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2020年3月19日 (木)

神経質礼賛 1727.入院森田療法の行方

 今まで何度か書いてきたように、入院森田療法がますます継続困難な状況になってきている。現在の保険医療では採算が取れにくいことも一因であるけれども、一番大きなものは、「使役問題」である。森田正馬先生の時代からすでに、「患者から高い入院費を取って働かせるとはけしからん」という非難があった。昨今は病院の監査の際には「掃除やシーツ交換や配膳などは職員が行うべきで、患者さんに手を出させてはいけない。もし患者さんが行ったら相応の対価を支払わなければならない」と注意を受ける。森田療法の場合には、できることは自分でやる、率先して手を出していくのが重要だから、どうしても使役問題にひっかかってしまうのだ。今までは治療の一環として本人が自主的にやっていると主張して通してきたが、もはやそれが通らなくなってきた。さらに洗濯にしても、自分の衣類やタオル類は自分で洗濯していたものが、最近の流れで業者に委託するようになってしまった。そうなると、上げ膳据え膳、何もしないでくつろぐ温泉旅館の生活になってしまう。理屈ばかりこねて行動が伴わない神経症者の治療の場が提供できなくなってきているのだ。

 以前から、入院に代わる効果的な森田療法は訪問看護の利用にあるのではないかと考えている。精神科の訪問看護の対象になっているのは主に慢性期の統合失調症や遷延化したうつ病の患者さんなどで、看護師さんが一緒に掃除や洗濯や調理などの家事を行っていて、その結果、日常生活能力が向上したり、意欲が向上したり、家族や周囲の人たちとの関係が改善したりすることもある。症状はありながらもやるべきことをやっていくよう導く、神経症に限らない広い森田療法的アプローチと重なる部分があるように思う。神経症でも特に強迫のために日常生活に支障をきたしているような人には実際の家庭生活の中でタイムリーな助言がしやすいことが考えられる。もはや、従来のような形で入院森田療法ができにくい時代になってしまったけれども工夫の余地はある。

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コメント

四分休符先生、医療現場ではそういう事が起きているのですね。
 確かに、入院森田療法は入院と語っていますが、ちょっと意味合いが違うように思います。
 昔はその点、おおらかだったように思います。私は四十余年前の、中野・鈴木知準診療所でしたが、薬も出る『道場』とでも言いましょうか。布団も自前でしたし、作務?作業をするのが前提でした。掃除、食事準備手伝い、風呂焚き、買い物、ルイの散歩、バラ園の世話...診療所という医療期間でありながら、ベットで寝ている訳では無い。保険適用ではありませんでしたし。

 近い所では現在、慈恵医大・第三病院が森田を取り入れていて、第三病院へ行くと「森田療法の庭」を見る事が出来ます。慈恵も病院を語っていますから、そこの所はどうなのでしょう。たまたま慈恵へ行く機会(滅多に無いですが)がありますと、病院・森田療法ってどういう感じかしら...と感ずる事は確かです。『作業道場』は大変重要なのですが。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 入院森田療法は医療ではあるけれども、再教育の場という
意味合いが強いので、どうしても現代の「医療」と相入れない点
が出てきてしまいます。鈴木知準先生のもとで指導を受けた
方々が「鈴木学校」」と呼んでいるのはとても理解できます。
大学病院では本格的な作業療法はできません。精神病の方々
に対する「作業療法」と同程度のレクリエーション的な「作業」
でお茶を濁すことになってしまいます。それでもないよりはマシ
ですが。とても残念なことです。

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