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2020年4月29日 (水)

神経質礼賛 1740.掛川城

 昨夜は精神科救急当直だった。今日は祝日なので、朝で仕事明けである。送迎車がなくタクシーを呼ぶところながら天気も良いので、駅まで歩くことにした。少し大回りになるけれども、旧東海道を東に歩き、途中から逆川沿いの道に入り、掛川城天守を見ながら掛川西高校の南側を通る。実に良い環境に恵まれた高校である。普段ならば運動部の生徒さんたちが練習していそうだけれども、新型コロナ対策のため生徒さんの姿はない。掛川城も今は見学中止になっていて、中には入れないので、天守を見上げて写真を撮る。この天守は平成の再建で、木造である。子供が小さい頃に連れてきたことがある。掛川城は元は今川氏の家臣・朝比奈氏の城で、今川氏の衰退後は家康の重臣が支配し、家康の関東移封後は秀吉の家臣・山内一豊が入り、城の拡張整備を行った。一豊は関ケ原の戦いの戦功により土佐一国の主に出世している。城近くの観光施設や食事処などは休業中で人もほとんど歩いていなかった。どの店も「56日まで営業を自粛します」の張り紙がある。

 駅構内の「これっしか処」の前を通ると、地場産の大きな白菜が目に付いたので、バラの花束と一緒に購入。合わせて五百円也。ワンコインだ。それを手に帰りの電車に乗る。同じ車両の乗客は私の他は一人しかいなかった。作業服を着たスキンヘッドの中年男性で朝だというのにトリスハイボール缶を手にして独語している。「こんなはずじゃなかったのになあ!」などと大声を上げている。車掌さんが何度か前を通っていく。やれやれ、今日は変な客ばかりだなあ、酔っ払いはいるし、白菜とバラを持った妙な奴もいるし、と内心思ったことだろう。帰宅してからは全く外出せず、長く伸びた木の枝を切る作業をして過ごした。日々是好日である。

2020年4月26日 (日)

神経質礼賛 1739.チャイム

 掛川で仕事をするようになってまず気付いたのは強い風と防災行政無線のチャイムである。かつて浜松に住んでいた時には年中強い風が吹いていて凧あげが名物であり風の街だと感じていた。遠州特有のからっ風が吹き付けて冬場は特に寒く感じた。掛川も浜松に負けていないようだ。今度の勤務先は外来などがある管理棟と病棟が別棟になっていて外の連絡通路を通って行き来しなくてはならない。屋根は付いているけれども強風に晒されて(乏しい)髪はくちゃくちゃになるし雨の時は吹き込んでちょっと大変である。

 防災行政無線(同報無線)のチャイムは正午と夕方5時に響き渡る。正午は「茶摘み」。茶どころ掛川にふさわしい曲である。夕方は「おぼろ月夜」。のどかな感じでよい。掛川にはまだ田園風景が残っている。どちらも春の曲だが、年中同じ曲が流れているのだろうか、と気になって掛川市のホームページを見たところ3月から5月の間の曲になっていた。6月から8月は正午が「富士の山」で夕方が「夕日」、9月から11月は正午が「とんぼのめがね」で夕方が「夕焼け小焼け」、12月から2月は正午が「故郷」で夕方が「家路」とのことである。季節感を考慮していて神経質が行き届いていて良い。こうした懐かしい童謡や唱歌は音域が1オクターブか1オクターブ+1音程度で作曲されていて誰でも歌いやすくできている。春夏秋冬を題材にした歌も多い。今の小学生はあまり歌わなくなっているようだが、ぜひこれからも歌い継がれてほしいと思う。

2020年4月23日 (木)

神経質礼賛 1738.うれしい便り

 1月末に退院した方から手紙が届いた。茶話会でチョコレート餃子(1699話)を作った方である。大学病院で森田療法を受けておられたが生ぬるい作業が合わず、途中でやめて三島森田病院に入院された。精神科薬は一切飲まず、本当に一生懸命に作業に打ち込んでおられた。1月の寒い夕方、5時を過ぎても病棟に戻っていないので、捜しに外へ行ってみると病院前の歩道の枯葉を一人黙々と掃いている彼の姿があった。予定通りピッタリ3か月で退院することになったけれども、やはり退院前は不安な様子だった。「まだよくなっていないのではないか」「会社に戻ってちゃんと仕事ができるのだろうか」そんな思いが彼の頭の中を去来していた。私は山野井房一郎さんの話(1719)を例に出して彼の背中を押した。彼ならば必ず突破してくれるだろうと信じながらも気にはなっていた。手紙によれば、退院されてすぐ産業医と面談して半日勤務から徐々に勤務時間を延長し、3月中旬からはフルタイム勤務に復帰したとのことだ。奥様からの手紙も入っていて、入院前と比べて見違えるように明るくなったと書かれていた。彼は私にとって最後の入院森田療法の患者さんである。本当にうれしい。

