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2020年12月10日 (木)

神経質礼賛 1814.マスクをしての合奏

 1年ぶりに楽器を肩にして友人の家を訪れた。実は母が入所した老人ホームのすぐそばである。新型コロナの影響で今までは訪問を控えていた。私は病院勤めだし、友人も高校教師なので、万一の場合を考えると慎重になる。かつては休日のバスは結構乗客がいたけれどもこの日は少なく、バスも減便になっていた。

 普段、家の中ではマスクをしないで楽器を弾いていて、マスクをして楽器を弾くのは生まれて初めてであり、ちょっと違和感がある。今度会った時のために、と半年前にバッハのヴァイオリンソナタ第4番の楽譜を送ってあったので、まずそれから弾く。バッハが最初の妻マリア・バルバラを亡くした頃作った曲だと言われていて、哀しげなシチリアーノから始まるが、第2楽章の半音階で上がっていく部分はちょっとした高揚感がある。第3楽章のチェンバロパートは「主よ人の望みの喜びよ」を連想させヴァイオリンが牧歌的な旋律を乗せる。次にモーツアルトのソナタを2曲、しばらくぶりに弾くとすっかり忘れていて初めて弾くような感じにとらわれる。そしてフランクのソナタの第4楽章フィナーレ。ヴァイオリンとピアノが美しい旋律で追いかけっこをする。ヴァイオリンは気持ちいいけれども、ピアノが大変な重労働である。フランクが同郷の後輩・ヴァイオリニストのイザイの結婚を祝ってこれを作曲した歳はちょうど今の私の歳と同じだった。人生のフィナーレをこんな風に輝かしく飾れたらすばらしいと思う。そこで休憩。食べ物や飲み物を口に運ぶ時はマスクをはずし、それ以外の時はマスクをするという面倒な作業を繰り返す。それでも友と合奏し、酒を酌み交わすことができるのはとても幸せなことだ。ほろ酔い加減になってからクライスラーの小品やポップス曲を弾く。至福の時はあっという間に過ぎる。

 例年ならば年2回位は東京の美術館を見て、晩秋には日帰り京都の旅を楽しむところだが、今年一年は全く県外には出なかった。東京の美術館の多くは入館できるようになってきたものの、出光美術館は閉館したままで仙厓さんの禅画にもお目にかかれない。GOTOキャンペーンの愚策のために感染は拡がり医療危機一歩手前だ。このままオリンピックを強行しようとすれば大惨事となる懸念もある。とにかく来年には何とか終息して欲しい。友との合奏がリモート合奏にならないことを望む。

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