となっていて、症状や気分の記載が多い。あまりにも気分の記載が多い人には「気分は書かない」と注意を与えることがある。

 日記に気分を書かない、というのでは日記ではなく、まるで会社員が書く日報みたいだと言われる方もおられるだろう。人間らしくない、と批判する方もおられるだろう。しかし、これも「症状は不問」という森田療法独特の治療技法からくるものである。気分の良し悪し、症状の有無に一喜一憂するのではなく、行動本位の充実した生活に導くための指導法なのである。治療が進んでくると、自然と症状や気分の記載は減っていき、その日の行動の記述がほとんどとなってくる。そうなれば症状へのこだわりが次の症状を引き起こす無限ループの悪循環から抜け出せるようになっているのである。

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コメント

鈴木先生の処に、8ヶ月半入院しましたが、鈴木先生の日記指導も四分休符先生とほぼ同じで、症状を、口に筆に、表現しないと指導されていました。

日記に症状を書かずに、作業をどのように工夫したか、また周囲の気づき(鈴木先生のところでは、犬と鶏を飼っていて、犬が鶏に襲いかかったことがありました。鶏を小屋から出すときは、今後、犬には気をつけたいと日記に書くと、ルイ(犬)は猟犬なのですというコメントがありました。)を書きなさいという指導でした。

たまに、症状を書くのはOKだったようで、日曜講話の日誌指導で、患者の書いた症状に対して、指導もありました。君はもっと人の輪に加わるようにとか。

私は、最近自分の症状が、複雑性PTSDだと分かり、神経症とは原因が違うということでした。
しかし、森田を知って40年、やたら神経症、森田療法には詳しくなりました。
京都の宇佐先生が、YouTubeの動画に出られて、言っている意味も分かります。

そうでした、鈴木知準先生の指導は、日記に「症状を書かない」でした。気分を書かないで有った事実を書く。生活にまつわる工夫など書くとお褒めの言葉を頂いたりしたものです。私は9歳の時から日記を書いていました。鈴木先生の所で「思い」を書かないという方法はなかなか面白いです。気持ちなど書いてもあまり意味がない事が今、よく理解出来ます。日誌は事実を書く。これが実に面白い、そう思って今、今日も書いています。

 処で、KYさんはいつ頃の入院でしょうか。私もほぼ40年経っています。昭和53年4月から約4ヶ月弱でした。同時期でしょうか。同期でしょうか。そう、ルイの散歩がありましたね。
 私は鈴木先生の元で症状は軽減せず、別の、森田では無い先生に出会って軽減いたしました。今でも通院していますが。多分森田的神経症には当てはまらなかったのではないか、と素人ながら思います。が、しかし、森田的神経症とも重複している所もあります。治療方針として鈴木先生が採られた道元・坐禅は神経質症状に応用出来ていると感じています。正に「今、生きる」精神です。

yukimiyaさんこんにちは。

私が入院したのは、1986年 昭和61年です。
1月の末から、10月の初旬まででした。
ここで治さないと死んでしまうという危機感がありました。
それは、仕事中、車で親子の焼身自殺を観たからです。
いずれ自分もこのようになるという恐怖感がありました。

しかしうつ病だったため、(当時は自分がうつ病だという認識がなかったです)
バラ園に自転車で行くのですが、うつで胸が苦しく動けないので、バラ園の小屋でうずくまって横になっていました。
調子が悪くて行けないと言うと、次からお呼びがかからなくなるので、そのようになりました。

yukimiyaさんの頃は、不安心即安心と言われなかったですか。
僕の時は、不安は不安だけでそれっきりという表現でした。
再入院の人が、昔は不安心即安心と言っていたと話していました。

そうですか、今もよくなりませんか。
不問とか、何か難しいことばを使うと、その言葉の意味が分からず、時間がかかるのではと思います。

自分の不安、症状と頭の中で無くしようと闘うのを止めなさいという表現でどうでしょうか?神経質は止めたら治ると思います。

僕の場合は幼少期の虐待で、扁桃体付近が、キンドリング現象により、分子レベルで変質していて、治ることはないです。
精神葛藤が無いのに反射的に不安が込み上げてきます。
神経質は精神葛藤で不安が起こるのに対し、虐待は反射的に不安が込み上げてきます。ここが違うところです。
キンドリング現象を私のブログから転載してみます。