 こうした治療ができていたのも森田療法の本質をよく理解した看護スタッフさんたちのおかげである。とりわけ長年にわたり作業指導にあたってこられた山代記美男さんの功績が大きい。元々は看護助手として閉鎖病棟の患者さんたちのお世話をしておられた。時には興奮して暴れる患者さんを体を張って抑えていた。まだ作業療法士もケースワーカーもいない時代に作業療法に携わりレクリエーションを企画したり患者さんの外勤先を探してきて退院への足掛かりを作ってくれたりと八面六臂の活躍をされていた。患者さんと職員の合同での他の精神科病院とのソフトボールの試合にも出場していたことを思い出す。田原あやさん(84話)が亡くなられてからこの四半世紀、三島森田病院の森田療法を支えてこられた。心から御礼申し上げたい。

2020年4月19日 (日)

神経質礼賛 1737.部屋の花

 先日、退職した時にいただいた花束はバラ、カーネーション、カラー、ミニひまわりなどの組み合わせで黄色メインの配色。幸せの黄色い花束だった。カラーは早く萎れてしまったが、他は元気なので、妻がグラスに移して家の中のあちこちに分散させて飾ってくれた。その中で、花束の時には目立たなかった小さな釣鐘型の橙色の花があった。花の柄はとても細くて葉も長細い。はて、何の花だろうか。釣鐘型の花を調べてみるといろいろある。カンパニュラ(つりがね草)、釣鐘ニンジン、ホタルブクロ、半鐘蔓など。しかし、このような細長い葉のものは見当たらず、わからずじまいだった。こうして後々まで楽しませていただいたのはありがたい。

 仕事帰り、掛川駅の構内を歩くと、食事処は営業自粛になって閉まっている。地場産品を販売する「これっしか処」は営業している。無農薬野菜や無漂白パンや手作りジャム類や地元の菓子店の商品を並べている。袋井周辺で生産されているクラウンメロンの検査用に一部切り取って八分の七になったものを格安販売しているのも面白い。店の外には近隣バラ園のバラが並べてある。一束税込200円から400円とお手頃価格。以前から気にはなっていた。電車の時刻までまだ十分あるので、品定めして200円のものを買う。赤・濃桃・薄桃色のスプレーバラ10本と普通の赤バラ1本の組み合わせで、これはお買い得だ。前の晩は精神科救急当直だったので、未明に緊急措置診察を依頼され、入院を受けざるをえなかった。さらには総合病院から依頼の重症患者さんの転院も受けて、バタバタ動き詰めだった。帰宅してホッとして買ってきたバラを見るとそんな疲れも忘れて顔が緩む。たまには花を買ってきて家の中に飾ってみるのも精神衛生上よいことかもしれない。種々のイベントの中止のため需要が激減して、花屋さんや花農家は困っていると聞く。花屋さんの前を通ったらちょっと見てみよう。

2020年4月16日 (木)

神経質礼賛 1736.つれづれわぶる人

 現在、Google検索画面の下に「家にいよう。みんなのために。」と表示されている。ゆっくりショッピングを楽しみたい、外食したり友と酒場で盃を交わしたりしたい、美術館へ展覧会を見に行きたい、たまには旅行へ行きたい。そうした今までは普通にできていたことが全くかなわなくなった。今はみな家でガマンの時である。私も2月の終わりに親友から合奏の誘いがあったが、バスに乗って行くのは心配だし、親友も高校教師だからお互い万一感染したら迷惑度が高いので早々と自粛を決め込んだ。

 家に引きこもりの生活が常態化して、することがなくて退屈だと嘆く人も少なくないだろう。徒然草の第七十五段に「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるる方なく、ただひとりあるこそよけれ」とある。することがなくて一人でいるのを苦痛だと思う人はどういう心なのだろうか。心が乱されることもなく、一人でいることこそ良いことだ。として、一人でいることの効用を述べている。もっとも、兼好法師自身も隠者というよりは和歌などを通して多くの知識人たちとの交流を持っていた人である。それに、つれづれなるままに筆を進めていた人でもある。何もしないではいられなかったと思う。

 森田流生活術では「見たところに仕事あり」。この際、普段できないでそのままにしている整理をしてみるといいだろう。古い本や雑誌がたまっているのに目を通して、もういらなければ処分する。衣類も着古したものは処分だ。写真やカセットテープも残したいものはデジタル化して保存。大掃除の時にやろうと先送りして何年も経っている掃除もある。意外とやることは見つかるものである。

2020年4月12日 (日)

