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2020年1月12日 (日)

神経質礼賛 1705.明智光秀はレビー小体型認知症だった?

 今年のNHK大河ドラマは明智光秀(?-1582)を主人公としているため、何かと光秀が話題に上ることが多い。かつては「三日天下」と揶揄され、主君を倒した狡猾非道な人物かのように言われていた。最近では大変な部下思いで、優れた街づくり・城づくりをし、税負担を軽くして領民から慕われ、一人の正室だけを愛した、和歌や茶道に通じた文化人であった点などが知られるようになり、そのイメージは変わってきている。1月9日に放送されたNHKの「偉人たちの健康診断」は「明智光秀 本能寺の変“敵は腸にあり”」というテーマだった。

 番組の中では、本能寺の変の前の光秀の異常・・腐った魚の臭いに気付かなかった、チマキを皮のまま食べた、おみくじを何度も引いた、を上げ、レビー小体型認知症だったとし、さらにその原因はその6年前にかかった腸の重病だとする説を紹介していた。現在、レビー小体型認知症は認知症全体の約2割を占めると言われていて、私も入院患者さんを受け持つことがある。幻覚(特にリアルな幻視)やそれに伴う妄想、悪夢や大声での寝言、認知機能の日内変動、パーキンソン症状などが認められる。幻覚や妄想を抑える薬の多くはドーパミンを遮断するので、パーキンソン症状を悪化させてしまうため、治療に難渋することがある。

 光秀はレビー小体型認知症だったのだろうか。絶対になかったとは言い切れないが、その可能性は低いのではないかと思う。家康接待の「腐った魚」は馴れ寿司を信長に誤解されたためとも言われる。認知症があっては、本能寺襲撃は遂行困難だったろうし、パーキンソン症状と思われるエピソードも見当たらない。感染症による腸の重病というが、これは石山本願寺を攻撃中に激しい反撃にあって、あわやのところを援軍に助けられた後のできごとである。PTSDあるいはうつ状態だった可能性もある。光秀は豪傑タイプの人間ではない。周囲に気を配って上手に調整する能力に優れていて、幾分神経質な面も持ち合わせていた人なのではないだろうか。本能寺の変を起こす前の強い心理的不安から異常とも見える行動があってもおかしくない。

 犯罪心理学者による、過剰適応の積み重ねからくる「衝動説」も紹介されていた。過剰適応を続けて信長に取り立てられてきたことは確かである。叡山焼き討ちなどは本人はやりたくないことだったが、信長のために汚れ役を買って出た面がある。信長の御機嫌を損ねたら功臣でも簡単に切り捨てられる。ブラック企業の役員のような立場である。本能寺の変の少し前、信長から領地替えを言われたのが大きな引き金になったとしている。毛利氏が支配する国への転封、それは戦に勝って領土を取らなければ自分の領地を没収され、家臣たちが路頭に迷うことを意味する。そのため、衝動的に本能寺の変を起こしたというのだ。大きな流れはそれで合っているが、事前に自分の重臣たちと綿密に話し合って計画しなければできないことである。それに秀吉の援軍として中国地方へ向かうはずの道と京へ向かう道の分岐点から本能寺までの移動に要した時間が長過ぎるのを根拠とし、実は一度信長に会ったのではないかとしているが、当日は新月で月明かりがなく、その中を目立たないように時間をかけて大軍を動かしたためのことだとも考えられる。日本史最大の謎「本能寺の変」に関しては従来からいろいろな説が唱えられ(989話)、これからも新しい説が出てくることだろう。楽しみである。

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