すみません。四分休符先生。先生の話題からそれてしまいました。
申し訳ございません。

私のブログに友田明美先生の記述を転載したものです。
   ↓ 
慢性的精神疾患の一部には、幼少期の虐待が原因であることを知っていただくために、ブログを書いています。

虐待と云っても、言葉で説明したり、文字で説明しても、どこまでが悪い事をした注意か、また叩く、蹴るという程度というのが分かりにくいものです。
しかし、最近はスマートホン、防犯カメラ等で、映像と音声でよりよくわかるようになりました。
中国の虐待動画URLです。
      ↓
https://www.liveleak.com/view?t=a7n5b_1545553708

タイの虐待動画URLです。
       ↓
http://re-file.com/44/585/

日本の虐待動画URLです。

http://re-file.com/44/2055/

友田明美著 虐待が脳を変える P138~P140の文章の抜粋です。

強い副作用を伴うが効果の高い薬があるとしよう。
副作用が伴うことがわかっていても、多くの人がまずは命の維持を最優先するであろう。
脳も同様の選択をする。
非常に危険な状態におかれた場合、生存の維持を最優先し、長期的な作用は考慮しない。
副作用が強くとも、薬を服用することを選択する。
その薬がコルチゾールである。
虐待などをはじめとしたストレスを受けると、そのダメージから回復するためにコルチゾールを分泌する。
そして、コルチゾールは非常に優秀な働きをする。
実際、人間は一度きりの過酷な体験に対しては高い回復力をもっているといわれる。
しかし、虐待のような長く継続して続くストレスには、コルチゾールはむしろ毒になる。
長期的に多量に分泌すれば、海馬を破壊してしまうという副作用を伴うのだ。
また、扁桃体が興奮し続けると、キンドリング現象と呼ばれるものが起きる。
これは、神経細胞が何度も刺激にさらされることで、少しの刺激でも反応が起きるようになっていくしくみだ。
こうして繰り返しストレスを体験することによって、ストレスに弱い脳になっていく。
また、このキンドリング現象は、幼い脳ほど起こりやすい。
このような影響はとてもゆっくりで、時間が経ってから現れてくる。
・・・・・つまり、短期的に見れば生き延びるために不可欠な反応が、長期的にはさまざまな困難や不都合を引き起こす。
成人してからのアルコール・薬物依存や、うつ病、摂食障害、自傷、自殺企図などの精神的な問題の原因の少なくとも一部は、脳の発達段階で高い負荷がかけられたことであろう。
実際、依存症でもうつ病でも、背景にトラウマがあるケースは、そうでないケースに比べて発症年齢が低く、多重の診断が多く、初期治療への反応がよくないのである。
・・・・・深刻な虐待を体験した人では、恐怖をつかさどる扁桃体が過活動になる。
いってみれば、常に危険に対して警戒態勢にあるということだ。
*扁桃体は不安、恐怖、緊張などをつかさどる脳の一部です。

三つの虐待動画だけを観ると、虐待の程度、子どもの年齢から云って、こどもの脳へのダメージがより大きい虐待はタイ、中国、日本の順だと思います。

虐待依存症について大塚俊弘先生コメント抜粋
川崎市こども未来局 児童家庭支援・虐待対策室 担当部長。
長崎県出身。長崎大学医学部卒。精神科医。

子ども虐待はアディクション、つまり依存症です。児相の現場では10年以上前から、その前提で指導が行われています。依存症には、ギャンブルやアルコール、仕事などのほか、暴力や虐待、さらには特殊な人間関係などがあります。共通の特徴としては「やめたくてもやめられない」という行動障害であること。

アルコール、薬物の使用、ギャンブル、買い物、暴力や力による支配などの行為には、気持ちがいい、ストレス解消になる、目の前の嫌なことから一時的に開放される、などといった「快感」が伴います。そして、快感を伴う物質や行為は、脳内報酬系という神経回路を活発化させます。

この状態が恒常化すると、ちょっとした脳の刺激によっても、その物質を使いたい、その行為をまたやりたい、という欲動が起きてくるようになります。言い換えると、「脳が自動的に物質や行為を求める」ようになるわけで、もはや個人の意志力や精神力などでのコントロールは不可能です。
子ども虐待やDVは、「暴力、力による支配」という行為過程への嗜癖であると理解することができます。
繰り返される暴力への対処法は、次の3つしかないと私は考えています。ひとつは逃げること。次に第三者を介入させること、そして公権力や専門家を介入させることです。

