神経質礼賛 1823.三日坊主
今年のお正月は帰省や旅行を控えて家で静かに過ごされた方が多いかと思う。時間があるから新たに今年は○○してみようというプランを考えた方もおられるだろう。しかし、仕事や学校が始まってまた日常に戻るといつしか忘れ去られてしまいがち。いわゆる三日坊主になってしまいやすい。三日坊主とは、出家しても修行に耐えられずに三日で投げ出して還俗するような僧侶にたとえて、飽きっぽくて何をやっても長続きしないことをいう言葉である。
師の大原健士郎先生から頂いた「三日坊主の心理学」(PHP文庫)という本がある。大原先生に言わせれば、神経質は自己内省的傾向が強いので、根気の続かない三日坊主を自認し反省していても客観的にはそうでないという。入院森田療法の最初の1週間、何もしないで臥床しているだけの絶対臥褥期というものがある。典型的な神経質者だと、安静期→煩悶期→退屈期という経過を辿り、臥褥を終えるとまるで生まれ変わったかのように作業に取り組んでいく。その点、「移り気型」三日坊主だと、じっと寝ていることができず、庭に出たり他の患者に話しかけたり、あげくのはては、早々と退院してしまうのがおちである。「無気力型」三日坊主は基礎的なエネルギーが不足しているから十日でも二週間でもいつまでも寝ているだけで自発性は出てこない。また「無能力」三日坊主は一週間の臥褥に耐えられない者が多いが耐えたとしても自発性が長続きしないという。そもそもこういう人たちは反省心が乏しいから、自分が三日坊主であることに気が付いていない。
だから、神経質の場合、プランを立てたら少しでもいいから実際に手をつけてみることだ。自分はダメだ、長続きしないなあ、と思いながら、やりかけなのはいつまでも気にしているから、時々思い出したように続きをやっていく。長い目で見ればいつしか目標を達成できていることも少なくないのである。
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