神経質礼賛 1778.ショパン200年の肖像
今月の初めから静岡市美術館で日本・ポーランド国交樹立100周年記念として「ショパン200年の肖像」という展覧会をやっているので見に行ってきた。昨年秋から兵庫県立美術館→久留米市立美術館→練馬区立美術館と巡回してきている。入場券を買うと、ご来館のお客様へのお願い、と書かれた橙色の紙を渡された。マスク着用、他の人との距離確保、会話禁止などの7項目が書かれている。入館者はまばらで、「三密」となる心配はなさそうだ。
会場にはショパンのピアノ曲が流れていて、ショパンが作曲した曲名からインスピレーションを得て描かれた数多くの現代絵画が並んでいた。これは軽く流して観る。その後はショパンが人生を送ったワルシャワとパリにまつわる展示だ。芸術仲間のアリ・シェフェールがショパンの死の2年前に描いた有名な肖像画もあった。本人をよく知っている人物が描いているだけに信憑性が高い。微笑を浮かべた穏やかで品の良い顔立ちが印象に残る。今回の展示にはないが、ショパンには有名な別の肖像画が存在する。ドラクロワが描いたもので、ルーブル美術館の所蔵である。元はショパンがピアノを弾き、すぐ後ろで恋人のジョルジュ・サンドが聴き入っている場面が描かれていたが後に二つに切り売りされてしまったということだ。ドラクロワもサンドを通じてショパンと親交があった。ドラクロワの肖像は劇画のようなタッチで激しい内面を秘めているように見える。
日本初公開の自筆譜と手紙があった。光量を落としての展示で、解説付きの拡大パネルが横にある。譜の書き方は繊細で、几帳面と言うよりは流れる感じで書いている。何度も手を入れて訂正しているところを見ると、完璧主義がうかがわれる。手紙の筆跡も繊細だ。以前書いたように(549話)やはりショパンは神経質な人だったと言えるだろう。神経質の弱力性と強力性の二面性が音楽に表現されているようにも思う。美しく繊細であるだけでなく、母国ポーランドへの強い思いもあって激しい情熱表現が混じるのが魅力である。シェフェールによる肖像画は弱力性を、ドラクロワによる肖像画は強力性を示しているようにも思える。ドラクロワという画家は激しい表現の絵画を描いて賛否両論あったということだが、その性格は内向的で友人は少なかったという。ショパンとは共鳴する面があったのだろうか。ブロンズで鋳造されたショパンのデスマスクと左手像も見る。
最後のコーナーはショパン国際ピアノコンクールに関する展示で、1965年のコンクールに出場して4位入賞を果たした若き日の中村紘子さんの着物姿の写真もあった100年近く続くこの5年毎のコンクールも今年は新型コロナの影響のため来年に延期になってしまったのは残念だ。
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