KY 様

 コメントいただきありがとうございます。

 森田先生、知準先生、宇佐先生、どの先生も原則的に症状は不問、という姿勢で患者さんたちに臨んでおられました。ただし、「人を見て法を説け」であり、うつ症状のある方に対してはそれに見合った対応をしておられたと思われます。

yukiyama 様

 コメントいただきありがとうございます。

 だれもが神経質な面を多かれ少なかれ持っていますから、森田療法の不安への対処法は多くの人々に役立つものだと思われます。森田先生も「総ての人が神経質の素質を持つて居るといふ関係から、総ての身体病には必ず多少に拘らず神経質の徴候を加味して居る」森田正馬全集第1巻(神経質及神経衰弱症の療法第五章)p335 と書いておられます。そして特に「生の欲望」が強い森田神経質には不問技法による治療がシャープな効果を示します。
 森田療法のすばらしいところは、年月が経ってからも効果を示すことです。yukiyama様も行動を通じて身に付けられた知準先生の御指導がその時には症状軽減に直接つながらなかったにせよ、現在の先生の治療と相まって奏功しているかと思われます。

KY様

そうでしたか、昭和61年。多分すれ違ってもいないですね。
私は症状から追体験にもあまり熱心になれませんでしたし。今で言うパニック障害です。

不安心即安心という言葉に私は覚えがないです。ぼ~っとしていたのかもしれません。
ただ、道元禅の事はしっかり染みついたように思います。

過去を振り返っても仕方がないのですが、四分休符先生のブログを同期生と出会えるかな、と思ったりもしていたものですから...

鬱型神経症の人に対しては鈴木先生は優しくてらしたですね。こちらは打ち込まれる、鬱型の人には優しい。単純になんで~と感じた記憶があります。

四分休符先生

先生の言われるように、根底に鈴木先生指導の森田療法があるのかもしれません。
ですから、道元禅にせっせと通っている、と言えます。
森田の「も」の字も今の先生には通用しませんが、坐禅はいいですよ、と言われますし。

鈴木先生は話を聞いて下さらない主義でしたが、今の先生は話を聞き出すようにして下さいます。今日は3点、お話を聞いて頂きたい、と伝えますと、じっくり聞いて下さいます。症状ではなくて、事実を相談する、というイメージです。
大分よくなっているので、大丈夫ですよ、とニコッとされます。そのニコッに騙される?のですね。過ぎてしまえば大丈夫だった、という繰り返しです。

父が暴力的でした。鉄拳が飛ぶが如くの家庭でした。
姉は結婚後宗教にはまり、私は神経症に。今の先生は私の人生まるごと知って頂いています。私は60歳で初婚。相手の人も暴力的な人とは全く反対にいる人です。

父が存命の時は気付かなかった私の躓きも先生と夫になる彼の存在で気付かされ、解きほぐされているように思えます。

鈴木先生は、森田療法については支持しながらも疑問がなきにしもあらずですが...
でも私の根底に森田が流れているのでしょうね...そうでなければ、こうも道元禅を意識する事はなかったように思えます。

yukimiyaさんへ

父が暴力的ということから、yukimiyaさんのパニック障害の原因は、幼少期の日常的な強いストレスが原因という可能性もあるかと思われます。
神経質という生まれつきの性格かもしれませんが・・・

鈴木先生自身、きょうだいが上が女で、下が女で過保護で甘やかされて育ったと言われました。
また、私の診察の時、甘やかされて育ったのでしょうと言われましたが、心の中では、殴られて育ったと思いましたが、反論しませんでした。

精神科医も患者も、不安やうつが、何が原因かと悩むところと思います。
私は、59歳になったばかりの約1年前、友田明美著 虐待が脳を変えるを読み、1年勉強して、虐待が原因の複雑性PTSDと確信をしました。

複雑性PTSDはとは、うつ病、不安障害、解離性同一性などの症状を言います。

同じ大腸がんでも、遺伝性大腸がんもあれば、偏った肉食などが原因といわれる一般的大腸がんがあります。
大腸がんになる原因が違うのです。

神経質性格が原因の不安、うつ等と虐待が原因の不安、うつ等はメカニズム(機序)が違うのです。

神経質の不眠と虐待の不眠の違いを例にとると、神経症は眠れないと言いながらも、実際は寝ていたり、翌日昼寝をして、1ヶ月の睡眠時間は健常者と同じであるけど、虐待のうつは、漠然とした不安で眠れなくて、1ヶ月の睡眠時間が健常者の3分の2ぐらいだったりします。

