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2020年9月17日 (木)

神経質礼賛 1786.ぴえん

 昨日の朝、当直明けに朝食を食べながらNHKニュースおはよう日本を見ていたら、「ぴえんも ご縁   超えて ご恩」という法語をツイッターで広めて話題になっている北九州市の浄土真宗永明寺の住職・松崎智海さんが紹介されていた。若者たちによくわかる法語を奥さんと一緒に考案されている。悲しいこともご縁だと思って受け止めているうちにいつかご恩として感じられる日が来るといった意味合いなのだそうだ。

 私は若者言葉にまるで疎いので、ぴえんと言われても何のことやらさっぱりわからなかった。もっともNHKの男性アナウンサーも御存知ないようだった。ぴえんは泣き声の擬態語で「ぴえーん」が詰まったのだそうだ。ツイッターでは目をウルウルさせたキャラクターが使われるらしい。必ずしも悲しい場合だけではなく嬉しい場合にも使われるというからややこしい。さらに、ぴえんの上位語として「ぱおん」という語もあって「ぴえん 超えて ぱおん」が先ほどの法語の元になっている。

 泣きたいほどつらいことがあっても、それはそれとしてやらなければならないことをやっていくのが森田の教えである。森田正馬先生は一人息子に先立たれて、さめざめと泣いたかと思うと研究に打ち込み、またまた泣いては著作に打ち込む、といったことを繰り返されていたという。行動しているうちにまた気分は変わってくる。激しい感情も時間が経てば、特に行動していれば自然に消退していくことは「感情の法則」(442話)が示すところである。森田の立場から言えば、「ぴえんもぱおんもそれっきり」である。

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