神経質礼賛 1735.アマビエ

 毎日新聞朝刊の4コマ漫画「桜田です」(いしかわじゅん)に無言で家の中に現れるキャラクターが登場するようになった。人魚のような姿で桜田家の一員であるかのように溶け込んで食べ物を食べてしまい数が足りなくなったりする。一体何だろうと思っていたら、厚労省の「知らないうちに拡めちゃうから STOP!感染拡大」という新型コロナ対策のキャラクターに登用されたアマビエだと知った。

 甘エビ?雨冷え?アマビエとは聞き慣れない名である。江戸時代に目撃されたという妖怪で、海中から半人半漁の姿で現れ、豊作や疫病を予言すると伝えられる。疫病を退散させる力もあるとも言われ、その力を買われて厚労省から抜擢されたのだろう。

 「知らないうちに拡めちゃうから」はまさにその通りだ。そして「知らないうちに伝染っちゃうから」でもある。感染源不明のケースが多くなり、すでに市中感染症化している。当初は、感染しても大部分は軽症で済む、若くて元気な人はそう心配することはない、という楽観的な見方が政府によって喧伝された。これが人々の正常性バイアス(450話)を増強し、感染拡大を招いてしまったのだ。この期に及んでも「自分は大丈夫」と過信して夜の街で遊んで感染し、家族や仕事の関係者に拡めてしまうケースが後を絶たない。本当の新型コロナ対策はアマビエさんに頼るのではなく、神経質を発揮することだ。自分もいつ感染するかわからない、そして重症化して死ぬ可能性もある、と認識し、そうならないように用心して行動していくことを皆が実行していけば、やがては収束して被害を最小限に食い止められるのである。

2020年4月 9日 (木)

神経質礼賛 1734.月桂樹の花

 今日、筋向いの家の奥さんと顔を合わせたので挨拶したら、「お宅の方から細かい花が飛んできて困る」と言われた。「すみませんねえ。この前も掃除したんですが、またやっておきます」と返事する。問題になっているのは月桂樹の花である。妻の希望でオリーブと月桂樹の小さな苗木を買ってきて、幅30cmの狭い花壇スペースに植えたのは10年位前だったろうか。どちらも弱々しくて傾き、枯れてしまうのではないかと思われたが、日当たりが良いためか今では高さは3mをゆうに超え、どんどん枝を伸ばすので、枝切りに苦心している。月桂樹の方は、4月になると黄色い小さな花をたくさん咲かせる。雄株は黄色で雌株は白い花なのだそうだ。それなりに綺麗だけれども、花が落ちると掃除が大変である。秋に咲く金木犀にも似て、舗装道路に落ちると花が細かいので路面の凹んだ部分に詰まって、箒で掃いてもなかなか取れないのである。日曜日に掃いたばかりでもう溜まっている。外掃き用の箒の毛の角の部分を溜まった所にあてがって掘るようにして掃いていく。神経質を要する仕事である。自分の家の側だけでなく道路の向かいの方も掃いておいた。

 月桂樹はローリエ、ローレル、ベイルーフとも呼ばれる。ギリシア時代やローマ時代、太陽神アポロンの聖樹とされていたから、「勝利」「栄光」「名誉」を意味するとされる。今でもマラソンの優勝者の頭に月桂樹の葉で作った冠を載せるのは御存知かと思う。一方で、月桂樹の花言葉は何と「裏切り」だそうである。花の色が黄色のため、イエスを裏切ったユダの黄色い服からの連想によるらしい。

  勝利と言えば、ナポレオンの名言に「勝利はもっとも忍耐強い人にもたらされる」というものがある。当ブログで紹介してきた神経質人間・徳川家康はまさにその典型である。勝利にまで結びつかないかもしれないが、地道にできることを続けていくのが私たち神経質の生きる道に他ならない。

2020年4月 6日 (月)

神経質礼賛 1733.トナラー

 空いている新幹線に一人で乗る時は、二人席の窓側に座る方が多い。私もそうである。ところが、まだまだ席は空いているのになぜか私の横の席にわざわざ座ってくる人がいる。これはあまり気持ちのいいものではない。特にコロナ問題が深刻な昨今、人との距離は離したい。若い女性が座っていると横に座りたがる男性はいるかもしれないが、私のように加齢臭を発散していそうな初老の人間の横にどうしてわざわざ座らなければならないのだろうと不思議に思う。そこがその人の定位置だからだろうか。それとも私がもうすぐ降りることを知っていて選んだのだろうか。商売柄、妄想対象になっているのではないかという心配までしてしまう。今は対策として、空いている時には横の席には荷物を置いておき、混んできたら荷物を膝やテーブルの上に乗せて席を空けるようにしている。