神経症の不安は、嫌な気分を頭の中から排除しようとする、激しい精神葛藤が原因です。

虐待の不安は些細なストレスでも、強い不安が発症するように、脳が変質しているのが原因です。
わたしのブログに友田明美先生の書評を転載したのを、またこちらに転載しました。
                   ↓

慢性的精神疾患の一部は、幼少期の虐待が原因であることを知っていただくために、ブログを書いています。
こどものこころの発達センター(福井大学)ホームページ 研究成果 発達支援研究部門の一部を転載しました。
                  ↓
1. 『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書)(友田明美, 2017.8)
 週刊朝日(2017年10月6日号)の「書評」をまとめに代えて以下に記す:
 ”・・・日本語で「不適切な養育」と訳される「マルトリートメント」によって、子どもの脳が物理的に変形することが明らかになったらしい。添付された何枚もの脳の写真が、その悲惨な研究成果を証明している。問題となるマルトリートメントには、暴力的な虐待だけでなく、無視、放置、言葉による脅し、威嚇、罵倒、そして子どもの前で行われる夫婦喧嘩も含まれると友田は指摘する。これらは子どもがいる家庭ならあってもおかしくないが、強度や頻度が増したとき、子どものこころは確実に傷つく。こころとは脳のことである。脳はマルトリートメントによるストレスを回避しようとし、その結果、変形していくのだ。傷ついた脳はその後、学習意欲の低下や非行、うつや統合失調症などを引きおこす。大人ですら過度なストレスは脳に大きな影響を与えるのだから、発達過程(乳幼児期、思春期)でマルトリートメントに晒された脳がどうなるか、素人でも理解できる。では、どう予防すればいいのか、傷ついた脳を回復させる方法はあるのか、脳が傷ついたまま親になっている場合はどう救うのか。友田は愛着形成の重要性を説きつつ、具体的な対策を紹介する。ケーススタディも豊富で、多くの人の参考になるだろう。〈子どもに必要なのは、安心して成長できる場所です。それを与えることができるのは、われわれ大人だけです〉この本を読んでいる間、私は何度も亡き両親に感謝した。”

KY様
 確かに、父の暴力的な質は家族にかなりの影響を与えました。
私も小児神経症のきらいがあったと思います。母がかわいそうだったのです。5,6歳の子供がそう感じていたのです。母を守らねば、と。今思えばお笑いなのですが、そんな神経症持ちでした。
 姉も気の毒でした。しかし、神経症にはならず、深く深く極端な信仰にはまりました。そのまま家庭崩壊の再構築も出来ずに4年前64歳で逝きました。父も姉も居なくなった今、穏やかな生活です。
 
 鈴木先生の森田療法が無駄だったと思いたくありませんが、父とは逆の性格をもった先生に出会えて、私の人生まるごと知って頂き、また同じような性格で私を受け止めてくれた夫=彼に出会えて私は軽快になってきています。

 問答無用・打ち込みは父に似ています。正直な所。でも、入院させてもくれました。存在否定は絶対出来ません。家庭人として責任感の強い人だったと、大人になって理解できるようになりました...

 あと、最後に付け加えます。大事な人が神経症傾向のまま居ます。母です。一家に一人神経症が居るともう一人神経症が出てくるとも聞いた事がありますが、母もその傾向があったと思われますが、自分の神経症傾向を否定したまま90年生きています。やはり、気の毒だと思わざるを得ません。

 父が、関わっていますね...

yukimiya様

 長年の辛い御体験も今の幸せを得るための土台となっていると考えらえてもよいのではないでしょうか。過去の思いはともかく、今を生きることに主眼を置くのが森田療法の基本姿勢ですし、禅の教えとも重なるところだと思います。

KY様

 当ブログの主題は虐待ではありませんので、あまりコメントいたしませんが、私たちの子供時代は、言うことを聞かないと親から殴られたり平手打ちをされるということは珍しくありませんでしたし、学校でも教師の体罰は日常茶飯事でした。今だったら暴行・虐待として糾弾されます。母親が「あんたはウチの子じゃないよ、拾ってきた子なんだよ」と脅したりするのも虐待にあたります。私自身、そう言われて家から追い出されて入れてもらえない体験は何度かありました。ただ、親も教師も子供を傷つけているという認識はなく、当時の時代背景も加味して考えなくてはなりません。虐待の話はこの位にしておきましょう。

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