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2020年6月 7日 (日)

神経質礼賛 1753.春風(しゅんぷう)新聞

 先月、退職の挨拶はがきを出したところ、お返事のメールや手紙をいただいた。正知会の畑野文夫さん(1330話)からは春風新聞2020年春夏号vol26を送っていただいた。これは横浜の春風社が出している、人文系書籍の目録である。その2ページ・3ページには「叡智の人 森田正馬にきく」と題して畑野さんと春風社代表の三浦衛さんとの対談が載せられていた。畑野さんは御自身の神経症体験を踏まえて、著書『森田療法の誕生』のポイントを語っておられ、とてもわかりやすい内容だった。三浦さんもうつ病体験がおありで森田の本を読むと気が晴れる、と言っておられた。「森田療法の思想は、療法を超えて、実体験を踏まえつつ人と人との関係の根本を指し示す非常に射程の広いものだと思います」という三浦さんのまとめの言葉には、まさにその通りだと思った。

 畑野さんの入院治療にあたった鈴木知準先生は40歳から森田療法を始められ、「40歳にならなければ人の指導はできない」と言って、森田療法というのは人間に対する教育指導であって「治療」ではないと考えておられたそうである。森田先生自身、少年時代に寺の地獄絵を見て死の恐怖に怯えるようになり、中学に入学して親元を離れると心臓神経症に悩む。東京大学医学部に入ってからも神経衰弱に悩まされて勉強ができなくなり、さらに親からの仕送りが途絶え、面当てに死んでやる、と死ぬ気になって勉強したら思いのほか試験では良い結果が出て、症状も消散したという経験を持つ。森田先生のお弟子さんたちも対人恐怖や強迫観念などの神経症経験を持っていた人が少なくない。森田先生の薫陶を受け、実生活の中で学んでいった。そして、それぞれ自身の経験を生かして患者さんたちの教育指導に当たっていったのだ。森田療法は単なる神経症の治療法ではなく、よりよく生きるための森田教育、森田道、森田的生き方という面を持っている、いや、本当はそちらの方が大きいのではないだろうか。だからこそ多くの人々に共感されるのである。

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コメント

四分休符先生

 確かに、森田療法は生き方の導きのように思えます。「治療」というと少し違和感があります。そう感じられる年月が経ちました。確かに鈴木先生の所では薬の処方が有りましたし、現在かかっているクリニックの先生にも薬を出して頂いています。車の運転には注意という注意書きがついている薬です。
 
 でも、鈴木先生の所を卒業して40年余。道元禅で坐って何年目でしょうか。65歳になるこの年になって思うのは、服薬の必要はないのではないか、生きる姿勢と脳がどう捉えるか、脳がどう感じてどう動くか、生き方なのではないか、そう思えるようになりました。朝に夜に律儀に服薬していますが、必要ないな~、でも先生の手前、勝手に止める訳にもいかないなぁ~と思いつつ、あれこれ考えます。

 思考、哲学。そういった事をさえ意識します。
 
 禅的精神に薬は必要ありませんし、ね。禅は「治療」ではありませんし。ただし、道元禅解釈は鈴木先生特有との事であり、森田正馬は禅とは無関係と言われていますね。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 まさに「鈴木学校」ですね。教育ですから、後になってから、「ああ、そういうことだったのか」と理解できたり、ありがたみを実感できたりすることもあるかと思います。

 ただ、お薬は急にやめずに、主治医の先生とよく相談して、長い期間かけて少しずつ減量していかれた方がよろしいかと思います。

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