 商業施設などの広い男子トイレでも、いっぱい場所はあるのになぜか後から来て私の隣を利用する人がいる。私も含めて対人恐怖の心性を持った人間にとっては嫌な場面である。もはや途中で場所を替えることはできず、気持ちが悪い。仕方なく、そそくさと用を足して立ち去る。

 広い駐車場では、なるべく車を離して駐車したい。横にピッタリ付けられると出入りが不便だし、ドアをぶつけられて車を傷つけられる心配がある。けれども、後から来てすぐ横に駐車する車がある。これも嫌なものである。もっと広々したところに駐車すればいいものをと思ってしまう。

 週刊誌をパラパラ見ていたら、このような人をトナラーと呼ぶらしい。そういう行動を取る理由はいろいろ考えられるが、結局は人との距離感覚が気にならない人なのではないか。神経質人間は他人との距離を置きたくなる。だから、トナラーとなって人に嫌な思いをさせることはないだろう。

2020年4月 5日 (日)

神経質礼賛 1732.桜吹雪

 昨日、仕事帰りに街を歩いていると、全国チェーンのコーヒーショップが閉まっているし、土曜日の夕方にしては歩いている人の数がかなり減っていた。大型商業施設も開店時間を短縮しての営業だ。毎月、母から頼まれて買っている「茶道雑誌」をすばやく買って立ち去る。多分、歓楽街の夜の店は閑散としていることだろう。昨日のニュースで某大学精神科の医師たちがナイトクラブで新型コロナウイルスに感染したという話があった。神経質が足りないとしか言いようがない。不要不急の外出は避けるようにということながら、携帯電話の位置情報の解析では、欧米に比べると国内では移動の減少が不十分という話があるし、危機意識が薄いとも言われている。特に、若い人たちの間で自分は大丈夫だと過信している人が多いらしい。恐れる必要のあることは恐れ、そうならないよう工夫していくことが大切である。

 今日は、リハビリがてら、母を近くの公園に連れて行った。桜はほぼ満開。時々、強い風で桜吹雪が起こる。例年ならば町内会の人たちが花見で一杯やっているところだが、今年は見当たらず、幼稚園児や小学生位の子供を連れた家族が遊ぶ姿が目立つ。小さい子に事細かく叱る母親がいて、それを見て母は昔を思い出したようで笑っていた。桜吹雪と子供たちの歓声に元気をもらったようだ。

2020年4月 2日 (木)

神経質礼賛 1731.新年度2日目

 一昨日は前の病院最後の勤務。御挨拶をして帰る際、看護スタッフの方々、薬剤師さん、栄養士さん、事務員さんたちに見送られ、持ちきれないほどの餞別の品々や花を手渡され帰途についた。新年度初日の昨日は休む間もなく新しい勤務先の病院にパート出勤。今までは上り電車で通勤だったのが今度は反対方向の下り電車で通勤である。富士山が見えなくなったのは残念だ。新しい勤務先も昨年に電子カルテを導入したばかりであるが、メーカーが違うこともあり、全く操作法が異なるので、大苦戦である。何度も失敗してシステムが分かる人にSOSを出してしまった。早く慣れなくては。帰りの電車に乗ろうとして、うっかり下りホームに行ってしまい慌て上りホームに移動。土砂降りの雨の中を帰った。

 今日はうって変わり、快晴。しばらくぶりの休日だ。先月に退院した母を近くの内科クリニックに連れていく。退院しても家の中で杖を使っている状態で、オムツ使用。3週間一歩も外に出ていない。「痛いから無理」と言うが、とにかく天気もよくなったし、薬もなくなったから今日はもう行かなければ、と半ば強引に連れ出す。片手に杖をつき、片手は私の手を握り、何とか歩いて行けた。このクリニックの先生はとても穏やかな先生で、あまり薬を出さない。入院していた病院では、降圧剤、骨粗鬆症の薬、神経因性膀胱の薬、下剤など1回7個の薬が処方されていたが、「血圧はお年の割にはそう悪くないですよ。様子をみればいいでしょう。血圧を記録して下さい」と血圧記録ノートを渡され、処方されたのは緩下剤のマグネシウムだけ。それも「自分で調整して下さい」という具合だった。隣の調剤薬局に寄った後、途中の郵便局に寄る。定額貯金を満期後ずっと放置していたものを処理しなければならないが、本人が行けずにそのままになっていたので解約処理をする。これで懸案事項も片付いた。「行って本当に良かったよ」と母。気分はともかくできないと決めつけないでやってみれば後から気分はついてくる。森田の定石通りだ。天気が良いので洗濯物を外干しした。その後、自分の用事をしてから夕方、洗濯物を取り込みに行く。公園の横を通ると、桜が5分咲きになっていた。遊具で遊んだりボール遊びしたりしている子供たちの歓声が響く。いろいろ大変なことはあっても、「さて、」と気持ちを切り替えて前に進もう。

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